第853堀:蒼乃底へ
蒼乃底へ
Side:ユキ
「……これでコアが浮いて来たら笑えますね」
「やめてくれ。そんなことになったら面倒な話でしかない」
タイキ君の笑えない冗談に、俺はうんざりした感じで答える。
ぷかぁと浮かぶコアが見えた日には一気にやる気をなくす。
あそこまできちんと準備をしておいて、そんなアホな理由で中止はないだろう。
「冗談ですよ。ほら、大丈夫ですって、ちゃんと沈んでいってますから」
「だな。とはいえ、今後はちゃんとそう言うところは事前に調べないとな。浮かぶようなことはなくても、重さがあっても潮に流されることはあるからな」
「ああ、潮の流れがキツイところですね。確かにそういうのはありえますよね」
「海難事故では定番だよな」
「確か、足を引っ張られるとか、実はそういうのも海流のせいですよね」
「そうそう。海流っていうのは沖へとか、海面上にしか存在しないと思ってるやつがいるが、海の底へ向かう海流もあるからな」
そこにはまれば一気に海底に引きずり込まれていく。
そういう時は、流れに逆らって上へ向かおうとせず、横に泳いで海流の範囲から逃れるのが生きるための大事な方法だ。
『主、海底が見えてきました。もうすぐ着底しますよー』
と、話しているうちにコアが海底についたようだ。
俺は一旦雑談をやめて、コールを覗きこむ。
すると……。
[ここ一帯をダンジョンにしますか?]
というコマンドが出てきた。
「ふう。海の中でもダンジョンは作れるみたいだな」
「ですね。でも、人が出入りできるのがダンジョンを作れる条件じゃなかったんですか?」
「ああ、人がたどり着ける通路があるってことだけだからな。別に酸素の有無については何も言及されていない」
「うわー。そういうのって屁理屈って言わないですか?」
そう、コール画面を見る限り、正常にそこほれわんわんは起動している。
ズル、違反という認識はないようだ。
あの駄目神、こういうところは抜けているよな。
わざとという可能性もあるが、そんなことを言うとあいつが調子に乗るので無視しておこう。
「別に屁理屈じゃない。海の中を探索しようとする人がいればいいんだからな。というか、そういう意味で考えるとDPを冒険者から補充できない分、そもそも海の中にダンジョンっていうのは意味がないのかもな」
「あー、そうか。もともとダンジョンはDPを稼ぐものですからね。海の中じゃせいぜい海の魔物ぐらいですけど、やつらは財宝とかに群がってくるわけでもないですからねー」
そういう意味で普通は無意味だからルナは放置したってことか。
好き好んで海の中に冒険にくる奴なんて、地球ぐらいにしかいないだろうしな。
それも、地球でさえ圧倒的少数だ。海底を目指す奴なんて、学者とか冒険家の中でもほんの一握りしかいないからな。
それに加えて、この世界では圧倒的に危険な魔物という生物がいるし、なおのこと海にダンジョンを作るメリットが存在しないわけか。
というか、そもそもこっちの世界では海に乗り出して新たなる大地を目指すという地点にすら到達していない。
海上ですらまだ未開拓に近いのに、海の中のダンジョンとか、見つけられる可能性は限りなく低いな。
まあ、地球にしろ、この世界にしろ、資産持ちの道楽者だけがたどり着ける場所ということだ。
「じゃ、ダンジョン化を開始するとして、ダンジョンの構造は何にするか……。アスリンたちはどういうのがいい?」
「うーん。水族館みたいなのがいいなー」
「そうなのです。海底洞窟を探検してみたいのです」
おー、いや、気持ちはよくわかるが、そんなダンジョンの設計あったっけ?
案外俺が知らないうちにだれかが作ったのかもしれないなと思い、設計図を探してみるが、やはりそういうのは見つからず……。
「……2人の言うようなことが出来ればいいけど、そんな設計はないわよ。ユキ」
「ですねぇ。とりあえず、ユキさん。ブルーホールに沿って降りられるようなダンジョンはどうでしょうか?」
ラビリスがそんなもの作ってないことを教えてくれて、シェーラが代案を出してくれる。
「ふむ。ならブルーホールに沿った面は強化ガラスにして、ブルーホールを見られるようにするか」
「やったー!」
「水族館なのです!」
「いや、喜んでいる所悪いが、どこまでできるかわらないぞ。とりあえず簡易的に作る物だしな」
ということで、ダンジョンの構想が決まったので、ダンジョンを制作をぽちっと押すと1分もしないうちに……。
[ダンジョンが構築されました]
とメッセージが出て、作成したダンジョンの3D-MAPがコールに表示される。
「異常個所は無し。水漏れもない。あとはトラップの設置でゲートをつないで……完成っと」
「できたの?」
「早く行ってみたいのです」
「待て待て、まずは乗り込む前に、ダンジョン周辺の地形や生物の調査が先だ」
まずないと思うが、万一予想外に強力な魔物がいた場合、ダンジョンに攻撃を仕掛けられるという可能性もある。
そんなことになると防衛設備が脆弱なこのダンジョンでは非常にまずいので、先に調べる必要がある。
コール画面を操作して、辺りの地形などを調べるとすぐに周囲の地形データと生物反応が出てくるが……
ピピピピピ……。
と、予想外にも山ほど生物反応がある。
「うわぁ。流石は海。生物の宝庫ですね」
「沢山いるねー」
「沢山いるのです」
「流石にこれは……絞ったらどう?」
「ですね。魔物だけとかでどうでしょうか?」
「そうだな。魔石を含んでいる生き物に限定しよう。それなら魔物だけになる」
条件を加えて検索をかけると、一気に数は減ったが……。
それでもやはり、ぱっと見ただけでは正確に数えられないほどの反応が残っている。
「意外と魔物がいますね。このブルーホール内って魔力があるんですかね?」
「そこらへんはさっぱりわからないよな。一応、ダンジョンを設営したことによって魔力は拡散してしまったからな。以前の魔力の状態はいまさら計測はできないな。しておくべきだったか?」
「いやー、それはどうですかね。その場合ブルーホールに誰か送り込まないといけなかったですし」
タイキ君の言う通りダンジョン化なしで人を送り込むというのは、かなり危険が伴う。
まあ、シーラちゃんが他の魔物にパクっといかれた程度ならそこまで悲しくない気がするんだが、そうなるとアスリンたちが救助に行くとか言い出しかねないからな。
「そうだな。ま、今回は終わってしまったことだ。次は検討してみよう」
「ですね。その時までに海中探索部隊でも組織しておきますか?」
「編成が悩むところだな。サハギンたちかな。と、そういう細かい将来構想はいいとして、まずはゲートで移動するか」
「「「はーい」」」
ということで、早速ゲートから、ブルーホール内に移動する。
ちなみに、レイク将軍たちシーサイフォ御一行には、我々はウィードに戻って調査隊の編成などをということにしている。
「何もないですね」
「そりゃ、突貫工事で今作ったばかりだからな」
即席で作ったから壁面もただのレンガ、どこかのトンネルみたいな感じになっている。
まあ、こういうベーシックなダンジョンも悪くはないとは思う。
で、いざ、ブルーホールダンジョンの奥へと移動しようとすると……。
「深海の魔物!! 未知の領域!!」
「さあ、今から研究だー!!」
と、研究バカ2人が俺たちのことなど放り出して走り出した。
「お姉ちゃんたちも水族館が楽しみなんだね」
「……ちょっと違う気がするのですが、間違ってもいないのです。ということで、フィーリアたちも追いかけるのです!!」
「うん!!」
ダメな大人を見習って駆け出そうとする二人を、即座にラビリスとシェーラが捕まえて……。
「自分の足で走っていく必要はないわよ。まずは転移トラップでモニター室にいけるわ」
「ええ。ダンジョン見学はその後ですね。なにせ、このブルーホールに沿ったダンジョンは50階層もありますからね」
「50階!! すごいねー!」
「すごいのです! 兄様の嫌がらせダンジョンの半分はあるのです!」
あー、そんなのもあったなー。
で、意外なことにその話を聞いたタイキ君が驚く。
「えっ、そんなダンジョンあるんですか? というか、半分!?」
「あれ? タイキ君には言ってなかったか? 小ダンジョンの一つとしてダミーダンジョンを冒険区においてあるだろう?」
「あー、あれですか。なんでそんなところにそんな凶悪なものを……」
「いや、一人一つずつで作って冒険者寄せに使おうって話があって作ったんだよ。ほら、ウィードは居住ダンジョンだしな」
「……居住ダンジョンという言葉が理解できてしまうのがあれですね。まあ、話はわかりましたよ。俺、そのダンジョン絶対行きませんから」
「なんだよ。聞いたからには一回は試してみるのが男ってものじゃないか?」
そんなこと話しながら俺たちは、転移でモニター室の方へと飛ぶ。
「ここだけはしっかりしていますね」
「ま、くつろげる場所がないと辛いからな。というか、まさか50階層とか酷い話だ」
「あ、そういえば今水深何メーターぐらいなんですか?」
「大体250メートル前後だな」
「うわ。マジで深海じゃないですか」
「だな、面倒なことだよ。と、さてモニターを起動するか」
俺はそういって、監視モニターの電源を入れると……。
ぬっ。
とモニターに画面いっぱいに魚が写って……。
「ひゃぁ!?」
「きゃっ!?」
「ひっ!?」
その映像を見たカグラたちが悲鳴を上げてのぞけっていた。
まあ、それも無理はない、なにせ映像に映っているのは……。
「あー、ホウライエソちゃんだよ! 本物だー!!」
「おー、かっこいいのです!」
そう、深海のギャングと言われている、自分よりも大きい獲物をくわえたまま餓死しちゃうことがあるという、ちょっとドジな深海魚ホウライエソちゃんだ。
見た目は魔物化していなくても、凶悪な魔物と認定してもいいほどの面構えである。
そのいかつい面が突然目の前に現れても驚かずに喜ぶアスリンとフィーリアがすごいよな。
タフすぎる。カグラたちは悲鳴を上げたっていうのにな。
「えーと、ユキさん。ホウライエソって500メートル以下の深海が住処じゃなかったんですか? ここってせいぜい……」
「心配するな。あれ魔物だから」
「魔物ってでたらめですねー」
「それで片付くから案外楽でもあるけどな」
代わりに魔物だからで全てを片づけてしまって本質に気が付かないっていうのもあるだろうが。
「さて、これでシーラちゃんの同類以外の魔物も確認できたわけだが……」
「なんか、不意に思ったんですけど、魔物が深海魚に限られてません?」
「そうだな。ま、これで二種類目だしな。まだ調べてみないと何とも言えない」
俺はそう言いつつ、ただ暗闇が広がっている映像に目を向けていると……。
ズッ……。
と、巨大な尾びれが映ったのを見た。
「「「……」」」
それは全員見たようで、流石に固まっている。
……やめろよ。パニックモノになるのか?
どっかの映画で見たことあるぞ、こういう海底プラントでの事件ってのは!
物語は一気に海底へ。
深海で起こる物語とは?
どこかのパニック映画みたいになるのか!!
サメが空を飛ぶのか、それとも頭が複数あるのか、それともそれよりも恐ろしい敵がいるのか!
深海って自分は色々興味あるんだ。
まあ、実際に行ってみようとは思わないけど。
こういうのは安全なところから見るのがいいんだよね。




