第837堀:名物?
名物?
Side:サマンサ
「……ん。磯の香り。ウィードの海と同じ、いや、もっと荒っぽい香り」
貴族街を出たとたん、クリーナがそう言います。
確かに、よくよく嗅ぐというとあれですが、磯の香りが風に乗っています。
とはいえ、けっこう生臭さも混じっていて、クリーナさんの言うように、荒っぽい香りというのが正しいでしょう。
「ま、ウィードのように観光用に整えているわけじゃないからな。ここは漁港と軍港を兼ね備えているから、そうしても生臭いという感じなんだろうな」
なるほど、人が生きるための糧を得る港と、国を守るための軍港であるのであればそうでしょう。
そもそも綺麗さを求める場所ではないのですから。
……まあ、人が泳ぐための娯楽場として海を使用できているのは、ウィードだけだとは思いますが……。
と、そんなことを考えながら、町の中を歩いていると、ジェシカが不意に口を開きます。
「しかし、魔物の被害が出ているとは聞いてますが、町の住人にはそういった様子は見られませんね」
「そこはまだ情報封鎖しているからな。シーサイフォが誇る軍が魔物に敗れたとかあれだしな。それに魔物自体も上層部でさえまだ半信半疑だからな」
「そういうレベルなのですか。まあ、報告書にはそう書いてありましたが……」
「……ん。不思議、そういう話は町の人の方が流れていそうだけど」
クリーナさんの言うように、そういう噂は市民のほうが知っていそうなものですが……。
「ああ、それはまだ遠洋での被害しかないからな。軍船を落とすような魔物相手に一般の漁船が持つわけもなく沈む。戻ってこれるのは軍船だけ。だから、民間の船は普通に遭難して戻ってこれないとでも処理しているんだろうな。まあ魔物に襲われたなんて話よりも、一般人は信じるだろう。こっちにはそもそも魔物なんていないんだから」
「なるほど」
「……ん。理解した」
見たこともない魔物に襲われたなどというありえない話をされても、だれも信じないということですわね。
まあ、魔物のことが知れ渡って不安で沈んでいる町の方が面倒ではありますが。
そういうのは些細なことがきっかけで暴発しますから。
そんな感じで、町の様子をうかがいながら、進んでいくと、さらに磯と生臭さが強くなり……。
「あ、海だー!」
「海なのです!」
「海ね」
そう言ってアスリンたちが飛び出していきます。
どうやら、私たちは一般の漁港の方へと出たようで……。
「こっちのくれ!!」
「取れたてはいったよー!!」
「これ腐ってるだろ!!」
「よし、これを……」
と、そんな喧噪が渦巻く市場が目に入りました。
「意外だな。漁港の市場ってふつう朝だろう? というか早朝だろう?」
「ですよね? 俺何か勘違いしてたかと思いましたよ」
なぜか、ユキ様とタイキさんは、その騒がしい市場を見て首をかしげています。
と、思っていると、一人の生臭いおじ様が話しかけてきました。
「おうおう。よく知ってるじゃねーか。兄ちゃんたち。でも、それは卸だよ」
「ああ。なるほど」
「そうか、今の時間は仕入れたのを売っているわけですか」
「そうだ。まあ、仕入れというか、一般向けがこの時間ってわけだ。偉いさんたちは早朝に来ていいのを持っていく。残りってわけじゃないが、一般向けはこの時間ってことだな」
どういうことでしょうか?
もう少し詳しく聞こうかと思っていると……。
「……ん。ユキ。知っているなら教えて」
クリーナさんが先にユキ様に質問をいたしました。
まあ、なんでも知りたがる彼女のことですから、当然のことですわね。
「まあ、こっちの海でも同じかはわからないが、基本的に漁業っていうのは朝早く暗い内に出て、早朝には港に戻ってくるんだ」
「おう。兄ちゃんの言う通りよ。理由は昼に出て魚を取ってちゃ戻って売れるのは夜になっちまう。それじゃ売れねえ。魚は長持ちしないからな」
「なるほど。新鮮な内に売るためにはってこと」
「そうだ。嬢ちゃんも頭いいな。いい妹さんじゃねえか」
「……いもうと」
ぷぷっ!! クリーナさんが妹!! ユキ様の妹!!
わかります。わかりますとも。クリーナさんは才能は有りますが、体の成長は追いついていませんからね。
どう見ても、兄と妹ですわね。
で、ショックを受けているクリーナさんをよそにユキ様はそのおじ様に質問をします。
「今日初めてこの市場に来たんだが、何かオススメの魚とかあるか? いや、時間が時間だから、残っているか?」
「やっぱりな。兄ちゃんと美人さんたちは見たことがなかったからな。で、オススメの魚というなら……」
そう言って、おじ様はお店の方に戻っていって。
「どうだ。今日一番のサイズだ」
両手で持ってきてくれたのは……。
「うわー。すごーい。トカゲさんだー!!」
「指の間にヒレがあるのです!! サンショウウオさんなのです?」
「……すごくねばねばしてそうね」
魚というか、アスリンの言うように、四足歩行のトカゲに見えます。
フィーリアのいうサンショウウオがどんなのかは知りませんが、似たような生物が地球にもいるのでしょう。
そして、ラビリスの感想は当たっているようで、つつーっと魚から垂れた水滴が糸を引きながら地面に落ちたので、ねばねばのぬるぬるなのでしょう……。
「初めて見るな。こっちじゃこれも魚っていうのか? どちらかというと、トカゲに近い気がするが?」
「ん。ああ、そうだな。俺たちもこの外見からウミトカゲって呼んでいる。まあ、外見は何だが、売り物には違いないぞ。」
「そうか。で、このウミトカゲはよく穫れるのか?」
「いや、珍しいな。だからこそのオススメだ。美味いからな。まあ、一般売りにはちと高いんでな。観光で来た兄ちゃんたちならもしかしてと思ったわけだ」
「なるほどな。結構高級品なのか」
「おう。ただ運悪く今日は買い手がつかなくてな。このままだと廃棄か叩き売りするしかねえ。何かの縁だ、安くしとくぜ」
「それでも自分に利益が出る程度にだろう?」
「そりゃそうさ!! がははは!!」
何とも騒々しいおじ様ですね。
でも、気持ちの良い方のようです。
しかし、このウミトカゲは……。
「わかった。通常の値段で買おう」
「おう。毎度! って、通常よりは安くするって言ってるんだが」
え? 買うんですか!?
しかも通常の値段でですか?
一体なぜ?とおじ様と同じように不思議に思い首をかしげていると、ユキ様が口を開きます。
「いや、これきりで縁が終わりってのもなんだしな。しばらくはこっちにいる予定だから、これからも色々と教えてくれるとありがたい。たとえば、このウミトカゲの美味い食べ方とかな」
「ああ、その程度だったら教えてやるよ。まあ、仕事が終わってからになるけどよ」
「ああ、それでもかまわない。で、まずはこいつの食べ方だ」
「おれでもやり方を教えられないことはないが、それより店に持ち込んで捌いてもらった方がいい。お勧めの店は……」
ということで、私たちは市場を後にして、おじ様から教えてもらったお店へと向かうのですが……。
「ユキ様。先ほどのおじ様と色々お話をされていましたが、何か気になる点でもありましたか?」
そう、ユキ様にしては、やけに深くあのおじ様と話しているように感じました。
何か私には気が付かなかった点でもあるのかと、思ったのですが……。
「ん? ああ、特にあのおっさんに不審な点はなかったな。いや、良く喋る人だ。そして人懐っこい」
「ああ、そういうことか。あのおじさんを通じて情報収集ってことですか」
「あたりだ。タイキ君」
なるほど。あのおじ様なら確かに、シーサイフォの情報を色々知っていそうですわね。
こうして、私たちにウミトカゲを捌けるお店を紹介してくれたあたりからも、顔の広さがうかがえます。
「まあ、後々あのおっさんに、いい場所とか教えてもらって、シーサイフォ近海の海洋調査に役立ってもらえればなーとは思っている」
「……ん。すごく合理的。納得がいった」
そういうことまで考えてのお声かけだったのですね。
確かに軍人では知りようのないことも、知っていることでしょう。
「そして何より、こんな店を紹介してくれるんだ。あのおっさんは色々と顔が広いってことだよ」
ユキ様がそういって立ち止まったその前には、このシーサイフォの町にしてはちょっとオシャレなお店が建っています。
おそらく貴族などの御用達のお店なのでしょう。
つまり、先ほどのおじ様はそういうところとも付き合いもあるということですわね。
「さーて、ここの人たちはどんな情報を持っているのかね。ああ、まずは美味しい料理は欲しいな」
「ん。お腹空いた。まずは腹ごしらえ」
「うん。お腹すいたー」
「ウミトカゲが美味しいといいのです!」
「どういう料理できるのか楽しみよね」
そんな感じで、私たちはお店の中に入り、先ほどのおじ様の名前をいうとあっさり団体客用の部屋に案内されました。
意外というべきか、オシャレな店でしたから、やはりそれなりに良いところなのでしょう。
普通のお店には団体客用の部屋、個室などありませんから。
「しかし、不思議ですね。私たちが外出したのに、警護の兵士は全然いませんでしたね」
ジェシカの指摘に今更ながらその事実に気が付きました。
「そう言えば変ですわね。普通なら私たちの案内を務める人物の一人や二人いるはずですが……」
「ああ、そっちは俺たちは午前中は住居の片付けをしているってことで、霧華たちに誘導させて散らした。こういう町の見物に余計な付き添いが来ると皆取り繕うからな。まあ、当然のことだが」
なるほど、まいたのですか。
シーサイフォ王国の人たちが常識知らずで失礼なのかと、ちょっとだけ思ってしまいました。
まあ、そんな配慮すらできない国が大国になれるわけもありませんか。
「でもユキ、このお店じゃ、他の人に話を聞くのは難しいんじゃないかしら? ここは個室よ?」
「ま、それでもここに料理を運んでくる人たちには話が聞けるだろうさ」
「……それぐらいでいいの?」
「別に、今日1日で全員から話を聞こうってわけじゃないからな。それに、お昼を食べたら戻らないと午後から会議だ。今日は挨拶程度にしておくのがいいだろう」
ユキ様の言う通りですわね。
ここであまりのんびりしている時間はないので、今日は顔つなぎ程度にしておくべきでしょう。
そんなことを考えていると……。
「お待たせいたしました。ウミトカゲの盛り合わせと、本日のおすすめです」
そう言って、店員が料理をもってきました。
思ったよりいい香りがしてきます。
「じゃ、会議の前にしっかり腹ごしらえするか。あ、皆に注意しておくが、口に合わなかったらやめとけよ。無理に食べる必要はない。別の土地の食べ物は体が受けつけないこともあるしな」
「「「はーい」」」
私たちはユキ様の忠告に頷き、アスリンたちは元気に返事をして、おもむろにウミトカゲの料理に手を伸ばすのでした。
さて、シーサイフォの食文化を試させていただきましょう。
ということで、大事なことがありつつも、こうした楽しみを忘れない調査一行なのでした。
海に行ったら海の幸を食べないとね。
まあ、旅行に行ったら旅先の美味しいモノをってね。
でも、外れもあったりする。
いや、自分たちの口に合わないっていうのかな?
ウミトカゲ。美味いのでしょうか?
あ、通算1000話みたいだけど、あんまり自分は意識してないので、特別話とかはないのであしからず。




