第12話:生姜焼きと、テレビの前の長身
目眩を落ち着かせるように布団に横たわりながら、結はふと、旦那さんとの出会いを思い出していた。
まだ東京オリンピックの開催が決まって盛り上がり始めた頃、結は街の小さな電気屋さんの前で足を止めていた。ガラスケースの向こうで、真新しい白黒テレビが、オリンピックのきらびやかなコマーシャルを映し出している。
それを熱心に見つめていた結の隣に、すっと大きな影が落ちた。
見上げると、この時代には珍しい、185センチメートルはある見上げるような長身の男性が立っていた。細身の体に、少しずり落ちた眼鏡。その彼もまた、熱心にテレビの画面を見つめていたのだ。
ふとした拍子に目が合い、お互いが眼鏡をかけていることに気づいて、どちらからともなくクスリと笑ってしまった。それが、すべての始まりだった。
大学の仲間から「メガネ」というそのままの愛称で呼ばれていた彼は、とにかく美味しいごはんを食べるのも、作るのも大好きな人だった。付き合い始めてから見せてもらった、彼が自作したという古くて分厚いノート。そこには、彼が研究を重ねた独自の料理レシピが、几帳面な文字でびっしりと書き込まれていた。
『結、今日は僕の特製**生姜焼き(しょうがやき)**のタレの黄金比率を見つけたんだ』
嬉しそうに眼鏡の奥の目を輝かせながら、自作のレシピ本を掲げていた彼の姿が、今でも鮮明に思い出せる。
(あのときは、私のこの眼鏡越しに見る彼が、本当に大きく見えたっけ……)
布団の中で、結は自分の眼鏡をそっと外した。
身長差のある彼と並んで歩くときの、あの少し見上げるような心地よさ。その温かい記憶が、先ほどの奇妙な目眩の不安を、優しく溶かしていくようだった。
第12話をお読みいただき、ありがとうございました。
東京オリンピックのCMが流れる電気屋さんの前での出会い、とても素敵ですね。旦那さんの愛称やレシピ本の秘密も少しだけ明かされました。
それでは、また第13話でお会いしましょう。
[SYSTEM_LOG: NORMAL]
Subject_YUI emotional state: STABLE.
Accessing deep memory sectors (circa 1960-1961).
Historical event anchor: Tokyo Olympics marketing data detected.
Cognitive anomaly resolved through nostalgic re-indexing.




