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吸血鬼と銀色少女  作者: 吾亦紅
19/22

19 突入

「なにすんだテメェ!」

 腹部に衝撃が走る。視界がぶれる。

 ルドーに腹を蹴り上げられたと気づいたのは、背中から床に落下した後だった。

 背中から衝撃が伝わる。

「い、ッて……」

 うまく呼吸ができず不格好な声が漏れる。倒れたまま体を引きずってのろのろと壁に寄り掛かると、アルヴェスはちゃんと呼吸ができることにまず安堵した。

「ああ、俺の耳が……クソッ!」

 前方ではルドーが左耳を押さえていた。しかし手で包み込めたはずの耳殻は既に灰となり、床にその残骸を僅かに残すのみとなっていた。

 事態を理解できていない吸血鬼達を無視して、ルドーは信じられないものを見る目をアルヴェスに向けた。

「なんでお前が……。ま、まさか、お前もあのガキと同じ……」

「まさか。俺にそんな力はないよ」

「だったらなんで――!」

「アルター」

 ルドーの声を一旦無視して、アルヴェスはアルターへと目を向けた。

「……」

 アルターは沈黙を貫く。焦りも余裕も感じ取れない瞳をこちらに向けてくる。

「これが二つ目の疑問だ。――なんでアルターの右手は灰にならなかったんだろうね?」

 ルドーの耳を灰に変えたのはアルヴェスの右手だ。

 アルターが右手を使ったのは二回。一回は先程のルドーの耳を灰に変えた時。そしてもう一回は、説明しなくても周囲の吸血鬼達は理解したようだった。

「包帯を渡した時、右手に触れてたよな……?」

「ああ、見間違いじゃねぇ。でもなんでだ?」

 アルターの右手は灰になっていない。未だに形と質量を保って彼の体の一部になっている。

 吸血鬼の特性に例外はない。例えば真祖だろうと日光に当たれば灰になるし、銀を触れば触れた箇所は灰と化す。

「革手袋、大きさが合わなくなったんだって?」

 先程のアルターが言っていたことをアルヴェスはそのままなぞる。怪我を負って立場は限りなく悪いはずなのに、無傷で立っているアルターの立場の方が悪く見えてくる。

「妙だったんだ。シルバレットを捕まえに来た時、革手袋をしてなかった。大きさが合わなくても、吸血鬼を一瞬で灰に変えるような彼女を捕まえるのに素手で挑むのは少し無謀だ」

 更にはアルヴェスが短剣を投擲した時、アルターはそれを手で弾いた。銀の短剣を、素手で弾いたのだ。それなのに、彼の右手は消えず、少量の血を流すだけだった。

「可能性は二つ。君が銀に対する耐性を持っているか、その右手だけ()()()()()()()()

 実質一つだけの可能性。

「そういえば、最近一つだけあったね。奇妙な事件が」

「……そうですね」

 アルターが初めて口を開いた。いつもの軽やかな口調は消えていた。

「俺の同僚だったんだよ、その人。右手だけが無いって聞いた時は不気味だった」

 酒場にいた客がその話をしてくれた時、自分の背筋が凍ったのをアルヴェスは鮮明に覚えている。

 気づけばアルヴェスの頭の中にはシルバレットの奪還という目的は抜け落ちていた。けれど口はいつもより思い通りに動く。

「助かった。アルターが少しだけ油断してくれたから、この予想にたどり着けた」

「私の責任ですね、これは。……それで、どうするんですか?」

 アルターは両手を僅かに広げる。

「あなたは一つの真実に辿りついた。いえ、真実と思われるものに辿り着いた。しかし、あなたの言っていることはいまいち信憑性に欠けます。証拠が一つもないからです」

 アルターは態度を崩さない。

「仮にあなたが出した結論が本当だったとしても、それを証明する術がない。人間の体の部位を自分の体の一部にするのは珍しいですが前例がないわけではありません。更にいえば、その部位を接合してしまえば、人体の一部だったものはすぐに吸血鬼の体の一部に変わります」

 アルヴェスは頷いた。

「ああ、反論のしようがない」

「だったら――」

「けど、どうでもいいんだよ。そんなこと」

 そして、ばっさりとアルターの言葉を切り捨てた。

「……今、なんと?」

「どうでもいい。面倒だ。俺は探偵じゃないし、夜警団員じゃない」

 ふう、と息を吐く。思考の温度を下げていく。自分がなぜここに来たのかを思い出す。

「ここに来たのはシルバレットを取り返すためだけじゃないよ。クーリエの為でもあるんだ」

「ですが私の知る限り、あの女性はあなたに恐怖を抱いていましたよ?」

「知ってる。けど、逃げはしなかった」

 職場が同じという簡単な理由かもしれない。けれど、それでも、彼女はアルヴェスという半端者の前から突然いなくなったりしなかった。

「友人でも知り合いでも同僚でも、俺にとっては大事な経験で思い出だ。けど、そんな彼女がいきなり死んだ」

 もしもの話だ。

 もし自分にとって大事な人が理不尽な目に遭ったら、自分はどうするか。

 アルヴェスはこの問いに長い間答えることができなかった。解答に迷ったわけではない。この問いを受ける為に必要な大前提を突破していなかったから。

「最初はどうも思わないって思ってたんだけど、どうも違ったみたいでさ」

 証拠もなく、かといって自分に証拠を生み出す権力も覚悟もない。しかし踵を返すという選択肢は無かった。

「俺は怒ってるんだよ、アルター。大事な同僚を殺して、大事な友人を連れ去ったあんたらを。けど証拠はない。だから俺の言い分は全て負け惜しみであることも理解している。だけど、それを言わないっていう選択肢はない」

 根拠のない、しかし心の底に溜まっていたものを一気に言葉として吐き出す。体は相変わらず痛いままだったが、すっきりした気分だった。

 アルターは、くすり、と笑った。

「……アルヴェスさん、人間みたいですね」

「そうあろうとしてるからね。じゃあ、アルター――」

 アルヴェスがしゃがんだ体勢から体を前に傾ける。

「殴るよ」

「ええ、どうぞ」

 その刹那。

 アルヴェスは渾身の力を足に込めると、だらりと両手を下げたアルターに接近する。

 アルターは本当に避けなかった。もしかすると、アルヴェスが左拳を振り上げた時点で避けないことを決めていたかもしれない。

「アルター!」

 ルドーの声が響き渡る。

 アルターはアルヴェスのように転びはしなかったが、殴られた右頬を押さえながらもう片方の手をテーブルについた。

 アルターの行動は迅速だった。

「全員、そこの馬鹿を捕らえろ!」

 アルターの声に全員が殺気立つ。

 なんせ暴力を振るったのだ。アルヴェスの方から。

 話を聞いてやるならまだしも、暴力を払い始められてはここにいるファミリーメンバー達も我慢できないだろう。

 吸血鬼達の手がアルヴェスに伸びる。

 あわやその場で殺されるとアルヴェスが予感した、その時。

「なんだなんだ、随分と剣呑な雰囲気じゃないか」

 不意に声が響く。この場に似合わない穏やかな声だ。

「一人の人間に吸血鬼が大勢。見るからに穏やかじゃない」

 入り口に誰かが立っていた。気配も音もなく、ただそこにいるのが当たり前かのようにその男はいた。 

 白いローブが揺れる。

「夜警団だ。全員動かないように」

 灰色の髪を撫でつけながらそう言ったローレインの後ろには、続々と団員が集結しつつあった。

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