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この乙女ゲームの攻略情報は、妹だけが知っている〜主人公の師匠ポジになってしまった兄より〜  作者: ゲスト047562


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第29話 凡人の技

(嗚呼、何と遠い……)


「あは、あははは!」


 幾百年生き続けた血紅御前の玉体が、かつてないほど脈動する。

 肉体の1部となるまで握り続けた薙刀が、光に照らされ嬉しそうに煌めく。身を守る為に着け終ぞ役目を果たす事の無かった具足が、今こそ主を守り抜く時だと音を鳴らして主張する。

 己が全存在を尽くして相対するは、凡鉄の剣を構える、四半世紀も生きていないであろう、平凡な容姿の青年、代陀羅団。


「槍虎(そうこ)! 狗累利羅(くるりら)!」


 薙刀が妖力を纏い、虎を形作る。自身の影が代陀羅に向かって伸び、彼女の分身が何体も現れる。


「いけっ!!」


 妖力で強化した、幾多の自分による波状攻撃。妖憑きとなっても使われる機会が無かった、血紅御前の奥の手。

 彼女自身、初めて解き放つ本気。常人どころか、歴戦の加護持ち達でさえ、ものの数秒で細切れに出来ると確信する攻撃。


「天螺(てんら)」


 そんな圧倒的な暴力の中心で、静かに、しかし確かに声が聞こえた。

 分身の1体が吹き飛ぶ。腹部を中心に捩(ねじ)くれた胴体が、他の分身を巻き込んで地に沈む。

 代陀羅が跳ぶ。予備動作が殆ど無く、重力に逆らって浮き上がった様に見える優雅さで、思わず見惚れてしまう。


「刈威地(かいち)」

 

 空中を歩く仕草で、分身の頭が縦に割れる。

 薙刀で防御姿勢を取っていたにも拘らず、彼の足はまるで薙刀をすり抜けるかの様に、頭だけを破壊していた。

 背筋が粟立つ。生身を捨てる前でさえ味わう事の無かった戦慄と快感が、血紅御前を襲う。


(これ程までに……これ程までに遠いのか!)


 地面に降り立つ瞬間を狙って、残った分身達が薙刀を振るう。虎に形を変えた穂先が、大地ごと彼を喰い千切らんと口を開ける。


「白虎の陣」


 その瞬間、彼の背後の光輪が光った。

 空中に踏み台が作られ、代陀羅が踏み台を蹴り、銀色の閃光が分身達の間を稲妻の如く駆け抜ける。

 

「爪月(そうげつ)」

 

 剣を納める音を皮切りに、分身達の首が飛ぶ。

 傷口の断面から妖力が噴水の如く噴き出し、血紅御前の姿を隠した。


(某も初めて出した妖技に簡単に反応するとは……本当に知(・)っ(・)て(・)い(・)る(・)のか?)


 全身を包む興奮とは裏腹に、思考は冷徹に敵を殺す術を模索する。

 通用しない事は策の上。大事なのは、敵の意識を散らす事。

 首を切っても動くかもしれない分身。妖力の霧で狭まった視界。光輪を出し続け、消耗し続ける妖力と集中力。

 闇に身を隠し、殺せる機会を窺う。

 そして、分身の形を敢えて崩した。


(……ここっ!!)


 意識が一瞬でも分身に向いた彼の背後を取り、完全に死角を取った位置から薙刀による刺突。

 同時に、崩れた分身が太刀へ変貌し、そのまま代陀羅の上半身を分かつ斬撃を振るう。


「死閃(しせん)【無明(けしあかり)】!」


 前後の強襲。どちらを避けても逃げ場無しの必殺技。

 なのに、その必殺技が決まる気配が全くしない。血紅御前はそれが怖ろしく、そして楽しくて笑みが溢れる。


(さあどうする! この状況をどう打開する!? 見せてみろ!)

 

「青龍の陣」


 置き去りになっていく視界の中で、代陀羅だけが取り残された様にスローモーションに映る。

 彼は静かに居合の構えを取り、太刀に対処しようとしているかに見えた。


「牙流(がりゅう)」


 直後、薙刀の先端が爆発したかの様に弾け、体勢を崩される。


「!?」


 いつ抜いたのか定かではない鞘が宙を舞い、目の前には剣が突き込まれていた。


「……! あはは、冗談だろう!?」

 

 妖技の制御用に取っていた思考のリソースを、全て目の前の攻撃を防ぐ為に使う。

 薙刀を回して剣を反らす。手が痺れる程の攻撃をいなして間も無く、拳が叩き込まれた。


「くっ……!」


 強烈無比な一撃。足が止まった瞬間を逃さず二の拳が腹部にめり込み、身体が僅かに浮く。

 飛びそうになる意識を押し留め、柄で押し返す。ゼロ距離での戦闘は不利と判断して下がろうとするが、その出足を読まれ下がらせてもらえない。

 応戦しようにも、武器を振ればその威力が殺される。ならばと無手の領域になれば、拳の使い方も分からぬままに案山子同然にボコボコにされる。

 思考の外から、知らない打撃と感じた事のない痛みが彼女を襲う。


(強過ぎる! 某が手(・)加(・)減(・)さ(・)れ(・)る(・)など……!!)


 驚嘆すべきは、彼にとって血紅御前は丁(・)度(・)良(・)い(・)練(・)習(・)台(・)程度の感覚でしかない事だった。

 彼が打つ度、彼に打たれる度、その攻撃にある筈の重さが若干足りない。

 本来なら即死させるレベルの威力を敢えて抑えているのは、他ならぬ彼自身がそれを望んでいるからなのだろうか。

 文字通り手も足も出せない状況の中で為される屈辱に、されど彼女は笑う。


(これが塵気術! これが、完成された護(・)神(・)術(・)か!!)

 

 いつ頃の話なのかも覚えていない、誰かが抜かした戯言。


『人によって受け継がれ、いつか神を護る術となる』


 故に護神。そんな世迷言など、覚える価値も無しと文字通りに一蹴した。

 その技術が今、この瞬間に結実し、産声を上げている。塵気術と名を変えて、自分という強敵の血を吸い輝きを増していく。

 そうして受け継がれてきた技術が、更に錬磨されていくのを肌で感じ、血紅御前は嬉しくて彼の心意気に応えたくなってしまう。


(欲しい)


 かつて、肉体という殻を捨てて取り込んだ妖力(モノ)が顔を出す。


(欲しい)


 かつての神(・)託(・)の(・)巫(・)女(・)として語り合い、忌まわしき力に身を染めても寄り添い続けた神霊(もの)が手を伸ばす。


(欲しい!)


 そして、何よりも自分が。この眩く美しい星を手にしたいと、心が躍っている。


「しっ!」


「はああああああっっ!!」


 凡庸な青年から織りなされる、非凡な技術の集大成。

 傍目には、身体を少しだけ動かしているだけにしか見えない。

 だがそれが何と難しく、美しいことか。


(成程、妖力を淀み無く肉体強化に回している。あの光輪は妖技に反応しているな。短筒を使わなくなった、抜く手間も惜しそうだ。痛い、身体の奥深くまで浸透していく。動きが読まれている、なら無理にでも押し通す!)


 一手やり取りするごとに、彼への理解が深まっていく。

 身体の動きを見切り、拳を受け止め、脚を誘い込む。動きが読めないならば薙刀で牽制し、わざと攻撃を受けて力づくで反撃する。

 まるで綱引きの如く、主導権を握り合う戦い。その中で見えてくる代陀羅団という男は。


(……凡(・)人(・)だ)


 どこまでも、凡人だった。

 だが、言葉通りの意味などでは決してない。

 誰にも分からない程小さな努力の積み重ね。それを愚直に積み上げてきたという自負。

 そこには、急激な覚醒や閃きによる成長など無い。誰もが投げ出したくなる様な、本当に気の遠くなる程地道な反復の成れの果て(結晶)。

 どこまでも美しく気高い、妖魔の入り込む隙間など無い人の頂。

 その精神に、神性を感じてしまった。


「わが銀は虹にもまして美しき」


 だからだろうか。自然と謳われたのは、在りし日の祝詞。

 失われ零落した神性が、彼という神性に振れて回帰していく。


「いなづまとこそ 似むと願ひむ」


 既に準備は出来ている。あちこちに散らばった妖力を神力へと変換し、この地に陣を刻む。


「さあ受けてみよ我が超神技! 銀嶺(ぎんれい)・暴虎氷河(ぼうこひょうが)!!」

 

 銀色の液体が止めどなく溢れ出す。それは何体もの銀色の虎に姿を変え、雪崩の如く代陀羅に襲いかかる。

 大量の虎が視界を埋め尽くし、積み重なる。

 やがて地響きが収まると、銀の氷山が出来上がっていた。











 


 その氷山が、虹色に輝き縦に割れた。


「おお……!」


 ドロドロに溶けてゆく銀の中から、代陀羅が現れる。目や口から血が流れてはいるが、その足取りはしっかりと地を踏んでいる。


「……うん、良し」


 何かを決意した顔で、彼は剣を構え直す。

 今までとはまた違う構え、これまでとは込められる妖力の質が違う。それを見て、血紅御前もまた覚悟を決めて薙刀を向ける。


(……そうか。終わりにするんだな、この戦いを)


 殺意は雄弁に語り合う。

 これまでの事、これからの事、そして自分が選(・)ば(・)れ(・)な(・)か(・)っ(・)た(・)という事も。


「塵気術、玄武の陣」


「神器(しんき)解放、明銀星(あけのぎんせい)」


 彼の遥か遠くを見つめる眼差しに、胸がズクンと痛む。

 だが、そこに退屈や侮蔑が無い事は、彼女が1番理解していた。


(楽しかったな)


 そう思って笑いかけると、彼もまた笑みを返してくれる。

 今の血紅御前にとっては、それだけで良かった。

 それだけが、彼らを繋ぐ唯一の──。


「星燈(ほしあかり)!!」












「黒淵(こくえん)」


 斬、と。自分の攻撃に完璧に合わされたカウンター。

 鉄を断ち、骨肉を喰んで心臓(核)を破壊される感覚が心地良く感じられる程、鮮やかな一太刀。

 彼女が見てきた世界で、最も綺麗な流星だった。


(……某が妖魔として生き永らえた意味を、やっと見つけたよ)


 自分の肉体が崩壊していくのを感じながら、彼女は最後の力を振り絞る。


「……代陀羅団」


「……何だ?」


「某の事、忘れてくれるなよ」


「! ははっ、そうそう忘れるインパクトじゃねえよ、お前は」


「あはは、そうかそうか」


(いんぱくととやらは分からぬが……まあ良いだろう)


 彼の言葉に満足し、残りの力を手に乗せて代陀羅に贈る。

 そして最後に、若干の優越感と少しの嫉妬を込めて今代の神託の巫女を見やる。

 血紅御前の視線に気付いた彼女は、今にも射殺さんばかりにこちらを睨んでくる。心が折れた様子はまるで無い。

 それが嬉しくもあり、羨ましくもある。だが、それをぶつける時間は残されていなかった。


(好きと言ってくれた。某が捨てた人の可能性を見せてくれた。何より、某を倒してくれた。何と楽しく、素晴らしい時間だったろうか)


「……希(ねがわ)くば──」


 最後の願いと共に、彼女は幽世と吸い込まれていった。

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