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軽トラは鉱夫宿舎のそばに駐車しておいてある。
地面に着地したラクティは直ぐにマーク君を助手席に押し込み、自身は運転席に乗り込む。
拾ってきた俺の分身のぬいぐるみはダッシュボードの上の台座に載せた。
以前までは魔石を置いていた台だ。
素のままで高価な物を目立つ所に置くのは防犯上良くないと思い直したので、魔石は別の場所に隠す事にした。
代わりにぬいぐるみの台座に転用している。
離れていた分身が元の場所に戻って来る事で、俺は完全体に成った様な気分になる。
思わず『○イルダー・オーン!!』とか叫びそうになるが、他の乗客が居るので今は我慢する。
ぬいぐるみはフロントウインドウの外、前方を向く形で固定されている。
ラクティがエンジンを始動し、軽トラを発進させる。
特に人通りも無い時間帯らしく、誰も騒ぎ出したりはしなかった。
息子を攫われた形の例の男は、まだ部屋でのた打ち回っているだろう。
正気に戻ったところで、あの男が少年を取り返す気になるかは分からない。
少年を働かせ搾取する金と、その為に掛かる労力を天秤に掛けたら、利益は僅かだ。
あの手の怠け者が、そんな面倒事をわざわざ抱え込むとは思えない。
当の攫われてきたマーク君は騒ぎもせず、うつむいたまま助手席に座っている。
「・・・あの、有難うございます。父さんの所から助けてくれて・・・」
うつむいたまま、彼はそう言葉を発した。
目に涙がにじんでいる。
頼りにしてきた唯一の肉親がくず野郎だったと分かったのだ、その心中を推し測るといたたまれない。
ぬいぐるみの俺を彼に持たせたのはもちろん、建物の中の状況を把握して、ラクティに知らせる為だった。
ラジオユニットを取り外した車体の方は喋る事が出来なくなっているが、意思疎通は他の事でもできる。
例えば、予め取り決めをしておいて、入った部屋の階数と端から何部屋目なのかを車内灯の点滅回数で伝えるとかだ。
「気にするな、荷物を運ぶのが私の仕事だけど、運び終わった荷物のアフター・フォローをする事もたまにはある」
ラクティがぶっきら棒に応える。
マーク少年を預かって以降、彼女はずっとそんな態度だ。
別に彼を嫌っている訳では無く、それは、必要以上に情が湧かない様にしているだけだ。
まだ数か月程度だが、彼女と一緒に居た俺には、それが分かった。
「・・・でも、僕、他に行く所が無くて・・・」
少年がそう言う。
父親の所に戻るのは論外だし、村に戻っても彼の居場所はもう無いだろう。
俺とラクティには、それが分かっていたが、彼を助ける道を選んだ。
もちろん、助け出しただけで、助けた子供を放り出すつもりは無い。
俺達は隣街の運び屋ギルドにやって来た。
色々と手続きを済ませて、俺とラクティはギルドの建物から出てくる。
そう、俺とラクティの二人だけだ。
いや、ぬいぐるみの俺は彼女に抱えられているだけだから、人目には彼女一人で歩いている様に見える。
マーク少年は居ない。
「腹減ったな。昼飯にしようか」
独り言の様にそう言って、ラクティはギルドの向かいで営業している食堂に入って行く。
慣れた様子で日替わり定食を頼み、席に着く。
「あの村長から依頼を受けた時点で、こうするしかないって思ってたんだ」
テーブルの端にぬいぐるみを置き、ラクティは独り言風に言う。
「まあ、あの様子じゃ父親は何年も家に帰っていなかった様だしな、分かった上で厄介払いしたかったんだろう」
俺は彼女にだけ聞こえるくらいの声でそう答える。
それで、あの村長を許す気にはなれないが、まだ一人前に働けない子供を養う余裕が無かったという事だろう。
「困っている全部の子供を助けられるわけじゃないのは知ってるし、炭鉱よりはましだけど、ギルドの下働きもそれなりにきついのも知ってる・・・」
ラクティがそう言う。
彼女の言う通り、マーク少年はこの街の運び屋ギルドに預けて来た。
住み込みで、細かな雑用をする仕事だ。
住む所と食事は与えられるが、一人前になるまで給金は出ない。
程度の差は有れ、子供を無理矢理働かせることにはかわりはない。
「私も親を亡くしてからギルドに預けられてたからね。子供には結構辛いよ。それでも炭鉱よりはましだと思ったから、助けて来たけど、余計なお世話だったかな?」
昔を思い出している様な顔で、ラクティがそう言う。
「いや、君は良くやった。君の出来る範囲でさ」
少し落ち込んでいる様な彼女を俺は励ます。
気休めでしかないが、そう言うしかない。
少年一人を養えるだけの余裕は俺達には無いし、その義理もまた無い。
彼の状況を少しだけ改善出来ただけでも十分だろう。
そんな事を考えていると、注文した料理が出来上がって来た。
カウンターから自分で受け取るスタイルらしく、ラクティが受け取りに行く。
俺は席取りの目印の様にテーブルの上で待つ。
しかし、ラクティが戻ってくる前に、別の人影がテーブルに近付いて来た。
「ふーん、あの娘、趣味変わった?」
俺の分身のぬいぐるみボディを持ち上げてそんな事を言う。
ぬいぐるみの振りをしているので、俺は黙って持ち上げられる。
俺の目に映ったのは獣人の女だった。
ラクティはタヌキ型獣人だが、この女はキツネの様に見えた。
さっき受付で見た運び屋ギルドの制服と同じ物を着ている。
小柄なラクティに比べて、スラリとして背が高いが、歳は同じくらいに見える。
「何をしている、エリカ?」
料理を持って来た、ラクティが後ろからそう言う。
「久しぶりね、ラクティ。せっかくうちのギルドに寄ったんだから、声を掛けてくれても良かったんじゃない?お友達でしょ?」
ぬいぐるみをテーブルに戻し、エリカと呼ばれた獣人の女性がそう言った。
「お前の所の窓口には用が無かった。それに別に友達じゃない」
むすっとした表情のまま、席に着いてそう言う。
「ひどいわね。一緒に運び屋ギルドの見習いをやってた仲じゃない?」
エリカもテーブルの向かいに座りそう言う。
どうやら彼女はラクティの昔からの知り合いらしい。
「私は別に受付嬢に成りたかった訳じゃない。運び屋を始める為の元手が欲しかっただけだ。それより、お前仕事は良いのか?ギルドの昼休みはもう少し先だろう?」
「良いのよ。今年から主任に成ったから、少しは融通が利くわ。それにこれも一応仕事だしね」
そう言って、彼女は一枚のチラシをテーブルの上に出した。
料理を食べ始めようとしていたラクティの手が止まる。
「魔動車レース、出場者募集中?」
彼女は怪訝そうに、そこに書かれている文字を読み上げた。




