3-6
戦争に於いて、敗北した側が全滅する事は殆んどない。
ここで言う全滅とは軍の兵士が全て死亡もしくは負傷によって戦闘能力を失う事である。
そんな事は勝った側の指揮官が余程優秀か、さもなければ負けた側が間抜けでなければ起こり得ない。
正面からぶつかって、旗色が悪くなった側は普通直ぐに逃げ出す。
それまでに、倒される兵士の数は実は全体の一割も無い事の方が多い。
残った九割の兵は必死で逃げるから、これを追い掛けて全て倒すのは難しい。
優勢な側は追撃隊を出すが、逃げる側も本隊を逃がすために殿を置く。
「徒歩の一般兵はともかく、馬車や騎兵、竜騎兵は直ぐにこっちに来るだろうな」
助手席に乗り込んだリタがそう言う。
「来た道を戻るのは無理かな?」
取り敢えず、軽トラを発進させたラクティが聞く。
「敵後方を横切る形になるから、帯状に逃げてくる大量の敵兵にどこかで捕まってしまう。こちらの方が速いから真後ろに逃げれば良いのかも知れんが、それだと敵国領まで行ってしまうしな」
リタが少し考える。
「仕方ない、何処かでやり過ごそう。ええと、こっちの方に行ってくれ」
リタはこの周辺の地図を見て、運転手のラクティに行く先を指示する。
逃げる兵は通り易い道を行くだろうから、そこから外れた場所に隠れるつもりらしい。
結局、リタの言う通りに山奥に行くような脇道で隠れていたら、敵兵には遭遇しなかった。
逃げる兵がわざわざ険しい山道を登る訳はない。
ほとんどの敵兵が逃げ、味方の追撃隊も通り過ぎてから山道を降り、味方の本陣に行く。
敵だと誤解されない様に、運転席の後ろに旗を立てる。
作戦中は目立たない様にわざわざ立てていなかった旗だ。
「俺の実家のフォンダリル家の紋章だ。目立ち過ぎるて好きじゃないんだが、背に腹は代えられんな」
助手席のリタがそう言う。
「良い紋章じゃないか?」
俺は旗に描かれた図面を見てそう言う。
こう言うのには詳しくは無いが、昔のヨーロッパの紋章と言うよりかは日本の家紋の様にも見える。
何かの植物を図案化したもので、何処かの戦国武将が使っていてもおかしくない感じの奴だった。
「エルデリータ様!ご無事でしたか!?」
味方の本陣に近付くと、フィーナ他何人かが、その旗を見たのか駆け寄ってくる。
リタが言っていた様に魔法師団には機動力が無いらしく、追撃隊には加わらず、ここに残っている様だった。
「問題ない。全て作戦通りだった。皆も良くやってくれた」
ラクティが車を止めると、助手席から降りた彼女が部下達らしき人達にそう言う。
『最後にへまをしそうになっただろうが!』とツッコんでやりたかったが、他の人達には俺が普通の魔動車じゃない事を秘密にしておきたかったので黙っている。
「結論から言うと、ケイジを人間の姿に戻すのは俺の力では無理だ」
リタはあっさりとそう言った。
今は夜。
ベルディーナ王国軍野戦本陣では戦勝祝いが始まっていた。
あちこちで焚火が焚かれ、酒と食料が振舞われ、宴が始まっている。
追撃に出た部隊は戻って居ないが、彼等もあまり深追いはしないそうだ。
正式な戦勝祝いは後日行うそうで、今回は即席の会の様だった。
一応偉いさんのエルデリータは、あちこちに挨拶して来た後に陣の外れで待機していた俺達の所に戻って来た。
彼女の旗は立てたままなので、無遠慮に寄ってくる者は居なかった。
どうやら、彼女の実家はそれなりの地位の貴族の様だった。
「やっぱり駄目か」
俺はそう言う。
まあ、何となくそうではないかと予想していた。
「世界を越える事が出来る神の御業だ。一介の魔法師の手には余るな」
リタはそこで、言葉を区切る。
「が、しかし、それではベルディーナ王国軍筆頭魔法師の名が廃る。人の形に戻せなくても、別のアプローチなら出来るかも知れん」
そう言いながら、口の端に笑みを浮かべる。
少女の様な姿なのに、そのマッドなサイエンティスト風の笑い方に背筋が冷たくなる。
「ああ、なるべくお手柔らかに頼む」
俺は何とかそう言った。
「エルデリータ様、一応料理は出来ましたけど・・・」
焚火で料理していたフィーナが彼女に声を掛けて来た。
魔法師団見習いでリタの身の回りの世話役もしている彼女には、俺の事も打ち明けている。
他の仲間は少し離れた別の場所で宴会をしていた。
「おう、待ってました!」
嬉しそうな声でリタがフィーナの方に向く。
「私も食べて良いのか?」
自前の皿を手に、ラクティもそう言う。
「いいぞ、お前達はこの戦いの一番の功労者と言って良いからな」
わざわざリタが俺達の所に戻って来たのは、俺にさっきの話をする用も有ったが、戦勝祝いの食材を持ってきたのもある。
「本当にそれ食べるんですか?」
フィーナが自分で作った料理にもかかわらず、嫌そうな顔でそう言う。
それもそのはず、出来上がったのはイナゴの佃煮風の料理だった。
野菜も少し入っているが、メインはでかいイナゴである。
「うん、これは美味い!」
ラクティが手掴みで飴色に光るイナゴをバリバリ食べる。
佃煮のアイデアは俺が出した。
昆虫食は低カロリー高たんぱくであるが、疲れた時はやはりカロリーも取りたい。
なので、砂糖入りの甘辛い佃煮が良いと思ったのだ。
とは言え、俺自身はまだ昆虫食に慣れない。
俺が食べる訳では無いので、良いのだが。
「なるほど、こういう食べ方も有るのか、これが異世界の料理法か」
ラクティと違いナイフとフォークで上品に食べるリタがそう言う。
だが、食べているのは虫である。
「お砂糖は貴重なんですよ。それをこんな料理に使うなんて・・・」
フィーナだけは佃煮には手を付けず、保存食のパンと干した果物を食べている。
「美味いぞ。食べないのか?」
リタがそう言う。
「結構です」
フィーナが拒絶する。
「まったく、これだから都会育ちのエルフは」
リタがそう言う。
どうやら、虫を食べる習慣は種族よりも生まれ育った環境で決まるらしい。
「って言うか、この世界のエルフは動物を食べるのか?」
俺は疑問を口にした。
「動物?虫は四つ足の獣とは違うだろう。本来、森と共に生きる種族であるエルフは森の恵みを糧にしてきたんだ。故郷のフォンダリル辺境伯領に居た頃はそこら辺で捕まえた奴を良くおやつに食べてたもんだぞ」
赤ワインをを飲みながら、リタはそう言う。
どうやら、この世界の人間は生き物を動物と植物の二つに大きく分ける事はしないらしい。
獣は獣、虫は虫らしい。
「うむ、赤も悪くないが、すっきりとした白の方が会うかもしれないな」
そう品評するが、ワインと合わせて食べているのは虫である。
「味が濃いから、酒が進む!」
こちらはビールらしき発泡性の酒を木製のジョッキであおるラクティだ。
フィーナだけが酒ではなく、別の炊き出し所から貰って来た野菜と干し肉の入ったスープを飲んでいる。
こちらはこちらで、虫は食べないが、普通に肉を食べている。
まったく、エルフに対する認識が変わる一日だった。
俺の貧弱な想像力とは違い、多分これがこの世界の普通なのだろう。
星空の下、戦場の片隅で束の間の宴が過ぎて行った。




