76. え?なんで居るの?
前回のお話
フィールドよ!私は帰って来たー!
優剛たちは昨日の夕方にフィールドに帰って来た。当初は出発から15日目に帰宅する予定だったが、帰りは優剛たちだけでの帰宅旅になったので、王都からフィールドまでを3日で走破してしまった。
その結果、優剛と麻実は残った2日を休暇にする事にした。
朝の訓練が2日早く始まった使用人たちは、残念な気持ちを隠そうとはしなかったが、真面目に訓練を消化した。
優剛がそれぞれに課した宿題の提出は予定通り16日目の朝で変更なしで、これには使用人たち皆が安堵していた。
真人は何やら疼くと言って、朝の訓練が終わってすぐに騎士の訓練場に出掛けて行った。
しかし、脳筋&中2病を感じさせる真人の発言に、優剛は強い危機感を覚えたが、まだ慌てる時期じゃないと、引き続き真人との算数の勉強に意欲を燃やす。
そして、優剛は昨日の宣言通り王都に行く。
「じゃあ、王都に行ってくるね。」
「はい、はい。夕飯までには帰ってきて欲しいけど、帰って来れそうなの?」
麻実の質問に使用人たちは誰も疑問に思わない。
フィールドから王都まで日帰り旅行。普通に考えれば不可能であるが、優剛なら出来るのでは?というのが、新たな常識として刷り込まれていた。
「んー。どれくらいで着くのかわからないからね。とりあえず全力で飛んでみるよ。」
「途中で力尽きて落ちないように気を付けてね。」
「押忍。」
馬車であればフィールドから王都まで20日程度。魔獣車であれば5日程度。そんな遠くにある王都まで行くと言っているのに、2人はそんな雰囲気を微塵も感じさせない。
使用人たちは2人のとても気軽なやり取りが信じられないが、「ユーゴだから」を脳内で唱えて優剛を見送る。
「いってらっしゃいませ。」
「いってきまーす。」
優剛は庭に出てすぐに空高く上昇を始める。雲の上まで上がったところで止まって、普段は圧縮と隠蔽している魔装を解除する。
優剛の身体は周囲の景色が陽炎で変わってしまうほどの、非常に濃い魔力で覆われるが、遥か上空に位置するここでは、誰にも気づかれる事は無い。
(うーん。この解放感・・・。気持ち良いなぁー。)
魔装の圧縮と隠蔽を解除して、縛られていた手足が解き放たれたかのような解放感を得た優剛は、非常に気持ち良さそうに大きく身体を伸ばす。ここが遥か上空で風が心地良いのも気持ちが良い原因の1つであろう。
また、上空は低温だが、解放された優剛の魔装を脅かすには全く足りない。
(よーし、こっちの方角だったよね。・・・行くか。)
優剛は王都のある方角に身体の向きを変えて、飛ぶ為の魔力をドンドン練り上げていく。
そして突然、優剛の姿が消える。そう錯覚させるほどのスタートダッシュで空を飛ぶ。
(うっひょおぉー♪まだまだ行くぞー。)
その後も速度は増していく。速度が増す度に増幅する風圧や空気の衝撃が優剛を襲うが、優剛の魔装の前では完全に無力である。
(時速何Kmくらい出てるんだろ・・・。)
優剛は異空間から串焼きを1本取り出して右手に持った。
(この串焼きはまだ魔装の中・・・これを・・・。)
優剛は持っていた串焼きを魔装の外に出す。出したところから肉と串は砕け散っていく。そして、すぐに優剛が持っている部分の串を残すだけになる。
遥か後方を落下していく串焼きの残骸を、優剛は口を半開きにして見続ける。
(怖っ!砕け方が怖っ!)
優剛は飛んでいる間は絶対に魔装を解除しない事を強く心に決意するが、異世界に来て最初に出会った三つ目オオカミの威圧の魔術がトラウマになっているので、そもそも自分の意思で魔装を解除するのも難しい。
時計が無い為どれだけ飛んだかわからないが、優剛は魔力消費による疲労を感じ始めていた。
(うーん。時間がわからんけど、全力飛行はそろそろ止めて流すか・・・。あっ。)
優剛の居る遥か上空から地平線の向こうに王都の城壁が見えてきた。
(速度を落として視力を超強化!ラーズの家は・・・。)
優剛はドンドン近づく王都の中にあるラーズリア邸の場所を、望遠レンズのようになった視界で捉える事に成功する。
優剛の纏う濃い魔力の気配を薄め始めて、ラーズリア邸の庭に着地する準備を始める。
まずは、優剛自身を今の位置よりさらに高く打ち上げる。そして、飛ぶ魔術での推進力を止めて惰性で前に進みながら落下する。
ブレーキを掛けるように進む力を制御して、放物線を描いていた優剛は徐々に真下に落ちる形に近づいていく。
この段階になると前に進む速度はかなり抑えられており、徐々に魔装の圧縮と隠蔽を強めていく。
最後に誰も居ないラーズリア邸の庭の上空で、優剛自身を超高速で打ち落とす。
これは上空から王都に侵入したという目撃者を発生させないためだ。
優剛は『ドン!』という大きな音でラーズリア邸の庭に片手を着いて着地した。
凄まじい速度で落下していた優剛は着地した時の音を消す為に、自分の周囲の空気を遮断する魔力を纏って着地した。その結果、着地の音に驚いたのは優剛だけであった。
膝を曲げて片手を地面に着いた姿勢で、優剛は地面に向けていた顔を前方に向けて、ゆっくりと周囲を確認する。
(私が・・・来た!)
優剛はヒーローのような台詞を脳内で再生させたが、恥ずかしさで若干耳を赤くする。
庭の中央に突然現れた着流し姿の不審者を、ラーズリア邸の庭を巡回していた警備の男が発見して声を上げる。
「何者だ!?いつからそこに居た!?」
それに反応するように門の前に立っていた警備の者も、門から庭の様子を伺うと同時に、門を開けて庭の中央に駆け出す。
「ん?あれ?ユーゴさん?」
つい先日までラーズリア邸に滞在していた優剛だと気が付いた警備の者たちは、警戒を解いて優剛に近づいて口を開く。
「突然、庭に現れるのは止めて下さい。」
「はい、すみません。」
何度も頭を下げて謝る優剛の姿が、自分たちの主人であるラーズリアを手玉に取る男だとは到底信じれらなかった。
しかし、優剛が滞在している間にラーズリアに誘われて朝の訓練に参加した警備の者は、鬼ごっこで翻弄されるラーズリアを見ている。
腰の低い優剛に強気に出て、もし優剛が怒れば自分の首は文字通り飛んでいってしまう。
優剛がそんな事をするはずも無いのだが、警備の者たちに対する抑止力になっているようで、警備の者は優剛を丁寧に屋敷に案内をした。
警備の者から執事に案内が変わって、優剛はラーズリア邸でもっとも長い時間を過ごしたリビングのような部屋に通される。
(おぉ!ゴロゴロ部屋だ。)
部屋に入ると、そこにはムラクリモが1人で紅茶を飲んで寛いでいた。
「こんにちは、先日はどうもありがとうございました。」
「え?ユーゴ様?え?帰ったはずでは?」
ムラクリモは執事に優剛が何人で来たのかを質問するが、『お1人です』という回答で、ムラクリモはさらに混乱の真っただ中に落ちていく。
ムラクリモの中では優剛たちはまだフィールドに到着していないのだ。それなのに優剛は1人でここに現れた。
そんなムラクリモを無視して優剛が口を開く。
「由里は何処ですか?」
「・・・え。あっ・・・。ユリちゃんはティセと一緒に勉強中です。お昼にはこの部屋に来ると思いますよ。」
「では、ここで待ってて良いですか?」
「もちろん構いませんよ。」
優剛が4日前まで座っていた同じ場所に座ると、案内してくれた執事が紅茶を淹れてくれた。
優剛は目の前に紅茶が置かれて感謝を述べて、1口飲んでもう1度感謝を述べる。
「美味しいです。ありがとうございます。」
「ユーゴ様は相変わらず我々に感謝の言葉を告げるのですね。」
「僕の中では当たり前なんで・・・。軽く流して下さい。」
優剛は王都と出発してから4日間の、由里の様子をムラクリモから聞いて由里の成長を実感する。
初日は寂しそうにする事も多かったが、次の日には寂しさは隠せており、昨日は由里から寂しさは殆ど消えていたと事だった。
ラーズリア邸でも専属の使用人が1人いるようで、あとで紹介もしてくれる事になった。
ムラクリモは混乱している頭でも由里の事はしっかり答えられており、答えながら徐々に落ち着きを取り戻していた。
そんな部屋に由里とティセルセラが勉強を終えて話しながら入って来た。
「あぁー。疲れた。やっぱり私、勉強嫌いだわ。」
「私も好きじゃないよ?」
「いや、いや。ユリはなんか慣れてる?そんな感じがするのよね・・・。」
2人はテーブルに目をやった直後に優剛が目に入った。そして、2人は立ち止まり、目を見開いて優剛を見つめる。
先に動き出したのは由里である。優剛に向かって駆け出して口を開く。
「お父さん!なんで居るの!?」
「ん?みんな無事にフィールドに帰れたから、今日は1人で飛んできた。」
由里は「へぇー」と無関心を装うが、微笑みを隠し切れない。
もじもじする由里の次はティセルセラが口を開く。
「ユーゴ、フィールドに着いたのはいつ?」
「昨日だよ。」
「・・・3日。あれを牽いて3日・・・?」
「シオンが頑張ってくれたよ。」
ティセルセラは優剛の言っている意味がわからない。シオンはジェラルオンと同じくらいの歳の執事兼護衛と名乗っていた獣人だ。
シオンが頑張ったから早くフィールドに着いた?優剛の代わりに荷台を牽いた?
いや、違う。そうではない。優剛が誰かにアレを牽かせるとは思えない。
少しの逡巡でティセルセラは結論を導き出す。
1番能力が劣っていたシオンがペースを作り、優剛は荷台を牽きながらそのペースを守ったのだ。
優剛の「頑張った」という発言からシオンは全力で走ったのだろう。そのペースに大きな荷台に女性を3人乗せて、楽々追走する優剛の姿がティセルセラは容易に想像する事が出来た。
「それで今日はどれくらいで王都に着いたの?」
ティセルセラは非常に気になった。優剛が1人でフィールドから王都に来るのに、必要な時間が気になって気になって仕方が無かった。
「時計が無いから時間がわからないんだよね。時計ってあるんだっけ?」
「魔道具屋に行けばあるわよ。ちょっと高いし、持ってる人も少ないわ。じゃあ、優剛はいつ頃フィールドを出発したの?」
(超気になる。異世界の時計が超気になる。)
優剛が時計に意識を割かれたのをティセルセラが引き戻す。
「ねぇ、いつ出たの?」
「あぁ、ごめん。えーっと・・・。朝ご飯が終わって訓練が終わってからだよ。」
「はぁ・・・それで到着したのは今?」
「ちょっと前だね。」
ティセルセラは目を閉じて溜息を吐き出してから口開く。
「1時間から2時間でフィールドから王都に着いてるわね・・・。」
「おぉ!それならかなり気軽に来れるね。」
「ユーゴだけだから!」
ティセルセラは声を大にして言いたい。こんな事が出来るのは優剛だけだと。
そんなティセルセラを無視して優剛は口を開く。
「うーん。時計欲しくなってきたな・・・。」
「スマホは充電出来ないの?」
「充電に必要な電力量がわからないんだよ。電力が強すぎたら壊れるし、弱すぎても壊れるかもしれない。」
優剛は両手を挙げて降参のポーズだ。
「ふーん。お父さんでも出来ない事があるんだ。」
「沢山あるよー。」
「ふーん。」
由里の反応は素っ気ないが、表情は明るい。そんな由里の表情を見て、優剛も顔が綻ぶのを感じる。
そんなニヤニヤしている気持ち悪い優剛にムラクリモが声をかける。
「あの、ユーゴ様。昼食は食べていかれますか?」
「いえ、いえ。急に用意して頂くのも悪いので、外で食べてきますよ。」
「気にしないで下さい。もうすぐ来るジェラもきっと喜びます。」
「あぁ・・・。うーん。では、お言葉に甘えさせて頂きます。」
ムラクリモは軽くガッツポーズを作って執事に指示を出す。執事は昼食の人数が1人増えた事を厨房に伝える。
しばらくして、ジェラルオンも部屋にやって来た。扉を開けた瞬間に優剛を見つけて口を開く。
「お師匠様!」
「こんちはー。」
気軽に挨拶する優剛に対して、ジェラルオンは腰を折って頭を下げる。そして、頭を上げたジェラルオンは口を開く。
「帰ったはずでは?どうしてここに居るんですか?」
「ちゃんと帰ったよ。今日は1人で来たの。」
「流石お師匠様ですね!」
(うむ。素直でよろしい。)
盲目的に優剛ならなんでも出来ると思っているジェラルオンは、素直に優剛の言葉を信じた。そんなジェラルオンにティセルセラが口を開く。
「兄さま、普通出来ないから・・・。」
「お師匠様は普通じゃないよ?」
ティセルセラは兄のキラキラした瞳に見つめられて言葉に詰まる。優剛なら何でも出来ると身体全体で訴えている。
兄の考えを変える事が出来ないと悟ったティセルセラは「ユーゴだもんね」と言って視線を逸らした。
しかし、ジェラルオンは止まらない。
「ティセはお師匠様を呼び捨てにしてるけど、失礼だと思わないの?」
「えぇ・・・?」
ティセルセラは困惑の表情に変わる。これには優剛も介入して口を開く。
「呼び方は何でも良いよ。クソ爺とか悪口じゃないなら気にしないよ。」
「私も最初は・・・。ユーゴさんって呼んでた事もあったけど、ユーゴが良いって言うから・・・。」
最初は呼び捨てであった。
ティセルセラも覚えていたようで、最初から優剛さんと呼んでいたとは言わなかった。
(最初は呼び捨てにしてたし、生意気だったからなぁ・・・。)
優剛もティセルセラとの出会いを思い出して、ボーっとしたような表情になる。
「むぅ・・・。お師匠様が良いって言うなら良いけど・・・。」
ジェラルオンにとって優剛は絶対である。優剛が白だと言えば黒いものも白だと言える。いや、信じられる。
「ジェラ、魔力は動かしてる?見て良い?」
「はい!是非お願いします!」
優剛は話しを逸らす事に成功した。
ジェラルオンに診る魔力を飛ばして、ジェラルオンの魔力を確認する。
「うーん。最初に比べたら魔力も増えてる。動かすのもゆっくりだけど1人で出来てるね。予定通り体内の魔力操作と1日1回の放出を1か月くらい続ければ、身体強化の練習に集中して良いよ。」
「はい!ありがとうございます!」
事前にジェラルオンの訓練予定は渡しているが、ジェラルオンにとっては優剛が直接確認したというのが大事なのである。
そんな会話を聞いていたムラクリモは目に涙を溜めて喜ぶ。
「身体強化・・・。来月から・・・。うぅ。」
「いや・・・。事前に予定は渡してますよね・・・?」
優剛は予定通り進んでいると言っただけで、涙を溜めて喜ぶムラクリモに困惑する。
優剛が滞在していた時からジェラルオンについて説明する度に、ムラクリモは嬉しくて涙ぐんでいた。
「はい。すみません。嬉しくてつい・・・。うふふ。」
そんな2人を見ていたティセルセラが優剛に向かって口を開く。
「ユーゴ、私にも何か教えてよ。イコも兄さまも教えて貰ってズルい。」
「えぇ・・・。ティセが教えて欲しいのは戦いに勝つ方法とかでしょ?ラーズが良いって。僕は戦いに関して教える事は出来ないよ。」
「嘘!父さまもユーゴには勝てないじゃない!」
優剛はティセルセラを諭すように話す。
「僕が勝てるのは遠くから魔力量と魔術によるゴリ押しが出来るからだよ。近接戦闘のみのルールにしたら勝てないよ。剣術や近接戦闘っていうのは、努力する時間と経験が必要なんだよ。」
「むぐぐ。」
優剛は言葉に詰まるティセルセラにさらに告げる。
「教えられる事は朝の1時間の訓練で教えているよ。あれ以上の事は僕には教えられないよ。」
「・・・マコトにも教えてない?」
「ヒーローごっこはするけど、戦いに関しては教えてないよ。」
「私もヒーローごっこやる。」
優剛は10歳の女の子とのヒーローごっこで遊ぶ事に抵抗感を覚える。しかし、真剣な表情で頼み込んでくるティセルセラに頷く事しか出来ない。
「・・・良いよ。あとで遊ぼうか。」
「やったぁ!」
「わん!」
「はい、はい。レイもね。」
優剛は尻尾を振って喜ぶレイの頭を撫でながら問いかける。
「最近遊んでないの?」
『フィールドに居たみたいに森には行ってない。・・・けど楽しいぞ。問題ないぞ。』
(完全に運動不足じゃん・・・。)
レイは慌てて今も楽しいと告げてきた。
由里の騎士として残ったのだ。走り回れなくて楽しくないなんて口が裂けても言えない。
「じゃあみんなでヒーローごっこしようか。」
優剛が子供たち全員に告げると、ジェラルオンが驚いて口を開く。
「え!?僕も良いんですか!?」
「遊びだもん。良いに決まってるでしょ。」
「おぉぉ!やったぁ!」
非常に大きな喜びを身体全体で表現するジェラルオン。それを見たムラクリモは目元の涙を指で拭う。
優剛は昼食を楽しめなかった。
遊びとはいえ由里とレイが居るヒーローごっこである。遊び感覚でいれば不幸な事故が起きてしまう。優剛の死という不幸な事故が。
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