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家族で異世界生活  作者: しゅむ
75/215

75. 帰宅

前回のお話

イャッ!パーリーピーポォォー!イィエェー!


 王都滞在6日目。今日は優剛たちがフィールドに帰る日である。


 朝の訓練を終えた優剛は荷台を牽く準備を始める。パチン、パチンと金具で優剛と荷台を繋ぐベルトを止めて、馬車の形をした巨大な人力車が完成する。


 ラーズリア邸に残るのは由里。そしてレイである。

 アイサも残ると言ったのだが、昨日のパーティーで仲良くなった使用人たちに、自分たちを信用して欲しいと言われて渋々了承した。


 しかし、レイが残る事については何も相談はしていないが、レイは自分が残るのは当然といった顔で由里の横に座っている。

「えっと・・・。レイは帰らないの?」

「わん!」

「レイが喋れるのはこの屋敷の人はみんな知ってるからね・・・。」


 昨日のパーティーで料理を催促する際に、部屋の真ん中で全体に向けて魔力を放って意思を伝えてしまったのだ。

 出会った当時は狙った相手にだけしか、魔力で意思を伝える事は出来なかったが、今は気を抜くと大きく増えた魔力の操作が緩んでしまい、周囲に向けて意思を伝える魔力を放ってしまう。


 可愛いフワフワの大きい犬として扱われていたレイは、それからは恐ろしい珍獣扱いされていたが、由里に懐いている様子や、ジェラルオンやティセルセラ、イコライズもレイを可愛がっているのを見て、喋れる可愛い犬としての地位をすぐに確立した。


「そうだね。レイはこの家でも喋って良いよ。」

『俺はユリの騎士だからな!絶対に由里から離れないぞ!』


 そんなレイの言葉が嬉しいのか、別れの瞬間が近づいているのを実感しているのか、由里はレイに抱き付いてフワフワの胸毛に顔を埋める。


「じゃあ・・・由里はレイに任せる。頼んだよ。」

 優剛はいつになく真剣な表情でレイの頭を撫でながら告げた。


 そんな優剛の真面目な雰囲気を感じ取ったレイも真面目に返答する。

『任せろ。俺が死んでもユリは守ってみせる。』

「駄目だ。何があっても必ず2人で生き残るんだ。」


 そんな悲壮な決意を語りあったところでラーズリアが口を挟む。

「おい、おい。ここは戦場じゃないんだぞ。お前らは王都をなんだと思ってるんだ?逆にレイが王都で暴れる方が心配だよ。」


 そんな3人を放置して、麻実は由里に近づいて腰を下ろして顔を寄せる。

「由里、身体には気を付けてね。何かあったら連絡してね。」


 そう言ってから麻実は由里をレイから剥がして、強く抱きしめる。

「・・・うん。わかった。」

「寂しくて泣いてる?」


 麻実は由里を茶化すように告げた。

「泣いてないもん!」

「ふふ。ほら、真人も。」


 麻実に誘われた真人も少し寂しいのか、由里に抱き付く。

 しかし、先ほどまで元気の無かった由里はお姉さんとしての貫禄を見せる。

「真人、お父さんとお母さんの言う事をちゃんと聞いてね。」

「ぅん。」


 真人は抱き付いたまま短い返事をして首を縦に小さく振る。


 イコライズとティセルセラは真人と別々に暮らす際の別れを想像した際に、絶対泣いて真人を抱きしめる確信があった。


 今にも泣き出しそうな由里が真人にだけはそんな雰囲気を微塵も出さずに、気丈に振る舞っている光景を、見送りに来ていたイコライズとティセルセラは、由里との間にある姉としての力の差に愕然とする。

 普段の由里は真人の世話もしないし、気に掛けるような仕草もしない。

 しかし、それは誰かが真人を見ているからで、誰も真人を見ていない時の由里は非常に姉らしい一面を真人に見せている。


 そんな由里の姉としての一面を初めて目の当たりにした2人は、あれが本物のお姉様の姿なのかと驚愕する。


 由里は離れた真人に向かって口を開く。

「ほら、走って帰るんでしょ!元気出しなさい!」

「・・・うん!」


 そんな由里の頭を優剛は軽く撫でて優しい声色で告げる。

「大丈夫だと思うけど、何かあったら誰かに相談するんだよ。ここにいる人たちはみんな由里の味方だからね。」


 優剛は手を広げて辺りを見渡す。そして、ラーズリアに向かって頭を下げる。

「由里をよろしくお願いします。」

「あぁ。自分の娘だと思って接するから安心してくれ。」

「ありがとう。」


 麻実も同時に頭を下げていて、麻実にはムラクリモが何やら声をかけている。


 頭を上げた優剛は麻実たちに人力車の中に入るように促す。

 トーナとアイサとシオンも由里との別れを済ませて荷台に入る。シオンは優剛の横で真人と一緒に走る為、人力車には入らない。


「ラーズ、またね。」

「あぁ。いつでも来い。」


 そして、優剛は由里に向き直って口を開く。

「じゃあ・・・行くね。」

「うん。」


 由里は優剛を見上げたままの姿勢を維持する。

 動き出した人力車の窓から麻実は顔を出して由里を見つめて手を振る。それに応えるように由里も空を見上げたまま手を振る。


(ふおぉぉぉぉ!上を向いてないと涙が零れるんだよぉぉ!)


 優剛はイメージトレーニングの成果もあって、泣くまでには至っていないが、上空に飛ばした魔力で、しっかり由里の姿を捉えている。

 上を見上げた由里の横では、イコライズとティセルセラが励ますように寄り添って声をかけている。


(ぐおぉぉぉ!友情って素晴らしい・・・。)


 優剛たちの姿が見えなくなった瞬間に由里は手で顔を覆って泣き出した。

 それを慰めるようにイコライズとティセルセラが由里を抱きしめる。


 泣き止んだ由里は、イコライズとティセルセラに支えられて、ゆっくりとした足取りでラーズリア邸に入っていく。

 そこまで見届けた優剛は空を見上げて王都の街を門に向けて歩いている。隣に真人が居る状況で涙を見せる訳にはいかないのだ。


 人通りの多い道に出れば、優剛は非常に目立つ。人が乗っているであろう大きな荷台を、奇妙な服装の人間が1人で牽いているのだ。

 しかも牽いている人間は1人だけで、上を見上げて前を見ていない。

 しかし、前が見えているかのように前方の馬車との距離を調整し、十字路などではピタっと止まって安全の確認もしているかのように見える。


 王都に出入りする門が近づいた頃には優剛も空を見上げる事も無くなり、前方を向いて荷台を牽いている。


 王都に入った際はティセルセラが同行していたので、貴族用の門を利用出来たが、出る時は優剛たちだけなので一般用の列に並ぶ必要がある。

 王都を出ると言っても怪しいものを運んでいないか確認するのは必須だ。


 多くの門番たちが荷物を検めて、出ていく人の顔をジッと見つめる。事前に確認している手配書と似た顔の人物を見つけた場合は捕える為だ。


 そんな前方の様子を眺めていた真人が優剛に告げる。

「出るのも大変なんだね。」

「誘拐とか盗んだ物が外に出たら大変だし、確認は大事でしょ。」


 ようやく優剛たちの番になれば、優剛を不審者のように見つめる門番。

「おい、身分証を見せろ。」


 優剛は懐に手を突っ込んでハンター証を取り出す。

 それを見た門番は困惑の表情で口を開く。

「2級・・・?お前が・・・?」

「なんかすいません。」

「いや・・・、謝る必要は無い。中を確認しても良いか?」


 本来であれば有無を言わさずに確認するが、2級ハンターを警戒した門番が優剛に確認という体裁を取らせたのだ。

「もちろんでございますよ。」


 門番は荷台の木の扉をノックして開ける。中には3人の女性と太めな猫型ドラゴンと小さな荷袋があるだけだ。

「あー。身分証を見せて頂いても?」


 3人はフィールドの住民証を門番に提示する。外では真人とシオンも別の門番に身分証を提示している。


 門番は3人に身分証を返して口を開く。

「フィールドに帰るのに荷物はそれだけですか?」


 門番の疑問は至極真っ当なもので、フィールドまで帰るのに小さな荷袋だけなのは不自然である。中身が全て食料でも足らない事は誰でも予想が出来る。

 しかし、そんな質問は想定内で、麻実が口を開く。

「はい。魔法袋ですから。」

「なるほど、失礼しました。」


 嘘である。置いてある荷袋はただの荷袋で中身はアイサの着替えだけだ。

 しかし、魔法袋は非常に高価だ。数も限られており、金があれば買えるという代物でもない。所持するには金、人脈、地位や権力も必要になる。


 2級ハンターであれば持っていてもギリギリ不思議ではなく、応対している麻実からも気品を感じた門番は、アイサの着替えが入った荷袋を魔法袋だと信じた。

 魔法袋を所持している者に難癖をつけて引き留めても、後ほど自分が処罰される可能性を考慮して、門番はあっさりと門を抜ける許可を出した。


 扉が閉まって人力車が動き出したのを確認したアイサが口を開く。

「ふぅー。マミ様は流石ですね。私は中を見られたらどうしようって頭が一杯でしたよ。」

「ふふ。そうなったら優剛がなんとかしてくれるわよ。」

「・・・あぁ。それもそうですね。」


 謎の信頼を寄せられている優剛は中の会話を聞いていない。真人やシオンと一緒に門を抜けて、広い街道で思う存分に走っているのだ。

 猛スピードで走る人力車の荷台は揺れていない。優剛が少しだけ浮かしている為、中の環境は非常に快適である。


 歩いてる人を抜き去り、馬車を抜き去り、魔獣車を抜き去る。

 抜かれた者、すれ違う者は優剛と荷台を見て、再び優剛に視線を戻そうとした時には、既にその姿は確認が出来ない。


 王都に来た時よりも速く優剛たちはフィールドに向かって走っている。この速さはシオンが基準になっており、魔獣よりも速く走り続けるシオンの身体能力は非常に高いと言える。


 優剛は前を走るシオンに声をかける。

「シオーン、辛くなったらペース落として良いからねー。」

「はい。もう少し速く走れますが、初日ですから様子を見ます。」

「ほーい。」


 優剛は頼もしい返事をシオンから聞いて、フィールドまでの帰宅日数が短くなる事を確信する。

(1日か、もしかしたら2日は短縮出来そうだね。)


 王都まで魔獣車で5日である。それを3日や4日で走破する事になる。ハンター1人であれば似たような事が可能な人材は存在する。手紙などを短納期で配達するような仕事を専門にしているハンターも居るのだ。


 しかし、シオンは執事兼護衛である。執事にしておくのは勿体ない身体能力だが、シオンの目標は『優剛の傍で戦える執事』である。これくらいの事が出来ない者は、優剛の傍で戦えるはずが無いという想いが強い。


 結局シオンは3日目の夕方にフィールドに到着する。優剛はシオンを褒め称えたが、シオンは余り嬉しそうでは無かった。

「ユーゴ様を荷台に乗せて僕が牽くのが目標です。」


 シオンは全力で走った。しかし、荷台を牽きながら走り続けても疲れた様子も見せない優剛に、シオンは尊敬の眼差しを隠さない。

「いや・・・そんな目標止めてよ・・・。牽くのは良いけど、僕が乗るのは嫌だからね?」

「では、ユーゴ様と一緒に汗1つ見せずに走れるようになります!」

「はは。うん。頑張ろうか・・・。」


 シオンのキラキラした瞳を見た優剛は、諦めたように頷くしか出来なかった。そして、真人の頭に手を置いて口を開く。

「真人も頑張ったねー。」

「うーん。もっと速く走れるよ。ほら!ひゅん!・・・ひゅん!」


 真人は少し跳んで、着地と同時に高速移動して、少し行った先で再び跳ぶ。そして、着地と同時に高速移動を繰り返す。跳びあがる際に「ひゅん!」と言っているので、何か意味があるのだろう。


 そんな真人の様子を見ていたシオンが口を開く。

「き・・・消えてる。」

(はぁ?ただの高速移動で・・・はっ!)


 何かに気が付いた優剛は、普段から魔装と脳内強化を高いレベルで維持しているが、動体視力の強化だけを弱めた。するとそこには、忍者のように消えては現れるという事を繰り返して移動する真人の姿があった。

(ひゅ・・・ひゅんひゅん移動だ・・・。忍者だ・・・。男の子の憧れだ・・・。)


「真人!凄いね!忍者みたいだね!」

「ひゅん!ひゅん!」


 再び優剛の近くまでひゅんひゅん言いながら、ドヤ顔の真人がやってきた。

「でしょ!?凄いでしょ!?」


 移動するのに止まる必要も無ければ、跳ぶ必要もない。実戦では何の役にも立たない移動方法だが、優剛と真人の中では忍者の移動方法を再現した事で、非常に興奮している。

 詳細が見えていないシオンが見たその移動方法は、姿が消える事と現れる事が繰り返される事で非常に困惑した表情をしている。


 優剛もひゅんひゅん移動がやりたかったが、荷台を牽いている今は出来ない。高速で荷台を牽いたら慣性の法則で、中の麻実たちがシェイクされるのだ。

 命の危険を感じた優剛は、寸でのところで思いとどまる事に成功した。


 優剛と真人が騒ぎながらフィールドの門に近づけば、フィールドの門番は優剛たちに気づいて歓迎ムードだ。

 聖女と飛行屋が帰ってきたのだ。優剛が屋敷まで歩いている間、街の住民たちから営業再開の催促や、窓から手を振る麻実に祈る者たちでお祭り騒ぎである。


「ノブさん、ただいまー。」

「おかえり。」


 庭に入ってすぐに優剛が挨拶するのは前の屋敷の主で、既に死んでいるが、意識だけを魔道具に封印した信長だ。屋敷の警備を一手に引き受けている警備担当でもある。


 その信長が屋敷内に居る使用人たちに魔力を使って連絡したのだろう。広い庭の奥にある屋敷の扉が開いて使用人たちが迎えてくれる。


「おかえりなさいませ、ユーゴ様。荷台は屋敷の裏にある倉庫に運びます。タカが。」

「旦那、おかえり!シオンもな。・・・俺が!?」


 トーリアの言葉にシオンを労っていたタカが驚いた声をあげた。

「これ以上ご主人様に荷台を牽かせるつもりですか?」

「いや・・・まぁ・・・確かに・・・。」


 優剛はベルトを外してタカに荷台を預ける。既に麻実たちは外に出ており、談笑しながら屋敷の中に入っていった。


 荷台を手で牽き始めたタカがその重さに少し驚いてから優剛に告げる。

「予定より早い到着でしたね。王都で何かあったんですか?」

「ん?予定通り王都を出たけど、帰りは僕たちだけで走ったから早く着いたんだよ。」

「あぁ・・・。なるほ・・・ん?」


 タカは止まって指を折って何かを数える。そして、何度も3まで数えてから驚きの表情で優剛に尋ねる。

「旦那・・・、王都から3日で着いたんですか?これ牽いて?」

「そうだよ。シオンのペースだから無理はしてないよ。シオン速かったよー。」


 優剛はシオンの父親であるタカにシオンの働きを褒める。しかし、タカの驚きはそこではない。優剛はこの重い荷台を牽いてシオンのペースで走ったのか?

 タカはジーっと優剛を観察する。特に着ている浴衣が汗で濡れていないかを入念に確認する。


 タカは濡れたような跡もない浴衣を見て、思わず優剛の背中に触れる。

「ん?どした?」

「・・・いえ、沢山走ったから汗で濡れてるかと思って・・・。」

「ん?あぁ。そうだね。」


 タカは優剛の言葉を聞いて、着ている浴衣の質が良いのだと思った。

「シオーン、先にお風呂入ってー。沢山汗かいたでしょー!?真人もねー。」

「おとさんはー?」

「僕はみんなの荷物を出さないといけないし、汗かいてないから後で入るよ。一緒に入りたい?」

「うーん。シオンと入って来るー。」


 タカは優剛の言葉を聞いて壊れた人形のようにゆっくりと優剛に振り返って口を開く。

「旦那・・・これ・・・1人で王都から牽いたんですよね?3人乗せてたんですよね?」

「ん?そうだよ。」

「汗かいてないんですか?」

「うん。・・・あっ、でも少し埃っぽいかな?」


 優剛は自分の身体をパタパタ叩くが、タカの疑問はそこではない。

 今、自分が牽いている重い荷台に3人乗せて、走り続けた疲労は無いのか?である。


「疲れてないんですか?」

「ん?うーん。なるほど。」


 優剛は考えるような仕草をして立ち止まった。そして、数秒してから口を開く。

「凄く疲れた。だから明日は休暇にして1人で王都に行ってくる。」


 はぁ?何言ってんだこいつ。タカは声には出していないが、表情は完全にそう言っている。

「ごめんねタカ、片付けお願いね。」


 そう言ってその場を立ち去る優剛をタカは黙って見送った。今の言葉は本気か?いや、旦那なら本気だろう。タカはその場で自問自答を繰り返していた。


 久しぶりの我が家での夕食時。優剛が明日は朝の訓練が終わったら王都に1人で飛んで行く事を皆に告げた。

 全員から「はぁ?何言ってんだこいつ。」という視線を浴びたが、優剛は気にせず食事を続けるのだった。


 麻実だけは夕食までに帰るようにと優剛に厳命していた。


最後まで読んで頂きありがとうございました。

皆様の読んでいた時間が少しでも良い時間であったなら幸いです。


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次回もよろしくお願い致します。

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