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家族で異世界生活  作者: しゅむ
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64. ホームステイの対価

前回のお話

ラーズリアvsミスリル人形(2回目)

 ガタゴトと揺れる王城からラーズリア邸に向かう馬車の中。不満そうな声色で麻実が優剛に告げる。

「なんで馬車ってこんなに揺れるのかしらね。」

「ショックアブソーバー?スプリングを使ってなんやかんやするアイテムが無いんでしょ。」

「優剛が作ってよ。そしたら、それを売って大儲け出来るじゃない。」

「ハッハッハ。麻実さん、僕にそんな知識があるとでも?」


 ドヤ顔で出来ないと宣言する優剛に呆れる麻実だが諦めきれない。


「優剛なら出来るでしょ?」

 この一言で優剛は初めてのお菓子作りで、シュークリームを作る事になったのだが、今回ばかりは優剛も申し訳なさそうに告げる。


「その謎の信頼は嬉しいけど無理だよ。スプリングをどうやって使うのか?車輪は独立させるのか?横軸に繋げるのか?そもそも着け方は?ググれないし、お手上げだね。」

「むぅぅぅ。」


 麻実は口を尖らせて不満を表現する。

「僕が同乗する時は浮かすからそれで勘弁してよ。」


 優剛が口にした直後に先ほどまでの不快なガタゴトは無くなり、まるで部屋で座っているかのような錯覚にすら陥る。

 しかし時折、馬車の車輪が地面に接しているのか「ガラ」「ガラ」っと音を立てる。


「ユーゴ、何をしたんだ?」

 ラーズリアの質問に優剛は両手の人差し指を下に向けて口を開く。


「ほんの少し浮かせた。」

「うーむ。色んな意味でユーゴが欲しいな・・・。誰かに仕官したくなったら、まずは俺のところに来いよ。絶対だぞ。」

「ほーい。」


 優剛が気の抜けた返事をしたと同時に馬車が止まった。ラーズリア邸に到着したのだ。

 浮かせていたと言っても荷台だけを浮かせて、推進力は馬によるものだったのだ。馬が止まれば当然止まってしまう。


 優剛は馬車を降りて御者の見える位置まで移動して礼を告げる。そして、ラーズリアと麻実に小走りで追いつく。

(今度は置いてかれないからな!)


 初めてラーズリア邸に到着した時のような騒動は起こらず、優剛を含めて夕食の準備が出来ているという部屋に案内される。

 既に部屋では他の者が椅子に座って優剛たちを待っていた。


「「おかえりなさーい。」」

 由里は席を立たないが、真人が椅子から降りて優剛に向かって行く。


「早く座って!お腹空いた!」

 帰ってきた事が嬉しいわけでは無い。早くご飯が食べたい故の催促であった。

 優剛の手を乱暴に引っ張って椅子に誘導する。


 優剛は毎晩寝る前にイメージトレーニングをしている。マイナスの出来事を想像するイメージトレーニングだ。


 いつの日か訪れる子供たちから「キモイ」「臭い」「ウザイ」等を言われても良いように、日本に居た時からイメージトレーニングは欠かさない。

 由里が永遠に「パパと結婚する」「パパ大好き」などが続く訳が無いのだ。


 由里に関しては既にその時期は終わっている。


 イメージトレーニングなのに目から涙が溢れそうになった夜は数え切れない。しかし、このトレーニングを止めれば、いざ現実になった時に耐え切れない。そんな思いで優剛は寝る前に数分だけイメージトレーニングをしている。


 そんな優剛に真人からの催促など少しのダメージがあるだけだ。いつ「クソ爺」が来ても良いように準備しているのだ。


 優剛たちが席に着けば食事が始まる。なんとラーズリア邸でも使用人が同席していた。

「ラーズ、貴族は使用人と一緒にご飯食べないって聞いたけど?」

「レミから聞いてユーゴの家を真似した。最初は半信半疑だったが、数日で意味がわかったぞ。他の貴族を招く時は自重するが、普段はどんな風に食事をしても俺の勝手だからな。」


(レミさんはヒロから聞いたのかな?まぁ良いけどね。)

 優剛は笑顔で「これ良いでしょ?」と告げれば、ラーズリアは無言で首を縦に振るだけだ。


 テーブルの下で食事しているハルの料理は他の者より1品だけ多い。それを羨むようなレイの視線に気づく者は居ない。

 明日は自分が貰う算段を練っているレイに希望はあるのか。戦闘狂のラーズリアが相手だ。きっとレイの希望は叶う事だろう。


 食事が終わりを迎える頃に優剛がラーズリアに向かって告げる。

「ラーズ、お願いがあるんだけど。」

「どうした?改まって。」

「うん。由里を王都の学園に通わせたいから、ここに住まわしてくれないかな?もちろんお金は払うよ。」


 優剛の懇願にラーズリアは笑顔で口を開く。

「ユリでもマコトでも好きなだけ住んで良いぞ。ティセも喜ぶしな。くっくっく。」


 ティセをフィールドに行かせた目的の1つに、由里を預かれば優剛は様子を見に来るだろうという目論見が達成されて、ラーズリアはこみ上げる笑いを堪えらる事が出来なかった。


「ありがとうラーズ。」

「ありがとうございます。ラーズさん。」


 そんな事は優剛と麻実もティセルセラから計画を聞いて知っていたが、預かって貰うのは事実なので感謝を述べた。


 そして、優剛はラーズリアに尋ねる。

「5年で卒業だから5年分でどれくらい払えば良いか教えて欲しい。相場とか全然わからないんだよね。」

「何を水臭い事を言ってるんだ。金なんぞ要らん。ユリが一緒ならティセにも良い影響があるのはわかりきっているしな。」

「いや、いや。そういう訳にもいかないでしょ。」

「金には困ってないぞ。養う者が1人増えた程度では痛くも痒くも無い。」


 ラーズリアは頑なに金銭を受け取らないと主張する。その逆に優剛は金銭を渡したい。しかし、渡す金額がわからずに困惑するが、優剛の次の一言で事態は一変する。

「むぅぅ。じゃあオリハルコンあげるよ。」

「ハッハッハ。ユーゴもしつこいな。受け取らんぞ。オリハルコンでもな。・・・オリハルコン!?」


 ここまで笑顔で優剛の申し出を受け流していたラーズリアは、突然のオリハルコン入手のチャンスに大きく動揺する。そして、オリハルコンという最上級の金属に誘惑された。

「オ・・・オリハルコンなら・・・。う・・・うけ・・・。」


 それに待ったを掛けるのはラーズリアの妻でムラクリモだ。

「ラーズ、最初の主張通り何も受け取らないのが漢よ。」

「オ・・・オリ・・・オリハル。ユーゴ、要らんぞ!ハァハァ。」


 ラーズリアの心の中で激しい葛藤はあったのだろうが、悲壮な表情で優剛の申し出を断った。しかし、優剛はここが勝機と見たのか押し込んでくる。

「神の雫でどうでしょう。」

(倍プッシュだ。なんか違う気がするけど。倍プッシュだ。)


「ぬあぁぁぁ!ムラ!俺には無理だ!この申し出を断るのは俺には出来ん!」

「何言ってんのよ!漢でしょ!」

「俺の双剣の内1本は純ミスリル製で、もう1本はオリハルコンとミスリルの合金だ。ユーゴが言うくらいだ。ユーゴから貰える神の雫で剣を作ったら・・・。あぁぁ!剣士の憧れだぞ。夢だぞ!」


(・・・ラーズ、鍛冶屋も似たような事を言ってたよ。)


「ラーズ!誘惑に負けては駄目!さっきティセから聞きましたよ。ユリちゃんを無償で受け入れるのは決まってた事でしょ!?」

「ぐぅぅ。」


 痛いところを突かれたのだろう。そもそも由里が王都に留学する際の住む家をラーズリア邸にする事で、ティセが優剛をここまで連れて来たのだ。


「でも・・・神の雫だぞ・・・。」

 ラーズリアは消え入りそうな声でムラクリモに告げるが、無言で首を横に振るだけだ。


(倒すべき敵はムラクリモさんか・・・。)


「ムラクリモさん、このような素材に興味はありますでしょうか。」

 優剛が取り出したのは信長の和服に使われていた謎の素材で作ったTシャツだ。


「その服はなんですの?」

「丈夫で長持ち。そして特徴は手触りです。どうぞ。」


 優剛はTシャツを魔力で飛ばして、ムラクリモに優しく渡す。

 Tシャツを手に取ったムラクリモは驚愕する。

 その手触りに。そして、近くでTシャツを見れば輝いているかのように錯覚する光沢に。


「・・・この服の素材はなんですか?」

「知りません。」


 優剛はキッパリと言い放つ。知らないものは知らないのだ。しかし、その後の補足を忘れない。


「この素材はフィールドの街を作った信長という異世界人が、服を作る際に使っていた素材です。その服は今でも僕の家に沢山あって、僕が好きな時にその服を裁断して布として使っても良いし、糸にして使っても良いと言われています。」


 ムラクリモはTシャツから手を離さずに、優剛の声に耳を傾けながらチラチラとTシャツを見ている。


「この素材から服を作ってムラクリモさんに差し上げます。」


(細かい話は麻実に任せるよ。)

 優剛が麻実に視線を向けると、麻実は無言で小さく頷く。


 麻実も由里を預けるのに対価が無いのは納得していない。自分が無料で何かを差し出すのは良いが、他者から貰うだけなのは許せない性分なのだ。


「い・・・頂けるのであれば・・・。」

(勝ったな・・・。)


「素材の方はこちらで準備しますので、作る服のデザインなどは麻実と相談して下さい。」

「・・・はい。」

「Tシャツは返して下さいね。」

「あっ・・・。」


 ムラクリモの手にあったTシャツは勝手にフワフワと優剛の手元に飛んでいき、手に触れたと思ったらTシャツは消えてしまった。

 ムラクリモは勝手に手から離れたTシャツを捕まえるような素振りを見せたが、誤魔化すように手を膝の上に置いた。


「なぁ、今の服にそれほどの価値があるのか?」

「あれは良い物です。」


 ラーズリアの問いにムラクリモは簡潔に即答したが、ラーズリアは疑問の表情で首を傾げる。


「なぁ、ユーゴ。あの服は良い物なのか?」

「ん?ラーズも欲しい?」

「いや、服なんかどれも同じだろ?」

「ほほぉ。気持ちはわかるけど、さっきのTシャツを知ったらラーズも欲しくなるよ。」


 優剛は再びTシャツを異空間から取り出して、今度はラーズリアの手元に飛ばした。


「ふーむ。手触りは良いな。・・・あぁ、少し光ってるか。まぁ、珍しい素材ではあるな。うーん。」

 やはり戦闘狂は服に興味が無いのか、早々に興味を無くしてしまった。


「ラーズ、Tシャツをそのフォークで刺してみてよ。」

「ん?穴が空くが良いのか?」

「どうぞ、どうぞ。」


 ラーズリアは手元にあったフォークを持つと、Tシャツの腹の部分を目掛けて刺し込んだ。しかし、Tシャツは衝撃を吸収するように押し込まれただけで、穴が空く事はなかった。


「どうもヒラヒラした物は好かん。」

 あっさり貫けると思っていたラーズリアは、布特有のヒラヒラが衝撃を吸収したと考えて、今度はTシャツを掌に置いて、自分の手も一緒に貫くようにフォークを突き刺した。


「はぁ?・・・なんだ?」


 掌に置いたTシャツを貫けずに困惑するラーズリアに優剛が告げる。

「Tシャツに魔力を流すともっと硬くなるよ。」


 ラーズリアは眉根を寄せて優剛を見た後にTシャツを魔力で覆う。そして、再びフォークを突き刺す。


 フォークとTシャツが触れた瞬間の『キン』という、金属と金属が触れたような音が部屋に響く。

 ラーズリアは驚きの表情に変わりTシャツと優剛を交互に見る。


 優剛は自慢気な表情でラーズリアに告げる。

「面白いでしょ。」


「ユーゴの着ている服は全部これか?」

「数に限りがあるから普段着は違うよ。」


 優剛は浴衣の袖をパタパタと振って否定した。


「では、いつ着るんだ?」

「んー。狂魔地帯に行く時・・・かな?そんな事より1枚どうです?魔導騎士様。」

「むぅ・・・。いや・・・、俺はオリハ・・・。いや!何も要らんぞ!なぁ、ムラ。」


 ラーズリアは迷いを振り切って妻であるムラクリモの同意を得ようと視線を向けた。


「えぇ。その通りです。私は後でマミさんとお話をしてきますわ。オホホ。」


 ムラクリモは一見ラーズリアに同意したような事を言っているが、言葉の意味は『オリハルコンは要らないが服は貰う』である。


 戦闘狂のラーズリアはムラクリモが同意したと勘違いをしているが、優剛と麻実には言葉の意味が伝わったのか、ムラクリモに向かって笑顔で頷いていた。


(ダメさんの評価では、目玉が飛び出るくらいの価値があるって言ってた気がしたから、由里を預かって貰うお礼にはなるかな。)


 この素材に魔力が通っていなくても、素人が剣で斬ったくらいではTシャツが切れる事は無い。ある程度の魔力を纏わせた刃物でようやく切る事が出来るのだ。

 ダメリオンも裁断には苦労したと優剛に愚痴を言うほどの強度を持っている。


「では、お言葉に甘えて・・・由里をよろしくお願いします。」

 優剛は立ち上がって深々と頭を下げた。優剛と同時に麻実も席を立って頭を下げる。

 ムラクリモが真意を隠しているので、優剛もそれをバラすつもりは無いのだ。


「おぅ!気にするな。」

 優剛は漢らしいラーズリアの返答に若干心を痛めつつ、再び椅子に腰かけた。


「由里、ラーズが王都の学園に通う間はここに住んで良いって、あんまり迷惑は掛けないようにね。」

「うん、わかった。ラーズさん、よろしくお願いします。」


 優剛の話を聞き終えた由里は席を立ってラーズリアに向かって頭を下げた。


「おぅ!ティセをよろしくな。あと偶には俺と模擬戦してくれよな。」

「由里を傷つけたらマジで殺すからね。」


 ラーズリアの言葉に間髪入れずに優剛が告げた。しかも、由里からは偶然見えないが、優剛は本気でラーズリアを睨んでいる。


「俺だって手加減・・・。」


 優剛はラーズリアがわかっていないように感じたので、例え話でラーズリアに質問する。

「ティセが他の男に傷つけられたら?」

「殺す。」


 ラーズリアは優剛の質問に即答した。

「うんうん」と頷く優剛は再びラーズリアに確認する


「ティセが模擬戦で傷を負った。嫌々繰り返される模擬戦で、ティセは傷だらけになっていく。」

「そんな事をする奴は生まれてきた事を後悔させてやる。」

「僕も同じ気持ちだからね。」


 ようやく優剛が睨んでいる意味がわかったラーズリアが恐る恐る口を開く。

「大丈夫だ・・・。ユリが嫌がる事は無理強いしない・・・。」

「それなら良いんだ。」


 微笑む優剛にラーズリアはようやく安心した。

 そして、生まれてきた事を後悔するような事にならないように、由里と接しようと心に固く誓うラーズリアであった。


 ラーズリア邸には大きな風呂も備えており、1日の疲れを癒した優剛は明日の予定を麻実に確認してしょんぼりする。

「今日は色々あって疲れたよ。明日はゴロゴロしていたいな。」

「折角、王都に来たんだから観光と買い物よ。」

「・・・はい。」


 こうして優剛の王都での初日は幕を閉じた。


最後まで読んで頂きありがとうございました。

皆様の読んでいた時間が少しでも良い時間であったなら幸いです。


評価や感想もお待ちしております。ブックマーク登録も是非お願いします。

次回もよろしくお願い致します。

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