【第04話】 ブレイク・ザ・ワールド・後編
悠月とルキは川原を後にし、住宅街へとやってきていた。見た目にも考えられないほどの速さで走るルキを見失わないように悠月は必死に追いかけ走り回った。体力には自身があったが、あの速さをキープして走り続けるルキには驚嘆する。
そしてしばらく走った先でようやくルキが立ち止まった。
「ハア……ハア……は、速いっての。こっちはついていくだけでいっぱいいっぱいだよ……」
「……あたしの速さについて来られているってだけで驚きだけどね」
「はあ? なんだって?」
「魔導人形を感知したわ。今あたし達はそこに向かってるの」
「やっぱりかよ……この嫌な雰囲気は奴らの気配だったんだな」
「訓練もしてないのに気配を感じ取れるのも『アンリミテッド』の力かしらね」
「かもな。しかし、よりにもよってここら辺かよ……」
悠月は辿りついた付近を見渡して顔しかめた。
ここは悠月が住んでいる街であり、この付近の住宅街もよく知っている。いや、むしろ知りすぎいるというほど毎日ここら辺を歩いている。
妹の迎えに行く時に。
「……着いたわ。この学校の中に居るわ」
「おいおい、マジかよ……」
悠月の嫌な予感は見事に的中。毎日見ているこの学校は悠月の妹が通う小学校そのものだった。
「昨日は倉庫だったけど今回はずいぶん大胆に攻めてきたわね。こんな学校内なんて……」
「……しかもよりにもよって、この学校は俺の妹が通っている学校だぞ」
「なんですって?」
いったい何の因果か敵は悠月の妹が通う小学校に出現したとの事。
見た限りは破壊された形跡も無ければ騒ぎも発生していない。気のせいなのかまだ潜伏しているだけなのかはコチラから伺う事はできない。だが悠月にも敵がこの敷地内に居る気配はビンビンに感じている。奴らの目的は定かでは無いが危機は目の前まで迫っているのは確かだ。
悠月は居てもたってもいられず校門を越えて敷地内へと入ろうとする。
「ちょっと待ちなさいよ! 敵の目的も分からないのに慎重に動かないと……」
「んな事言ってる場合か! 妹が危ない云々を抜きにしても子供たちが大勢居るこんな所でもたもたしてれんねーよ」
「これが罠だったらどうする気よ」
「罠ごとぶちのめす!」
「あんたって意外と脳筋なのね……」
ルキは呆れつつそれでも同じく門を越えて中へと進入し、悠月と共に敵が居るであろう体育館へと直行する。
明らかに不法進入でありここまで堂々と校庭を横切っているというのに教師の一人も出てこない。それどころか体育館に近づけば近づくほど辺りからは人の気配は無くなっていく。
「これってもしかして人払いの魔法? 魔導人形であるグラトニーにはこんな魔法使えないはず……」
「人払いの魔法だと?」
「ええ、高度な魔法で一定範囲内の人を自然と近寄らせないようにするの」
「どんな時に使う魔法なんだ?」
「隠密に任務を行う時に使用するんだけど、効力のわりには魔力浪費が半端じゃない。誘拐に使われた事例はあるけど」
「誘拐……まさかっ!?」
ようやく体育館へと辿り着いた悠月は、閉まっていた体育館の扉を勢いよく開けた。そして目の前に広がる光景に息を飲む。
なんとそこには倉庫で見たゴーレム型の魔導人形が三体がステージの前に居た。そのステージの先には倒れている少女とそれに覆い被りまるで守るように座っている少女が一人。
怯えるような表情をする少女を見て悠月は頭に血が上った。
「こよりっ!!」
「お、お兄ちゃん……!? 助けてっ!!」
いったいなぜ自分の妹が襲われているのか? なぜ人払いの魔法をしているのか? 倒れている少女の安否は?
様々な考えが頭をよぎり、悠月は次の瞬間には敵へと向かっていっていた。
「待ちなさいっ!」と言うルキの静止を無視し、悠月は形振り構わずナイフを構えてグラトニーへと突っ走っていった。
だが見掛けに比べてゴーレム型の反応は早かった。こちらへ走ってくる悠月を認識してからすぐに1体が悠月目掛けて跳躍。あまりに予想外なその動きに反応できず、悠月はゴーレムから殴られて横へと吹っ飛ばされてしまう。
「がはっ……!?」
腕でガードしたとはいえ思ってた以上に重いその一撃を受けて体育館の床に無様に転がる悠月。車に跳ねられてた以上の衝撃に悠月の身体は軋み悲鳴を上げる。本来ならこの一撃で腕の骨は粉砕していただろうが、なんと骨折どころか多少痺れるだけで怪我は無かった。
脅威的な身体能力に驚いた悠月だが嫌な気配を感じて反射的に飛び起きる。すると轟音と共に悠月が倒れていた床が粉砕する。先ほどとは別のゴーレムが攻撃を仕掛けてきていたので。咄嗟に飛ばなかったらどうなっているか分からない。
自分では無いような能力の高さに驚愕するのも束の間、残り2体が悠月へと迫ってきていた。
だがその2体は突如として黄色い衝撃波を食らって吹っ飛んだ。衝撃波の飛んできた方を向くとルキがコチラに手を向けている。どうやらルキが魔法で攻撃したようだ。
「早く妹の所に行きなさいっ!」
その言葉に頷いた悠月は一目散にステージへと駆けていき、こより達の方へと駆け寄る。
「大丈夫か、こよりっ!?」
「こ、こよりは大丈夫だけど、マキちゃんが……」
そう言いながら倒れている少女を仰向けに変えてこよりは抱きかかえ直す。
見るとマキちゃんと呼ばれる少女は額から血を流しており、その血で白いブラウスを真っ赤に染めていた。どうやらまだ息はあるらしいが、容態が良くないのは火を見るよりも明らかである。
「くそっ! マジかよ……!」
「お兄ちゃんっ!?」
「!?」
こよりの声に反応して振り返ると、なんと一体のゴーレム型がまさに悠月たちに殴りかかろうと飛び掛ってきていた。その咄嗟の事態に悠月は反応する事が出来なかった。
だがその瞬間、光る何かが飛んできてゴーレム型へと直撃。光が直撃した腕からは黄色い炎と共に砕けた破片が飛び散った。その攻撃で片腕を失った敵はそのまま横に傾きながらステージの下へと倒れてい
く。
その光を放ったルキは振るったそのそ腕を、ルキへと標的を変えた2匹のゴーレム型へと向ける。
すると振りかぶった勢いと同時に手の平に眩い黄色の輝きが発生し、三日月のような形の衝撃波となってゴーレムへ型2体へと放たれた。
咄嗟の攻撃に対して反応できなかったゴーレム型1体へと直撃。上半身が完全に爆散したその破片を喰らい、もう1体のゴーレム方は態勢を崩して後方へと倒れていく。
「ば、爆発した……。衝撃波ってスパっと切れるだけじゃないのか?」
「ボケっとしてないで!! まだ来るわよ!」
そのルキの叫びと共にステージ前で腕を失ったゴーレム型が再び立ち上がり、悠月とこよりの方へと飛び掛ってきた。
先ほどの不意打ちと違って今回は手に持つナイフに力を込め、悠月は反射的に敵へと向かってそのナイフに「剣になれ!」と念じる。
「!?」
悠月が念じた途端、川原の時とは違う『変化』がナイフに起こった。ナイフは輝いて粒子になり、2つに分かれて悠月の両腕にそれぞれ灯る。そして形を変形させていき『2本の剣』に変化した。昨日の倉庫ではロングソードほどの長さだったが、2本に分かれた剣はショートソードほどの長さ。つまり二刀流の双剣へと変化したのだった。
「形が違う!? だが……」
一瞬だけ戸惑った悠月だったがすぐにその双剣を構え、地を蹴って大きくこちらへと腕を振りかぶる敵へと向かっていく。
「やる事は変わらねええええええええええッ!!」
瞬時に敵の懐へと飛び込んだ悠月は、交差させるように二本の剣を振りかぶった。するとゴーレム型の動きが止まり、腹部付近に×字の亀裂が入って瞬く間に体は切断されそのまま爆散して弾け飛んだ。
敵を倒してステージの下に着地した悠月は昨日とは違う双剣をまじまじと眺める。昨日とは違う形態の武器。そして恐らく魔力によって向上した身体能力。この時点でようやく悠月は自分が普通の人間では無くなった事を自覚した。
「すげーな……これが魔法の力か」
「感動してないでどきなさいっ!」
「へっ……? どわああああああああああああっ!?」
言われた通り感動していた悠月が上を見上げるとそこには吹っ飛んでくる3体目のゴーレム型の姿があった。ギョッとした悠月はそれこそ神回避としか言いようがないスレスレで回避。両手に持っていた剣をナイフに戻してゴロゴロと転がった。悠月が元々居た場所に敵が落下して背中から倒れる。
「これでおしまいっ!」
その次の瞬間に宙へと跳躍したルキが空中から衝撃波をゴーレム型に向けて放つ。それは見事にゴーレム型に直撃して鈍い音と共に爆発四散。これで最後の敵が破壊された。
ルキも得意気に笑い、無様に転がる悠月の側に着地する。
「魔力の出力を上げてなんとか……か。他にもう敵は居ないようね」
「あぶねーな! 当たったらどうするつもりだったんだよ!」
「どうもしないわよ。黙祷くらいはしてあげるわよ」
「こいつ……!」
「あんたに構ってる暇ないの。どいて」
そう言ってステージの方へと向かったルキが、戸惑うこよりを他所に先ほどの倒れていた少女に手を乗せる。するとその手元が何やら淡い光を放っていく。
何が起こっているのか悠月には分からないままでいると、少ししてルキの両手から光が消えていった。さすがに気になった悠月もステージへと向かう。
「おい、いったい何をしたんだよ?」
「……ほら、見てみなさい」
「傷が消えてる……」
ルキが両手をどけると、なんと少女の額の怪我は何事もなかったかのように消えていた。残念ながら真っ赤に染まったブラウスは元には戻っていないが、それ以外の肉体的損傷は跡形もなく消えて顔には血色が戻りつつある。
「すげえな。これぞ魔法って感じだな」
「生命の源とも呼ばれるオーラを具現化できる『アグニ』だからこその芸当よ。魔力消費は激しいけどね」
見るとルキの額には汗が玉のように大量にあり、魔力の消費による疲労が見てとれた。汗を掻いて頬が高揚しているように見えるせいか、ルキが必要以上に色っぽく感じる。
「時間が経てば自然と魔力は回復するから心配しないで」
「あ、ありがとう、お兄ちゃん。それにお姉ちゃんも」
「そうだ、こより無事だったか!? 怪我とかしてないか?」
「うん。変な化け物に襲われてビックリしたけど……。友達の怪我を治してくれてありがとう!」
「……驚かないのね。変な力を使ったのよ?」
「ううん、変な力じゃないよ。カッコ良かった!」
「………」
こよりの純粋な笑顔に圧倒されて赤面するルキだが、誤魔化す為かそっぽを向いて咳払いをする。
「……とにかくここを出るわよ。そろそろ人払いの魔法も消える頃だろうし」
「それはいいが、この状況どうすんだ? 施設まで壊れちゃったんだぞ?」
「今から『アグニ』の力で修復するわ」
「物まで直せるのかよ。便利だな」
「壊れてからそんなに時間が経過していないのが前提だけどね。こよりちゃん……だったかしら? 悪いけどそのお友達を保健室に連れて行ってあげるから、先生には貧血で倒れたと説明しといてくれるかしら?」
「う、うん。分かった」
「あたし達は学校から出るわよ。見つかったら面倒だし」
「おいおい、こよりを置いて大丈夫なのか?」
「大丈夫だと思うわ、もう近くに敵の気配はしないし」
「まあ、確かにな……」
ルキは嘘を言っていないのは悠月にも分かる。自分でもその感覚は実感しているのだ。完全に安心はしていないがすぐに襲われる心配はなさそうだ。
「この後、少し状況を整理したいの。早く行きましょう」
「分かったって。こより、ごめん頼めるか? 帰ったら必ず説明するから」
「うん。任せて!」
元気欲こよりがそう返事し、悠月が抱えてこよりの同級生を保健室へと運ぶ。そのまま悠月とルキの二人は慎重に体育館裏を歩いて塀を越えて学校から出て行った。
「……あんたも薄々気付いているでしょうが、あたしの勘だと敵の狙いはあんたの妹ちゃんね」
「だろうとは思ったと。だが狙う理由もそうだが、なにより妹の学校に現れたっていうのが気に食わん」
「自分の身内が狙われたって事に対して?」
「いやまあ、それもそうなんだが。敵がこんな短期間でこよりの通っている学校を突き止めたって事が気がかりなんだよ。さすがに早すぎる気がする」
「それもそうね……。ほとんど本能の塊である魔導人形には、必ず命令している人間が存在しているはず。どこに居るのかは分からないけど、この世界に居ると考えるのが妥当ね」
「敵の狙いが何のか不明なのが不気味だがな……」
「……まさかあの魔導人形どもを倒すとはな。これが勇者の力か」
「!?」
突如、加工されたような不自然な男の声が辺りに響き渡った。悠月たちは歩みを止めて辺りを見渡した。だが周りに人など居ない。しかし間違いなく聞こえる謎の声に悠月はナイフを握って警戒する。
「どこにいやがるっ!? 出て来いっ!」
すると眼前の何もない空間から黒い煙のような靄が発生し、その中から何者かが現れた。
地面を引きずる程のぶかぶかな茶色いローブのような服で身を包み、顔の半分以上をフードで隠している人間だ。声からして男なのだろうが、まるで機械で声を変えたような妙な声質だった為にそれも定かではない。
「はじめまして、かな?」
「……なんだ、テメエは」
「なんだとはご挨拶だな。せっかくこちらから姿を現したというのに。出血大サービスだよ?」
少しひょうひょうとした感じの男だが、悠月はこの男の奥底にある只ならぬ気配を感じ取って冷や汗を掻いた。本能だけがこの男に対して危険信号を出している。この人間はヤバイと。
「気をつけて、悠月……。コイツ只者じゃないよ」
「我は『魔元団』の魔導人形部隊・総司令官を担当しているデュナミスだ」
「な……なんですって!?」
その名を聞いた瞬間、ルキの顔は驚愕に目を見開き一歩後ずさる。その自己紹介から察するにルキと同じ世界出身の男であり、明確にルキの敵なのだろう事は悠月にも理解できた。
「悪名高い魔導師……デュナミス。その優れた統率力と魔導師としての高い能力は、あたしの世界では名を知らない人は居ない程のもの。デュナミスが指揮した部隊に何個も街が焼き尽くされたわ……。コイツのせいで何百人もの仲間が命を落としている」
「クククッ……仲間ね。よく君の口から『仲間』という言葉が出てくるものだ」
「……ッ……!?」
デュナミスの言葉を聞いたルキは一瞬で鬼のような形相となり、デュナミスを勢いよく睨みつける。しかしそれに臆する事なく、デュナミスは平然と話を続ける。
「ふふふ……そう敵対心を持つな。今日は別に争う為に来たのではない。むしろ知りたがっている情報を提供しに来たのだ。我がこの世界に来た理由が知りたいだろう?」
「……敵に塩を送るって事か?」
「そうとも言う。まず、我自身がこの世界に来ている訳ではないという事だ」
「はっ? じゃあ、目の前のお前は誰だよ?」
「ルキ・ハーディストは気付いているかもしれんが、次元を超えるには古代魔法の担い手でないと超えられない。どういう理由かは知らんが普通の魔導師には不可能なのだ。だが我ら『魔元団』は数年に亘る研究の末に魔導人形だけをこの世界へと送りこむ事に成功した。魂の入っていない魔導人形だけが転移する事に成功したのだ」
「魔導人形がこの世界に干渉できるなんて……」
「だが問題がある。それは送り出すだけで命令する事は出来なかった。これでは意味がない。そこで我は更に時空間の研究を進め、思念転送型の特殊魔導人形を造りだした。これによって次元を超えた世界に居る魔導人形でさえも操れるようになったのだ。その思念転送型の特殊魔導人形がお前たちの目の前に居るこの我だ」
「……そこまでしてこの地球に来た目的は何なの?」
ルキがそう質問したところ、デュナミスは質問したルキではなく悠月の方へと視線を向けた。どういう仕組みか分からないがラジコンのように遠隔操作している魔導人形とはいえまるでデュナミス本人から見られているようで背筋がゾッとする。
「我はルキ・ハーディストが来る前から地球に来ているのだ。水瀬悠月を監視する為にな」
「俺を監視する為……だと? こよりを狙ったのはその一環か?」
「全ては『ダークマター』の為に……な」
「なんですって……!?」
「何言ってやがるんだ? その『ダークマター』ってのはなんだ?」
「引っくり返した砂時計はただ流れるだけ。もうお前達では止められんよ……」
デュナミスは悠月たちに背を向けて歩いていき、先ほどと同じ黒い煙と共に何処かへと消えていった。
「ちっ……逃げられたか」
デュナミスはどういった訳が悠月を監視する為にこの世界に来たと言っていた。古代魔法が狙いだったと考えるのが妥当だと思うが、監視しているだけで今まで手を出してこなかったのは引っかかるポイントではある。
こよりを狙った理由も不明瞭だ。悠月への交渉材料として襲ったのであれば合点はつくが、どうもそれだけではないような気がしてならなかった。なにか別の理由があるような…。
「ま、まさか……奴らが暗黒物質を………?」
「ああ、言ってたな。今思うとそれって宇宙にある物質の事だよな?」
「違うの……。この世界ではそうみたいだけど、それとは違うの……」
まだ絶望感が抜けていない表情でルキはそう言って歩き出す。悠月は何がなんやら分からないが、とりあえず後に続く。
異世界。古代魔法。崩壊する世界。魔導人形にデュナミス。そして、謎の物質『ダークマター』。
すでにこんがらがって結び目が分からなくなってしまった紐の中心に居る感覚に悠月は一人溜息をついた。




