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フェルディナント・ヴラナー

レインラント共和国市民軍中将

 ほほう。まさかノコノコ姿を現すとはね。

 とてつもなく豪胆なのか、それとも、果てしなく馬鹿なのか。

 ……まあ、いい。

 ヴラナー家のお茶会にようこそ。来て頂けて、まことに光栄だ。


 貴族流の礼儀作法とやらに従ってお茶とお菓子からスタートしても良いが、互いに忙しい身だ。本題だけを、素早く片付けようじゃないか。

 答えろ。お前は、何が狙いだ?


(私は彼の合理的精神に敬服しながらも、その質問の蒙昧さに、内心で失笑を禁じ得なかった。

 だが、はっきりと笑ってしまうわけにはいかないので、曖昧(アルカイック)な微笑を浮かべて、やりすごすことにする)


 誤魔化すつもりか?

 お前は命が惜しくないようだな。

 もう一度だけ、チャンスをやろう。お前は、何が狙いだ?


(私は彼が本気でその質問をしていることを、ようやく理解した。

 これは駆け引きでも何でもなく、彼はシンプルに、私を脅せば必要な情報が得られると考えているのだ。

 しかし――こうなると、ちょっと困った。

 あまりことを荒立たせるのは、好みではない。

 けれども、ここまで程度の低い馬鹿相手には、「わからせてやる」必要もあるだろう。

 まったく、この程度の男が、中将とは。バルマー閣下やミコラーシュ閣下には申し訳ないが、共和国市民軍のレベルも知れるというものだ)


 ――何を黙っている?

 それとも、私の本気を疑っているのか?

 ならば今すぐ、考えを改めた方がいい。私の部下には、「革命軍の怪物」と呼ばれた男に指導を受けた、有能な尋問係もいる。素直に喋ったほうが、身のためだぞ?


(これまた激しくレスポンスに困る脅しだ。

 これ以上、彼の言葉を聞いていては、冗談抜きで爆笑しかねない。

 だが、そこまで手ひどい侮辱をしてしまうと、私の失点となるだろう。

 このあたりで、馬鹿に向かって、馬鹿と言ってしまうべきだ。

 私は用意されていた椅子にゆっくりと腰掛けると、彼を見上げるようにして、口を開いた)


「ヴラナー中将閣下。

 本日はお茶会にご招待頂き、まことにありがとうございます。

 下世話ながら、どんなお茶を頂けるのか、夜も眠れぬ思いでした」


(案の定、馬鹿が沸騰した)


 ――なるほど、貴様は最も愚かな選択をする、というわけか。

 おい、衛兵! この反革命的市民を拘束……


(私はその言葉を、途中で遮る)


「閣下。一度だけ、確認させて頂きます。

 私が()のために、なぜ動いているのか、閣下は私の口から直接聞こうとしている――よもや、そういう意図のお言葉なのですか?」


(私の言葉に、中将閣下は一瞬、ポカンと口を開けた。

 そしてその言葉が宣戦布告そのものであると気づいた彼は、顔を極限まで真っ赤に染めた。

 だがその数秒後、回転の鈍い頭にも私の言葉の真意がようやく届いたのか、彼の顔は一瞬で真っ青になる。忙しい男だ。


 そう。私はここに至るまで、多くの政府要人と取引をしてきた。私が今なお本件の取材を続けられているのも、その取引あってこそ、だ。そのことは、中将閣下も気づいている。

 だが彼は、私に直接「お前は何をしているのか」と聞くことは、つまるところ私と取引をしているお偉方のポケットに手を突っ込むことだということには、私がそれを婉曲的に指摘するまで、思い至らなかった。

 戦争中なら、それでも良かっただろう。敵軍の使い走りを捕らえたら、拷問して情報を吐き出させればいい。

 だが今は戦時中ではなく、さらに困った(ポリティカルな)ことに、周囲はみな「同志」だ)


 ……そ、それは――その……いや、その――

 そういう、つもりでは――なくて、だな……


(しどろもどろになった彼のもとに、衛兵が数名、駆け寄ってきた。

 彼らはキビキビと、私を拘束しようとする)


 待て! 馬鹿者、その手を離せ!

 その方は、当家の大切な客人だぞ、愚か者!


(衛兵は命令の豹変ぶりに、しばし当惑しているようだった。

 だが中将閣下がもう一度癇癪を爆発させると、逃げるように消え去った。

 どう考えても悪いのは中将閣下だが、兵隊稼業にはこの手の不条理はつきものだ。これも給料分と納得してもらうしかないだろう)


 ――た、大変、失礼した。

 その、なんだ、部下との連絡に、少々、行き違いがあったようだ。

 とはいえ不始末は不始末。深く、お詫びさせて頂きたい。


(私は黙って頷いて、彼の謝罪を受け入れる。

 とりあえず緒戦は私の勝ち、というところか。

 だが、ここまで勝負がはっきりついてしまうと、逆恨みされる可能性が高い。

 実に望ましからぬ――というか、本来なら不必要なはずの――勝利だが、まったく、世の中はままならない)


 さ、さて――おお、そうだ、茶だ。茶を持ってこさせなくては。

 給仕ども、何をしている! 早く茶と、茶菓子を持ってこい! 一番良いやつだ!


(……さすがに、ちょっとばかり彼のことが哀れに思えてきた。

 とはいえ、自業自得というか、一応この「哀れさを誘う行動」が彼の得意とする戦術である可能性もあるので、慈悲の心には休暇を与えておくことにする。

 たっぷり15分ほど気まずい時間が経過した後、お茶とお菓子が姿を現した。お菓子は控えめに言って粗末なものだったから、準備自体、まったくなされていなかったのだろう)


 ――お待たせした。この茶は……おい、今日の茶は何だ?


(給仕は淡々と「ヴージェ産の特級マスカットティーでございます」と答えると、私と主人のカップにサーブしていく。

 お茶がカップに注がれると、マスカットの爽やかな香りが立ち上がった。少し枯れ始めてはいるものの、この澄んだ高貴な香りは、特級ならではだ。さすが「一番良い茶」と言うだけのことはある。

 それからしばらく、お茶を飲みつつ、当たり障りのない世間話を交わした。

 彼の緊張は限界に達しつつあるようで、何か適当な理由を作って、一秒でも早くこのお茶会を終わらせたいと考えているのは、誰の目にも明らかだった。

 だから私は、あくまでドライなビジネスの体裁を使って、用件を伝えることにした)


「――閣下。本日参上した理由の半分はご招待の栄誉にあずかるためですが、残り半分は、私的な必要に駆られてという側面がございます。

 差し支えなければ、お願いを一つ、聞いて頂けますでしょうか? 決して閣下に損はさせないものと、僭越ながら考えております」


(彼は再び大いにキョドった末、カクカクと頷いた。

 ……だから、そこまで怯えられると、逆にやりにくいんですがね)


「ありがとうございます。

 実は私は、『ヴラナー閣下に内密のオファーをしたいのだが、そのオファーの、いわば、伝書使(クーリエ)になってほしい』という仕事を、とある方から引き受けております。

 オファーの内容に関しましては、私はまったく存じません。

 ですが、必ずや閣下の利益になるものである、と伺っております」


 ――伝書使(クーリエ)だと!?

 まさか、あなたは、伝書使(クーリエ)だったのか!?


「いえいえ、そんなまさか、恐れ多い。私は一介の記者に過ぎません。

 これはあくまで私の推測ですが、私の雇用主様は、あくまで非正規の連絡手段をもって、閣下にオファーしたいのだろうと思います。個人的な秘書として元伝書使(クーリエ)もお抱えになられている方ですが、元伝書使(クーリエ)にしてもまた、政治的に中立とは言えませんから」


 なるほど。つまりあなたは、たまたま偶然、そのオファーの書類とやらを手に入れ、それをたまたま偶然、私に手渡す――そういう話にしたいわけか。


「そのような構図になります。

 私は共和国政府関係の書類を偶然拾ってしまい、対処に困っておりました。

 なにしろどこに反革命分子がいるか、分からないご時世です。共和国警察の親切な警官だと信じて書類を託したら、たまたま工作員が警官に偽装していた。そんな可能性だって、あり得ます。

 ですが――」


 あなたは偶然、私のお茶会に招待されたので、その機会を利用して件の書類を私に託す、のだな?


「はい。お受け取り、頂けますでしょうか?」


(私はバッグの中に仕舞っていた通信筒を取り出す。

 これ自体は、伝書使(クーリエ)も使っていたものらしい。受け取ったときは何と大げさなと思ったが、ご依頼主が「中将閣下のような人間を信頼させるには、形から入るのが一番面倒がない」と主張するので、仕方ない。

 中将閣下は、最後の一瞬、わずかな躊躇を見せたものの、意を決したように通信筒を受け取った)


 この場で拝見したほうが良いだろうから、中を改めさせて頂こう。


(そう言うと、彼は通信筒を開き、中に収まっていた手紙を熟読し始めた。

 最初、緊張と不信感に染まっていた彼の顔は、手紙を読み終える頃には、喜色満面と言うべき表情に変わっていた)


 ――なんと……こんなことが――。

 いや、いや、いや! これは、なんということか!


(彼はいきなり私の手を取ると、キスの雨を降らせた)


 あなたには、感謝するほかない!

 先ほどの無礼千万のほど、平にご容赦頂きたい! いや、言葉では足りんな。必ずや、この礼は――


(再び、彼の言葉を遮る。

 これは、そういうビジネスではない)


「何やら詳細は存じ上げませんが、ともあれ、おめでとうございますと、申し上げます。

 随分と良いご提案だったようですね」


(私は軽く話題を誘導する。

 頼むから、ここであっさり誘導に乗るような人間ではないと――)


 素晴らしいご提案を、オンドルフ参謀本部長閣下から拝領した!

 私にも、ついに陽の目が向いてきたぞ!

 ようやく、我々革命軍が得るべき栄誉が、私の元にも回ってきたのだ!


(――思いたかったが、期待はずれだったようだ。

 いや、確かにその書面には、守秘義務は特に明示されていないと聞いている。

 だから、この件においてはただの無認可郵便配達人である私がその内容を聞いてしまっても、私が公的に処罰される可能性はない。が……その――そういう問題ではないような、気が……)


 革命戦争の勝者は、本来、我々革命軍だった。そうではないかね? それだからこそ、臣民はいまや市民となり、人間としてのまったき権利を手にしたのだ!

 革命継承戦争においても、革命軍は誰にも恥じることなき戦いをした。だからこそ、市民は手にした権利を諸外国の貴族どもに再び奪われることなく、今日の自由を得たのではないか!


 にも関わらず、我々革命軍は、共和国市民軍において、冷や飯食いとなった。

 革命継承戦争において、横からしゃしゃり出てきた貴族どもは、本来我々が得るはずだった戦功を、片端から横取りして行ったのだ。

 その結果が、これだ! 我々は肩書きこそ仰々しいが、まるで内実のない立場に追い込まれてしまった!


(喋りながら、彼は興奮しはじめた。

 積もり積もった鬱憤が、参謀本部長からの利権のお零れに預かれるという喜びと入り混じって、噴火しようとしていたのだ)


 革命軍の同志(彼は「同志」に、強いアクセントを置いた)も、いざカネを目の前にしてみれば、卑劣な連中ばかりだ!


 コレツキー中将など、その極みのような人間だ。あの男は、よりによって、バルマーなんぞと義兄弟になりおった! バルマーは、革命戦争中、コレツキーの部下を何人も殺しているんだぞ! 何が「一介の武人として、怒りよりも、敬意が勝る」だ! 貴様は武人である前に、革命家ではなかったのか!


 ミコラーシュ大将も、どうにかしておられる! 元帝国軍の連中など、なんとでも理由をつけて、全員粛清してしまえば良いのだ! そうすれば、我々革命軍の同志たちが、本来得るべき地位を得る! 事実、旧帝国海軍の上級指揮官どもを、民間人虐殺の罪でまとめて処刑しているのだから、やってできないはずがないのに、だ!


 ショーシュ少将も、あれもあれで、頭がおかしい。革命軍が帝国軍と正面対決して、最初に勝利を収めたリーニェの会戦で、神がかった指揮をみせたのは、あの男だ! そこから後も連戦連勝、革命軍に勝利をもたらし続けた! ならばもっと、地位や名誉を求めるべきだろう! あいつがモッサリしたまま何も言わないせいで、いったい何人がチンケな恩賞で我慢することになったか、奴は何も分かっていない!


(私は彼をなだめるために、心にもない世辞を言うことにした。

 というか、そろそろ少しクールダウンしてもらわないと、泡でも吹いてバッタリ倒れられかねない。ヴラナー中将は若手とはいえ、それでも、もう少しで50歳なのだから)


「――ですが、見る人は、ちゃんと見ていらっしゃる。

 現に閣下は、閣下が得るべき栄誉を得られたわけでしょう?」


(怒りと喜びでよく分からなくなりつつあった彼は、私の世辞で一気に気分が良くなったようで、再びニヤリと笑った――微笑んだと言うには、ちょっと無理がある感じの笑みだ)


 まったくだ。参謀本部長は何をやっているのかと思っていたが、やはり、あの方は正義がどこにあるか、しっかり理解しておられる!


 ありがたい……これでやっと、故郷の母親を首都に呼んでやれる。母は長らく持病に苦しんでいたから、首都の良い医者に診せてやりたかったのだ。ああ、そういえば妹の三男がようやく嫁を取るんだったな。彼らに祝い金を弾んでやることもできる。あそこの家は次男が戦死しているから、そのぶんもあわせて盛大に祝ってやらねば。

 もちろん、妻も大いに機嫌を直すだろう。茶会に呼ばれたけれど恥をかくばかりだったと目を三角にして怒り狂うことも、減るに違いない。


(彼は深くため息をつくと、何度か頷いた。

 その目尻には、かすかに涙が浮かんでいた)


 ああ……そうだ――ようやく私は……報われたのだな。

 あの長く苦しい戦争を戦い抜いた、その褒美が――ようやく、形になったのだ。


 本当に、ありがとう。あなたは使いに過ぎないかもしれないが、我が家に最高の知らせをもたらしてくれた。

 あなたは私にとって、最高の伝書使(クーリエ)となってくれたよ。


(それからもしばらく、愚痴と歓喜と謝意を足して足しっぱなしにした演説は続いた。

 やがて彼の奥方が姿を現し、あまりに長い茶会に不審と不快の意を示したが、参謀本部長からの手紙を見ると、飛び上がらんばかりに喜んだ。

 結果、私はその後、豪華な夕食をご馳走になった挙句、最高の客間で一泊し、これまた豪華な朝食を頂いてから、帰ることになった。


 ――とりあえず、本件に関するこれまでの取材の中で、この取材が最も疲弊する取材となったことは、記録しておきたい)


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