デニス・ミコラーシュ
レインラント共和国市民軍大将
今日はよく来てくれた。立場上、この手のパーティを開かないわけにはいかないが、賑やかな場は苦手でね。取材の応答にかこつけて、30分でも席を外せるなら、大変にありがたい。
もちろん、質問には真面目に答えるとも。何しろ君は、かの参謀本部長からも、バルマー中将からも、丁寧に対応したほうが良いと忠告されるような、要注意人物だ!
いや、冗談だ。彼らからそういう連絡は受けているが、だからといって君を特別に警戒しているわけではないよ。
より正確に言えば、私が警戒する理由がない。君が間違った一歩を踏んだなら、我らが参謀本部長なり、バルマー君なり、さもなくばオチェナーシェク老が飛んできて、君の首根っこを――高確率で物理的に――抑えこむだろう。
つまるところ、この取材を恐れるべきは私ではなく、君だ。だから私は安心して、君の知りたいことを話すとしよう。
(彼は満面の笑みを浮かべていたが、その目は真剣そのものだった。苛烈な戦場を渡り歩いてきた人間として、「どこまでが安全か」を、今なお正確に推し量ろうとしている。そんな印象を受けた。
私は軽く息を吐くと、聞くべきことを聞く)
伝書使か――なるほど、難しい問題だな。
この時期に、伝書使のことを聞きたがるとなると、さては例の隠し財産関係か――と言いたいところだが、そうでもないようだね。
伝書使について私が(彼はここで、「私が」に軽くアクセントを乗せた)語るには、共和国軍の現状についての、簡単なおさらいから始める必要があるな。
言うまでもなく、共和国市民軍の精神的母体は、革命軍にある。
私自身、かつては革命軍を率いた身だ。高級将官も、多くはかつての同志たちだ。
だが軍の実態として言うならば、共和国市民軍は、旧帝国軍の「看板を付け替えた」状態にある。
バルマー君や、クレーメンス最高顧問が示すように、共和国市民軍の軍事的実務を動かしているのは、旧帝国軍指導層なのだ。
私としては、現状は大変に望ましからぬ状態にあると感じている。
旧帝国軍指導層が、共和国市民軍を牛耳っていることが問題なのではない。共和国市民軍内部が二派に分裂していることを暗黙のうちに誰もが認めている、その現状が、非常に望ましくない。
共和国市民軍は、レインラント共和国における、たった一つの軍隊だ。
旧帝国派も、旧革命軍派も、関係ない。
はっきり言えば、レインラント帝国軍がもう存在しないように、革命軍もまた、存在しないのだ。
我々は共和国市民軍であり、過去我々が何であったかではなく、これからいかにあるべきかを求めて、戦う軍隊でなくてはならない――そう思わないかね?
そんなものは理想論だと、言うかもしれない。そうかもしれないね。
私だって、現実を無視するつもりはないよ。現場で戦う兵士の心情もね。
共和国市民軍の各師団は、それぞれの中核となる軍団が、革命戦争期において用いていた軍団旗を継承している。「あの旗の下で、戦友たちと命を賭けて戦ったのだ」「父も祖父も、あの旗の下で戦ったのだ」という誇りを、おいそれと捨てることなどできないし、捨てさせることもできないさ。
だが、仮にも大将の位を授かっている人間が、共和国市民軍の本来あるべき姿を指し示さず、派閥抗争にうつつを抜かしているようでは、責務をまっとうしているとは言えんだろう。
ま、この戦線に関して言えば、戦線は危機的状況にあり、至急援軍を乞う、という状況ではあるのだがね。まったく、バルマー君のような人材がもっと上に来てくれれば、もう少し仕事がやりやすくなるはずなんだが……。
(彼は立派な顎鬚をさすりながら、しばし視線を宙に彷徨わせた。
時間に限りがあるので、失礼を承知で、私は軽く咳払いをする)
失礼、話が逸れた。本題は、伝書使について、だ。
説明したように、共和国市民軍の現状は、良く言って派閥抗争状況にある。
だがこの2つの派閥には、共通の敵がいる。それも、複数。
最初の敵が、旧内務省だ。これについては、詳しい説明は不要だね?
旧帝国軍は、旧内務省とは犬猿の仲だった。
旧革命軍においても、旧内務省は「邪悪の巣窟」と考えられていた――し、その見解は誤っていないだろう。
旧革命軍の目から見て、旧帝国軍は市民を抑圧する敵ではあったが、敵ながらも天晴と言う他ない、正々堂々としたライバルだった。
だが旧内務省は違う。
彼らは革命軍のことを、人間と見なしていなかった。旧内務省の策謀に嵌められて、悲惨な最期を迎えた同志は、数知れない。私の旧友にも、口にできないような殺され方をした者が、何人もいるよ。
だから、革命軍と帝国軍が外国勢力に対して共同して戦うことを決めた「ドーラの和約」において、内務省の将来的な解体が盛り込まれたのは、当然のことだった。
あの場で発言力を持っていたのは、革命軍と帝国軍、それから内務省だ。この勢力関係で、内務省解体の要求が通るのは、自然な流れだ。
が、ここにも本当は、複雑な内情があって……いや、それはまた、もっと詳しい人に聞き給え。政治は、私の本領ではないのでね。
実のところ、我々は――バルマー君曰く、帝国軍すら――内務省解体が実現するとは、思っていなかったよ。
なんだかんだ理由をつけ、名前を変えて、内務省は存続するだろうと。
ところが戦後、我らが参謀本部長は、見事に内務省を解体してみせた。
内務省の奥のそのまた奥に棲みついていたオチェナーシェク老と、我らが参謀本部長との間でどんな戦いがあったのか、想像したくもないが、ともあれなんらかの合意は成った、というわけだ。
だがここで、我ら共和国市民軍に、新たな政敵が出現する。
それが、あろうことか、参謀本部長その人――正確に言えば、彼が大臣を兼任することになった、共和国警察だ。
彼が推し進める警察改革は、国内の治安維持に関わる権力と実行力を、軍から警察に移譲させるというプログラムだ。
これはまあ――そうだな、私の立場上、表立って賛成できるプランではない。
だが参謀本部長の見解にも、理はある。
今後の国際情勢を鑑みるに、共和国市民軍にはこれからも、困難な戦争が待ち構えていると思って間違いない。
はっきり言えば、反革命分子と追いかけっこをしたり、君らの親戚のような新聞屋を夜討ち朝駆けで急襲したり、魔女狩りじみた思想管理に加担する余裕は、我が軍のどこをひっくり返しても、あるはずがないんだ。
しかし組織というものは、これまで持っていた権力を奪われるのことを、極端に嫌う。
いや、「権力」と言うべきではないな。
参謀本部長殿の警察改革によって、私は12人の旧友に新しい仕事を探してやらねばならなくなり、うち1人は自分が共和国に必要とされなくなったことを嘆いて自殺した。
私だけでコレなのだから、軍全体でどれくらいの人間が露頭に迷ったのか。
権力を奪われるとは、そういうことなのだよ。
もう気がついていると思うが、伝書使は、まさにこの、内務省解体と警察改革の、ど真ん中に関わってくる組織だ。
(彼はふと、言葉を止めると、探るような目で私を見た。
ここから先を聞けば、もう引き返せない。そんな視線。
私は躊躇わず、頷いた。
彼は呆れたように、苦笑した)
――バルマー君が認めるだけのことは、ある、か。
時間も少なくなってきたから、ここから先は手短かに行こう。
伝書使は、旧内務省と旧帝国軍による奇跡の妥協が作り上げた、超人的組織だ。彼らをどこが取り込むのかは、戦後政局における、大きな焦点の一つですらあったのだよ。
だが伝書使を抱き込もうとした組織は皆、ある重大な事実に行き当たった。
1つは、自分たちだけでは伝書使という組織を維持することは、できないということ。
伝書使は、軍と内務省、その双方からエキスパートが派遣されて、作られてきた。どちらかだけで、従来通りの質を維持し続けることは、できない。
もう1つは、彼らの忠誠が、先帝陛下にのみ捧げられていたということだ。
上手くすれば、新兵の訓練は、伝書使内部で行うことも可能だろう。だが彼らは先帝陛下以外には、決してなびこうとしなかった。
だから先帝陛下が政治闘争における局外中立を宣言した段階で、彼らの行き場はなくなっていたのだ。
伝書使のような組織を、先帝陛下の個人的なポケットマネーで維持することなど不可能だ。たとえ可能だとしても、そんなことは誰も許すはずがない。
結局、誰が最初に言い出したことかは分からないが、伝書使を解体するという提案が具体化したとき、それに反対する者もいなかった。
誰にも懐かない、老い先短い猟犬に、自分の軒下を貸してやろうなんて者は、いなかったのだよ。
しかしここにおいて、局面はもう一段階、生臭い方向に進むことになる。
なるほど、組織としての伝書使を飼うことは、できない。
だが伝書使個人であれば、どうだ?
かくして、様々な政治勢力が、元伝書使に秘密裏に面会しては、自分たちの支配下に置いていく――そんな競争が始まった。
やり方は至極簡単、先帝陛下に大枚をはたいて、特定個人宛ての「委任状」を拝領するのさ。その委任状を見せれば、名指しされた元伝書使は、それが当然なことであるかのように、委任状の持ち主に従う。
かくいう私自身、私的な護衛として、元伝書使を一人、近くに置いている。大したものだろう? 彼は今も私の近くにいるが、君はまるでそのことに気づいていない。
(私は思わず周囲を見回したが、それらしき人影は見当たらなかった)
この、元伝書使争奪戦において一歩抜きん出たのが、旧内務省解体の立役者である、参謀本部長殿だ。彼は手に入れた伝書使を、次々に彼の警察(「彼の」にとても強いアクセント)の実働部隊や、諜報部隊に置いていった。
かつての伝書使の名残を、最も強く留めている組織――それが、レインラント共和国警察なのだよ。
だから、市井で姦しい「先帝陛下の隠し財産」なんて話、それ自体は、実にくだらない話なのだ。
なにせかの噂は、隠し財産などよりもっと価値のある、レインラントの至宝とも言える「宝」の存在を、示している――つまり、隠し財産を託されたという、女伝書使その人の、行方だよ。
革命継承戦争が正式に停戦を迎えたとき、彼女は19歳だったという。あれから20年経ったが、まだ彼女は現役で働ける年齢だし、多くの元伝書使が今そうしているように、教官としての可能性もある。
そして何より、その抑止力の絶大さを想像すると、政争に興味のない私ですら、寒気がするね。
(私は、それが何を意味するかを完璧に理解しつつ、思わず「抑止力とは?」と聞き返していた。
彼もまた、私が理解していることを前提として、その間の抜けた問いに、答えを返した)
クレーメンス顧問から、話は聞いているだろう?
革命戦争において、ウルム要塞は、帝国軍の最精鋭が死守し、そこをオンドルフ殿が率いる革命軍主力が厳重に包囲していた。その大要塞に、彼女は難なく侵入し、使命を果たし、そして、去っていった。
つまり彼女は、元革命軍だろうが、元帝国軍だろうが――そしておそらくは元内務省だろうが――誰がどのように守っている場所であろうと、行けと言われたところに行き、そこで成果をあげ、帰ってくる。
そんな切り札を持っている相手と、誰が好き好んで政争などしたがるかね?
食事の好き嫌いから愛人の趣味、ペットの体調に至るまで、こちらの個人情報を完璧に把握できる相手と、誰が表立って戦いたがる?
革命戦争においても、革命継承戦争においても、かの女伝書使が戦局そのものを変え得たかと聞かれれば、答えはノーだ。その功績は大きかったが、人間一人にできることなど、限られている。
だが、この平和の時代において、彼女は政争の行方を決し得る。
君のような人間を泳がせてまで、皆が必死でその行方を探すのも、当然だろう?




