閑話:警察本部からの帰り道
(オンドルフ閣下から奇跡の勝利をもぎとった私は、警察本部の外に出るや否や、エルシュペー伯に抱き上げられた。いわゆるお姫様抱っこだ。
当惑する私をよそに、伯は私を片手で抱えたまま、身軽に馬に乗る。
野次馬からの歓声と口笛に対してにこやかに手を振りながら、伯と黒騎兵隊はゆるゆると広場を離れていった)
よくやった。「勝て」とは言ったが、オンドルフ相手に舌戦で勝つとはな。
で、お前は何を勝ち取ったんだ? また、秘密か?
(勝利に意気が上がっていた私は、上機嫌で返事をする)
「ヴージェ行きの旅券を手に入れました。
あとはもう、最後の詰めだけです」
(私の勝利宣言を聞いた伯爵は、ポカンとした顔になる。
それから怪訝そうな表情で、私の顔を覗き込んだ。
うわ、近い! 伯爵、顔が近いです!)
お前は、馬鹿か?
……いや、どうやら本当に馬鹿のようだな。
信じられん。そんなもののために、内戦寸前まで危機を高めるとは。
オンドルフも、内心で舌を出していたことだろう。
海老で鯛を釣るとは、このことだ、とな。
なのにお前は、勝った勝ったと息巻きおって。
オンドルフの狸め――負けたふりも上手い、か。
(思わず、眉間にしわが寄る。
そこまで全否定されるほど、私の手にミスがあっただろうか?)
本当に、分かっていないようだな。
いいか。
お前が必要とするのがヴージェ行きの旅券であるなら、俺と結婚すればいい。
それだけだった。交渉も、脅迫も、情報収集も、まるで不要だ。
「――へ?」
(間抜けな声を出してしまった。
まるで話がつながらない)
伯爵夫人を伴った新婚旅行で、ヴージェ皇国に向かう。
必要なら、1ヶ月でも2ヶ月でも滞在するさ。
あっちにも、知人は多いからな。外務省としては、俺に任せたい仕事もあるだろう。
俺が挨拶回りをしている間、お前は何でも好きにすればいい。
だろう?
「で、ですが、私にはヴージェの密偵という嫌疑が。
それが晴れないのに、皇国に新婚旅行だなんて」
(伯爵は、さらに呆れたと言わんばかりの顔)
馬鹿者。
伯爵家の私的な旅行に、文句などつけさせん。
万が一、そんなイチャモンをつけてくる輩がいるならば、話は簡単だ。
「俺が24時間、監視する」。それだけのことだ。
それで黙らない相手など、いるものか。
伯爵家の権力を舐めるのも、いい加減にしろ。
「お、おおぅ……」
(またしても間抜け声。
そうか。そんな手が……私の努力は――あの覚悟はいったい……)
で、どうやらお前は、俺と結婚することが前提の話に、特に抵抗はないようだな。
それはまた、俺にしてみると大変に喜ばしい。
「……!!」
(思わず、伯爵の顔から目を背けた。
今の私は、リンゴよりも真っ赤になっているに違いない。
周囲の伯爵の部下たちも、大笑いしている)
覚えておけ、新兵。
これが騎兵の戦い方だ。
奇襲からの、電撃戦。わかったか。
(ぐうの音も出ないくらいにヘコまされた私は、無駄と知りつつ、伯爵の腕の中でそっぽを向いた)
見たところ、お前がゴールにたどり着くまで、もう少し時間が必要なようだな。
やれやれ、もうちょっと要領よく立ち回れただろうに……。
(あまりにも正しい指摘に、顔を伏せたまま、思わずうなだれる)
だがお前は、ゴールに続く扉をこじ開けた。
それは、誇っていい。
さあ。もう俯くのは終わりだ。前を向け。
我らが隊舎に、凱旋するぞ!
(――そうだ。過ぎたことは、過ぎたこと。
私は、次に進まねばならない。
そしてそのために、今日のささやかな勝利を誇ることに、何の後ろめたさを抱く必要があるだろう。
が、そう決意して顔をあげた途端、伯爵に唇を奪われた。
触れる程度の、軽いキス。
それだけで、顔がまた真っ赤になる)
学習しない奴だな。
ここまで簡単に待ち伏せ地点に誘導される馬鹿がいるか。
お前はまだまだ、学ぶべきことが多すぎる。
(伯爵とその部下たちの笑い声に包まれながら、私は赤面したまま、でもしっかりと前を向いて、隊舎への道を進んだ)




