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法医学 宮内暦の事件簿  作者: 泉水遊馬
CASE4  煉獄のカルテ

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第五話:灰の終幕

東の空が完全に白む頃、本庁の管理官は無言で西条署の廊下を去っていった。

宮内暦が突きつけた「国際学会へのデータ告発」という脅しは、警察官僚たちが最も嫌う『組織の面子めんつの完全な破滅』を意味していた。

結果として、本庁は事件の隠蔽を断念せざるを得なくなった。

臨海部の地下工場は「国際的労働搾取および監禁致死事件」として正式に報道され、あの炭化骨もまた、名もなき行き倒れではなく「事件の被害者」として国の記録に厳格に刻まれることとなった。

生者の都合で塗り潰されかけた真実は、皮肉にも、1000度の炎で焼かれた骨塩の結晶によって守られたのだ。

午後二時。

激務を終えた槇原玲二は、重い足取りでT大学医学部の法医学教室へと戻ってきた。

トレンチコートには、あの地下工場のカビ臭さと、夜通しの捜査による泥の臭いが染み付いている。

「おい、ボーン・オタク」

槇原が部屋のドアを開けると、そこには相変わらずのだらしなさで、白衣の袖を余らせた宮内暦が椅子に深く沈み込んでいた。

彼の漆黒のクマはさらに色濃くなり、無造作な黒髪は完全に巣のようになっている。

卓上には、分析を終えたあの炭化骨が、厳重に保管ケースに収められて置かれていた。

「終わりましたか、槇原さん」

暦は視線すら上げずに、気怠そうに声を絞り出した。

「ああ、上が全面降伏だ。

被害者の引き取り手を探すために、外務省を通じて東欧の領事館に照会が始まった。

ハイドロキシアパタイトのデータが正確すぎて、向こうの政府も動かざるを得ないらしい」

槇原はそう言うと、白衣の男の前に、新しく買ってきたイチゴ味の飴玉の袋を放り出した。

「あんたの頑固さのおかげで、あの男はただの灰にならずに済んだ。

刑事として、一応礼を言っておく」

暦はその飴玉の袋を一瞥いちべつしただけで、興味なさそうに視線を外した。

「礼を言われる筋合いはありません。

私はただ、骨が提示した数理的なスタッツを、そのまま社会の言語に翻訳しただけです。

彼がどこの国の誰であろうと、骨塩の配列が示した事実が変わることはない」

暦はそう言うと、机の引き出しを乱暴に開け、中を漁り始めた。

しかし、彼の目当てのものは見つからないらしく、漆黒の眉が不機嫌そうに歪んでいく。

「……ない」

「何がねえんだ」

「カロリーメイトのチョコレート味です。

昨夜の分析で、私の脳の全エネルギーと、ストックのすべてを消費してしまった」

暦の細い指先が、空になった銀色の包装紙を忌々しそうに丸める。

生きている人間の涙や情熱には一滴の価値も認めない男が、己の肉体を維持するための人工的な栄養素の枯渇には、明らかな絶望を示していた。

「骨の尊厳を守るために、私の血糖値が危機に瀕している。

これは重大な計算ミスだ」

「そいつは災難だったな」

槇原は奥歯でイチゴ飴をガリリと噛み砕き、その冷徹な相棒の姿に、微かに口元を緩めた。

生者を信じないという虚無を共有しながら、死者の遺した物質的な証拠だけを鉄のルールとして連帯する。

この歪で冷たいバディ関係は、どうやらまだしばらく続きそうだった。

暦は大きくため息をつくと、白衣のポケットに手を突っ込み、保管ケースの中の骨を見つめた。

炎に焼かれ、すべてを剥ぎ取られた骨は、今や静かにその役目を終え、ただの無機質な物質として眠っている。

「人間の脳や舌は、生きるために都合の良い嘘をく。

しかし、重力と元素の記憶だけは、決してこの世界を裏切らない」

暦の呟きは、誰に宛てたものでもなく、法医学教室の冷たい空気に溶けていった。

一つの事件が終わり、また新しい死がこの部屋に運び込まれてくるまでの、束の間の静寂。

窓の外では、東京の街が何事もなかったかのように、数百万の生者の嘘と欲望を乗せて動き続けていた。


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