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月と兎  作者: ハイパー
3/3

2話

よろしくお願いします。

委員長が指差した先。

金髪ギャルが教室の前をせき止めるかのように、仁王立ちしていた。


「え、なになに月乃。ギャルと一悶着合った系?」

「いやー......心当たりない」

「心配なら、おっちゃん着いてったろか?」

「ううん、大丈夫」


こういうとき、菜々子は茶化してはいるがすごく心強い存在だ。

でも、私のプライベートな(というか身に覚えのない)トラブルに、

奈々子を巻き込むわけにはいかない。

私は意を決して席を立ち、金髪ギャルの元へと足を向ける。

近づくにつれて、遠目では分からなかった金髪ギャルのディテールが鮮明になっていく。

金髪ギャルと一括りにするのが申し訳ないくらいに顔立ちが整っている。

手入れの行き届いた肌は驚くほど綺麗で、自分へのメンテナンスを一切怠っていないことが一目で分かった。

そして何より吸い込まれそうなほど澄んだ茶色い瞳に、私は思わず目を奪われてしまう。


「えーっと、私の事呼んでたみたいだけど...」


緊張で少し上ずった声で話しかけると、彼女は私をじっと見つめてきた。


「あー、ごめんごめん。きみ出席番号12番?」

「えぇ、まあ。はい」

「名前は?」

「立花雪乃です」

「...やっぱり立花さんだ」


金髪ギャルは、何かを確かめるようにボソボソと呟いた。声が小さくてよく聞き取れない。

一瞬、張り詰めたような沈黙が流れる。

そしてそれを破ったのも、彼女だった。


「森咲うさぎ」

「え?」

「私の名前」

「あ、はい。森咲さんですね、えーっと、はい」


よろしく、とでも続くのかと思いきや、森咲さんはなぜかひどく残念そうに深いため息を吐いた。


「...まあ、いいや。じゃ、またね月乃」

「あっ、はい。また」


呆然とする私を置いて、森咲さんはひらひらと手を振って歩き出す。

そのとき初めて気がついたが、教室の扉の死角には彼女と同系統の派手なギャルが他にも3人ほど待機していた。


(なるほど、委員長がソワソワしてたのってこれが原因か…)


妙な納得感を覚えながら、私はギャル軍団が廊下の向こうへと消えていくのを見送った。

自席に戻った瞬間、緊張の糸が切れてドッと重い疲れがのしかかってくる。

私は盛大なため息を吐きながら、机にぐったりと突っ伏した。

「大丈夫だったー?」と菜々子と吉田さん、そして委員長は心配そうに私の顔を覗き込んできた。


「うん、大丈夫。お互いに自己紹介だけして終わった」

「なぜに?」

「知らないよー、でも最後『またね月乃』って。また来るのかなー」


その言葉を聞いた瞬間、奈々子がガタッと椅子を鳴らして立ち上がった。


「えー!この短時間で下の名前を呼び合う仲に進展したってどー言うこと!?あーし、月乃って呼べるまでに何年掛かったと思ってるのー!」

「いや、呼び合ってはない。ってか、あんたも初日から私の事月乃って呼ぶようになったじゃん」

「あれれー?そだっけー?はるか昔の事すぎて忘れちゃったーテヘペロ」


奈々子の全力のトボけ顔にそれまでハラハラしていた櫻ちゃんと委員長も、安心したように「フフッ」と声を立てて笑ってくれた。

ただ、実際のところ奈々子の言う通りいきなり下の名前で呼ばれたことには私も驚いた。

今時の女子高生って、みんなあんな感じで秒で距離を詰めて名前を呼び合うものなのだろうか。

ギャルとは生きる世界が違いすぎて、早くもジェネレーションギャップを感じてしまう。


「よーし、授業始めるぞー」と現代文の担当教諭が教室に入ってきた。

奈々子と委員長が「じゃあねー」とそれぞれの自席に戻っていく。

号令がかかり、全員が席に着き私が櫻ちゃんの机に視線を戻すと、彼女は教科書で顔を隠すようにしながらヒソヒソと話しかけてきた。


「ねえねえ、私も立花さんのこと…」

「ん?」

「し、下の名前で呼んでもいいかな?」

「うん、いいよ。私も櫻ちゃんって呼ぼうかな」

「…ありがとう、よろしくね月乃ちゃん」


森咲さんの一件が怪我の功名になったのか、私と櫻ちゃんの距離は一気に縮まった気がする。

櫻ちゃんは嬉しそうに頬を染めると、さらに上目遣いで言葉を続けた。


「お…岡村さんはさ、私が下の名前で呼んだら…その...怒るかな?」

「大丈夫だよ、あいつそーいうところ結構社交的だし。むしろ喜ぶんじゃないかな」

「…ほんと?良かった、なら後で聞いてみるね」


そう言って櫻ちゃんは胸のあたりで小さくガッツポーズをした。

それから、緊張をほぐすように自分の胸元を両手で優しくポンポンと叩いて喝を入れている。

その仕草がいちいち小動物みたいで可愛い。


***


外の雨は午前の授業が終わっても止む気配を見せないまま、昼休憩を迎えた。


「月乃ー、購買行こうぜ~」


昼ごはんは奈々子と購買で済ませるのが日課であり、今日も例外ではない。

「オッケー、準備するからちょい待って」と財布を取り出そうとした私は、隣の席で櫻ちゃんが顔を赤くしてモジモジしていることに気がついた。

名前の事かな?そう察した私は少し助け舟を出すことにした。


「櫻ちゃんも行く?」

「いや、私はいいかな…。お弁当あるし」


櫻ちゃんは机の上のお弁当を指さし、どこか遠慮がちな表情を浮かべた。

すると、目ざとい奈々子がすかさず食いついてくる。


「おやおや?月乃が『櫻ちゃん』とな…?ねね二人とも、いつの間に距離感縮んだん?」

「いや、さっきお互い下の名前で呼び合おうって話しててそーなった」

「ずーるーい!!!!ねえ!櫻っち、あーしの事も下の名前で呼んでよ!!!」

「―っ!??」


櫻ちゃんは意表を突かれたように激しく動揺した。

生まれたての小鹿のようにブルブルと震えながらも、ぎゅっと拳を握りしめて振り絞るように声を出す。


「な、奈々子ちゃん…」

「よろしい!!!とりあえず腹ペコ限界ギリギリだから早く購買いこー」


「切り替えはやー」と奈々子に適当な返事をしながら、私は櫻ちゃんにパチンとウィンクを送った。

櫻ちゃんは私にしか聞こえないような小さな声で、「ありがとう」と呟いて微笑んだ。


購買への道のりは、校舎を繋ぐ渡り廊下を通っていく。

雨脚はさらに強くなっていて、吹き込むしぶきに濡れないように足早に歩く。

そこで、傘を持ってきていなかった奈々子が、


「今日帰り詰んだかも」とボソリと呟いた。

それと同時に、私に向けて謎の懇願まがいの熱視線を送ってくる。

(帰りに傘入れてって言いたいだろうなー)

目線で察したけれど、ここはとりあえず気づかないフリをして無視を決め込む。

購買に着くまで奈々子のおねだりビームは執拗に続いたが、私は鉄の意志でスルーを貫いた。

いい加減ちょっと面倒くさくなってきたので、私は適当なデマを流してみた。


「あ、奈々子。カレーパン、ラス1っぽいよ」

「えっ、まじ!?ちょいカレーパン買ってくるー!!!」


単純な生き物は、ぴゅーんと購買の人混みの中へと突っ込んでいった。

群衆にもみくちゃにされている姿がちょっと小さくて可愛い生き物感があって和んでしまったのは、私だけの秘密である。

結局、人混みをかき分けて戻ってきた奈々子は「カレーパン普通にあったよー?」と首を傾げていたけれど、私は「あー、じゃあ聞き間違いだったのかな」とすっとぼけた。

無事に昼食を確保した私たちは再び教室への廊下を歩く。


「っていうかさー。あーし月乃に大事な話があった気がするんよね…なんだっけ…」


間違いなく帰りの相合い傘のことだけど、私はあえて「さあ」と生返事を返した。

「ま、いいや。とりあえず、早く食おうぜー」と持ち前の切り替えの早さを発揮した奈々子が、勢いよく教室の扉を開ける。

その瞬間、私の思考はフリーズした。

私の席に、さっきの金髪ギャル…もとい、森咲さんがちょこんと座っていた。

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