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月と兎  作者: ハイパー
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1話

週に1回は投稿できる様に頑張ります。

彼女との出会いは、中学三年生の夏。

塾の夏期講習の日のことだった。

土砂降りの中、どうやって帰ろうかと塾の玄関で途方に暮れていた私に、


「はい、コレ使って」


と、不意に傘を差し出してきた。

「で、でも...」とモゴモゴしてる私を横目にその少女はすっと前を指差した。

指先を辿ると、ハザードランプを点滅させたタクシーが停まっている。

振り向くとそこに少女の姿は既に無く、滑り込むようにタクシーのリアシートへと消えていくところだった。


「か、傘っ!今度返すからーーー」


必死に叫んだものの、激しい雨音と鋭いエンジン音にかき消され、私の声が届いた様子はない。

それでも発車する間際、濡れたガラス窓の向こうの少女と一瞬だけ目が合った。

少女は私を見て、ふっと柔らかく微笑み小さく唇を動かす。


『またね』


そう言っている様な気がした。

呆然と見送った手に残された傘の柄には、一円玉サイズの月と兎のチャームが揺れている。


「明日、返さなきゃ」


夏期講習中だし、きっと明日も来るはず。


しかし、その日以来、塾に少女が姿を現すことはなかった。


***



入学式を終えて一週間が経った今日は、あいにくの雨模様。

私は、あの日の塾で少女に差し出された紺色の傘を今も大切に使っている。

月と兎のチャームが可愛いから、という単純な理由もあるけれど、

いつかあの子に再会したときに返したい、ちゃんとお礼がしたい。

そんな気持ちが大半を占めていた。

駅から出て学校の方角へ歩き出すと、ポツリポツリと雨が強まってくる。

私は反射的に傘を広げ、右肩に支柱を乗せた。

すると背後から、聞き覚えのある能天気な声が降ってきた。


「月乃〜、おはー」


傘の影から岡村奈々子が、ひょこっと顔を出す。

幼さの残る愛らしい顔立ちに、肩上の栗色ヘアをおでこで結んだポンパドール。

カーディガンの袖は長めのいわゆる萌え袖で、対照的にスカートは短い。

そこから伸びるニーハイが、彼女のこだわりである絶対領域を激しく主張している。


「あ、おはよー」


奈々子は中学1年からの友達でいつも私と仲良くしてくれる。

「月乃が心配だから」という理由で、同じ高校を受験した。

何が心配なのかよくわからないけど、一緒にいることは苦じゃないし

奈々子が合格したって聞いた時はなんだかんだ言って嬉しかった。

ちなみに、中学1年から今日に至るまでクラスも一緒だ。

腐れ縁的なやつなのかな。


「ちと失礼」


ズカズカと私の傘の中に入り込んできて、奈々子の体温を肩越しに感じる。

長い付き合いゆえに、私と奈々子の距離感も近くてお互いそれをなんとも思わないくらいになっている。


「いやいや、傘は?」

「んー食べた」

「満腹なった?」

「腹ペコ」

「朝ごはん食べてないんだね」


一つの傘の下、中身の無い会話は途切れることなく校門まで続いた。


「そーいえばさ、なんで私って分かったの?」


歩きながら訊ねると、奈々子は眉間にシワを寄せ人差し指を顎にあてた。

まるで名探偵さながらに「うーむ…」と唸り出す。


「尾行してたから」

「こわ」

「探偵ですので」


少し間を置いて、目の前の名探偵さんは得意気に推理の補足をし始めた。


「強いて言えばその傘の色かな。だいたいみんなビニ傘だし。ワンチャン月乃かなって」


「なるほどねー」と口では返しつつ、(似たような傘持ってる人、他にもたくさんいると思うけど)と内心思いつつツッコミを入れるのはやめておいた。

下足場につくと、雨でぐっしょり濡れたニーハイを躊躇なく脱ぎ捨て絶対領域を全解放した。

雫が滴るニーハイを器用に絞り、裸足のままスリッパを履いている。


「ちゃんと天気予報見ないからだよー」


「ほーい」と私の忠告を右から左へ聞き流し、奈々子は萌え袖のカーディガンをブンブンと振り回しながら、行進するように教室へと闊歩していく。

私は、クラスと出席番号が振られた傘立てにそっと紺色の傘を差し込み、

奈々子の後ろ姿を追いかけた。


腐れ縁とはいえ、席まではご近所という訳ではない。

「じゃねー」とそれぞれの席に別れ、自分の席に腰を落ち着かせた時には隣の吉田櫻よしださくらさんは既に1限目の準備をして着座していた。


「おはよー、ってあれ今日1限って、現代文だっけ?」

「立花さんおはよう、1限は現代文だったと思うよ~?」

「忘れたかも」


鞄の中をごそごそと漁ってみたものの、現代文の教科書らしきものは影も形もない。


「やっぱ無いや」

「まあ学校始まったばっかりで慣れないよね~。良かったら私と一緒に使う?」

「うん、ありがとう」


お言葉に甘えて机をくっつけ、私はタオルを取り出して雨に濡れた肩や髪を拭き始めた。


「雨すごかったもんね、私も濡れちゃった~」


アイドルのような愛らしい顔立ちをしている吉田さんは、中身は超がつくほどののほほん系。

一言で言うなら、奈々子とは正反対の生き物だ。

ちなみに、男子からの人気はトップクラスとのこと(名探偵奈々子調べ)

さらに湿り気を帯びた彼女のきれいなふわふわのロングヘアから、ふんわりとシャンプーの甘い匂いが漂ってくる。

こりゃ男子悩殺だろうな〜。


「奈々子が無理やり私の傘の中に入ってきてさ。片方だけこんな感じ」

「フフッ。立花さんと岡村さんって仲良いよね~、同じ中学とか?」

「うん、そんな感じ。仲良しかどーかは別問題だけどね」

「私は羨ましいなって思うよ~?立花さんと岡村さんの事」


吉田さんは県外からこの学校に入学してきたらしく、クラスに顔馴染みは一人もいないそうだ。

だからこそ、私と奈々子の遠慮のない距離感が羨ましく映ったのかもしれない。

私の発言、気に障っちゃったかな。


「…ごめんね、吉田さん」

「ち、ちょっと待って~。大丈夫だよ、気にしないで。私の方こそ気を使わせちゃってごめんね」

「やあやあ!ご両人、夫婦喧嘩かね?」


謝りかけた私の言葉は、背後から伸びてきた不届きな腕によって遮られた。

ぬっと私と吉田さんの肩の間に顎を乗せ、二人をまとめて抱き寄せるようにホールドしてくる。

相手が奈々子だと一瞬で察した私は完全に無反応を貫いたけれど、隣の吉田さんはそうはいかなかった。


「お、お、岡村さん!?」


一瞬で顔を茹でダコのように真っ赤に染め、借りてきた猫のようにアワワワと震え出した。

「せやでー」と屈託の無い笑顔で奈々子は吉田さんの肩を叩く。


「というか!櫻っち髪の毛いい匂い過ぎん?もうちと嗅がせろや~」

奈々子の口撃は吉田さんに会心の一撃を与えたようで、吉田さんはオーバーヒートしている。


「こら、辞めなって」

「いーじゃんいーじゃん減るもんじゃなしー...って、あれ?櫻っちー?もしもーし?」


それまでパニックになっていた吉田さんは急に硬直してピクリとも動かなくなった。

「死後硬直とな…」と、名探偵奈々子はさっそく吉田さんあの周りで事件現場の検証を始めている。


「あ、あの、立花さん…」

「ん?」

「出席番号って12番、だよね?」


声をかけてきたのは、クラス委員長の長谷部芳佳はせべよしかさん。

三つ編みにメガネ、着崩すことなくきれいに制服を着こなしたまさに「THE・クラス委員長」って感じの女の子だ。

そして長谷部さんはとにかく優しい。

誰にでも分け隔てなく接してくれるクラス委員長兼クラスのオアシスだ。

その長谷部さんだが、今はなぜか酷く不安そうな顔でこちらを見ている。


「立花さんの事を探してるって人がいるんだけど...いま大丈夫かな?」

「大丈夫だけどー、どの人?」


長谷部さんが恐る恐る指差した先。

教室の引き戸の向こう、廊下の様子を窺うように立っていたのは、


超絶派手な金髪ギャルだった。

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