第1話 「死んだらスキルがもらえるってマジですか?」
──その瞬間、俺は死んだ。
蛍光灯が、チカチカしていた。
視界の端で、白い光がやけにうるさい。
机の上には、未処理の書類の山。
タイムカードは昨日のまま、更新されていない。
(あー……これ、終わったな)
思考がやけに静かだった。焦りも、恐怖もない。ただ、納得だけがあった。
二十四連勤。仮眠すらまともに取っていない。
心臓が止まっても、不思議じゃない。
むしろ──
(よく、ここまで持ったな)
ふっと力が抜けた。
椅子にもたれかかる。
その瞬間。
視界が、ひっくり返った。
***
俺は、自分の身体を見ていた。
机に突っ伏したまま、ぴくりとも動かないそれを。
「……え?」
声を出したつもりだった。だが、空気は震えない。
手も、足も、ない。
ただ“意識”だけが、そこに浮いている。
「はーい、死にました。おつかれさまでーす!」
軽い声が、頭の中に響いた。
振り向く。
そこにいたのは──半透明の男だった。
スーツ姿。くたびれた営業帰りみたいな顔。
なのに、やけに楽しそうに笑っている。
「え、俺、死んだの?」
「Yep。心臓完全停止。ブラック企業二十四連勤目でフィニッシュでーす。いやー、頑張った頑張った」
「軽っ……」
思わず漏れたツッコミすら、どこか遠い。
ああ、そうか。
これが、“死”か。
妙に、納得してしまった。
怖くない。未練も、ほとんど浮かばない。
ただ一つだけ、引っかかったのは──
(……誰も、困らないな)
家族も、恋人もいない。
会社は、明日から別の誰かを使うだけだ。
俺がいなくなっても、世界は一ミリも変わらない。
「さてさて! じゃあ次いこっか。異世界転生コース、ご案内しまーす」
「……異世界?」
「そうそう。最近これが人気でさー。死んだ人にはだいたい配ってる。セカンドライフ応援キャンペーン的な?」
「キャンペーンって……」
死の扱いが、軽すぎる。
でも──嫌ではなかった。
どうせ終わった命だ。延長戦があるなら、それでいい。
「で、特典もあるよー。これこれ」
男が指を鳴らす。
目の前に、青いウィンドウが浮かんだ。
【転生者特典:使い捨てスキル《リサイクラー》】
▶ 死亡時、1回限りのスキルを1つ獲得します。
▶ 同じスキルは2度と得られません。
▶ スキルは死亡時に消去されます。
▶ 内容とレア度は完全ランダム。
「……これ、弱くない?」
「うん、最弱級☆」
「即答かよ」
「でもさ、死ぬたびに引き直しできるってことじゃん? ガチャ回し放題だよ?」
「いや、死ぬ前提なのやめろ」
「え、でも君もう一回死んでるし」
「今のノーカンだろ」
軽口を叩きながら、考える。
死ぬたびに、スキルが変わる。
つまり──
(……運ゲーか)
「運ゲーだね☆」
クソ仕様だ。
だが、男は少しだけ目を細めた。
「まあ、うまく使えば最強にもなるんじゃない? 君次第だけど」
「その“うまく”が一番難しいんだよ」
「じゃ、試してみればいいじゃん。実戦で」
ニヤリと笑う。
「エルフェリア大陸。いいとこだよー。死にやすいし」
「最後おかしいだろ」
「それじゃ、いってらっしゃーい」
指が鳴る。
世界が、暗転した。
***
目を開けると、森だった。
湿った土の匂い。
葉が擦れる音。
風が、肌を撫でる。
「……マジで来たのか」
体を起こす。軽い。妙に動きやすい。
腰にはナイフと小袋。服も、見慣れない装備だ。
(テンプレすぎるだろ……)
その時、視界にウィンドウが浮かぶ。
【現在のスキル:虫の知識(E)】
▶ 虫について少し詳しくなる。
▶ 毒性・習性・構造などを理解可能。
▶ 一部の魔虫の行動パターンを予測できる。
「……うん、ハズレだな」
肩をすくめる。
だが、完全に無意味かと言われれば──違う。
森の音が、変わって聞こえた。
羽音の高さで種類が分かる。
草の揺れ方で、小型生物の動きが見える。
(……気持ち悪いくらい分かるな)
便利ではある。
だが──
(これで戦えってのは、無理だろ)
その時。
──ギチ、ギチギチギチッ。
背後で、嫌な音がした。
振り向く。
いた。
巨大なアリ。
全長、二メートル。
黒光りする外殻。鎌のような顎。
(……兵隊蟻、いや、違う)
“知識”が、勝手に答えを出す。
(巣の守護個体……単独行動、高攻撃性。視界より振動感知優先)
地面を叩くような足音。
来る。
「っ──!」
横に飛ぶ。
直後、元いた場所を顎が抉った。
(速い……でも、予備動作は見える!)
前脚が沈む。
重心が前に傾く。
突進の合図。
分かる。分かるのに──
体が、追いつかない。
「くそっ!」
ナイフを振るう。
弾かれる。
硬い。まるで鉄だ。
(無理だこれ)
理解した瞬間、顎が肩に食い込んだ。
「ッっっ!!」
激痛。
視界が、白く弾ける。
だが──
(急所は……)
頭部の付け根。
外殻の薄い一点。
分かる。
分かるのに、届かない。
(身体能力が……足りない)
血が溢れる。
意識が削れていく。
それでも、頭だけは妙に冷静だった。
(このスキル……ハズレじゃない)
情報はある。
勝ち筋も、見えている。
ただ──
(俺が、弱い)
笑いそうになった。
結局、そういうことか。
スキルじゃない。使う側の問題だ。
でも。
(どうせ……ここで終わるなら)
思考が、切り替わる。
死ぬたびに、スキルが変わる。
なら。
(この一回、捨てる価値はある)
次は、もっとマシなスキルが来るかもしれない。
もしかしたら──
(“当たり”を引けるかもしれない)
その考えが、妙に甘く響いた。
怖さよりも、期待が勝つ。
それが少し、ぞっとした。
「……ガチャ、かよ」
乾いた笑い。
顎が、さらに深く食い込む。
視界が、暗く沈む。
最後に残ったのは、ひとつだけ。
──次は、勝てる手札を。
***
「はい、おつかれー。二回目の死亡でーす」
白い空間。
あの男が、手を振っている。
「……やっぱ戻るのかよ」
「戻るよー。ここ中継地点だし」
「クソゲーすぎるだろ……」
「ここからが本番なんだって。ほら、引くよー」
ウィンドウが開く。
【新スキル獲得:弱点察知(D)】
▶ 敵の急所を“光”として視認できる。
▶ 構造理解により攻撃効率が上昇。
「……お?」
さっきとは違う。
明確に、“戦える”匂いがする。
「いい顔してるねー。“当たり”引いた人の顔だよそれ」
「……次は、いけるかもな」
「でしょ? まあダメでもまた死ねばいいし」
「慣れさせようとすんな」
でも。
少しだけ、分かってしまった。
このシステムの“ヤバさ”が。
(もう一回死ねば、もっと上を引けるかも……)
その考えが、一瞬よぎる。
慌てて振り払う。
──危ない。
これは。
(ハマる)
***
再び、森。
同じ場所。
同じ敵。
だが──
「……見える」
アリの体に、光る点。
さっき知識で理解した“急所”が、今は視覚として浮かび上がっている。
心臓の鼓動が、静かに整う。
怖くない。
いや──
(違うな)
前とは違う。
“勝てるかもしれない”と思っている。
ナイフを握る。
一歩、踏み出す。
逃げる理由はない。
どうせ死ぬなら。
意味のある死か──意味のある勝ちを選ぶ。
「……誰にも惜しまれなかった命だ」
だったらせめて。
「自分で、使い切る」
ナイフを構える。
光る一点へ。
踏み込む。
──二度目は、終わらせない。
《To be continued》




