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イルカ  作者:
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10/11

10

 鳩村と練習するようになってから、生活リズムがちょっと変わった。家に帰ってから体幹や筋トレをして、宿題をし、夕食を食べて風呂に入ってすぐに眠るようになった。8時間ほど眠り、目覚めたら着替えて真っ暗な外に出て行く。ひとりで数時間泳いでいると、少し明るくなり始めたころに鳩村がやってくる。一緒に泳いだり、ときに休憩がてら雑談したりして、6時になる前には帰る。帰ったらゆっくりシャワーを浴びたり朝ごはんを食べたりして、学校に登校する。


 以前のように帰ったあとに眠ることが無くなったので遅刻することが無くなった。それから、睡眠が長くなったせいか、授業中に眠くなることも減った。

 校内では俺から鳩村に話しかけることは無いが、鳩村がたまに声をかけてくるようになり、そのせいか多少他のクラスメイトと話すことも増えた。

 担任の高橋先生から「お前最近明るくなったなー」と不思議がられ、「気のせいです」と答えたら、「なんか前より余裕があるんだよなー」と言われた。確かに、少し教室への居づらさは減ったかもしれない。

 2年になってクラス替えがあって、すぐにグループが出来はじめて、俺は今までひとり取り残されていた。とはいえ1年のときもそうだったし、なんなら他の水泳部員がいたりして、去年はもっと居心地が悪かった。

 去年に比べたら随分良くなった。というか、今が一番良い。それは間違いない。


 懸念としては、俺に対して嫌な目線を向けてくる人間がひとりいることだ。鳩村の友人の、木津という女。昨年、中学校に入学した当初、俺の隣の席に座っていた女。

「どうして笑わないの?」。ずっと忘れられない、明らかに人を見下した人間が出す表情と目線、声色。

 未だにこいつに対しては苦手意識がある。近くにいると身体が硬直して嫌な汗が出る。

 多分木津も俺のことをずっと嫌いなんだろう。それは俺でも分かる。

 一度、鳩村が俺に話しかけたあと、木津が「なんであいつと話してるの?」と鳩村に言っているのが聞こえた。鳩村は笑っていたが、その後少し女子の間の雰囲気が険悪になっていた。別に誰が誰と話していても自由だと思うが、そう思わない人間もこの世の中にはいる。



「ねえ、私ちょっと明日からお休みするね」


 テスト週間が始まった日、昼休みに鳩村に声をかけられた。

 そろそろ期末テストの時期なので、学校はテスト週間となった。鳩村は成績がかなり上位なので、やはり勉強には力を入れるらしい。


「うん」


 俺は鳩村の顔を見ずに短く答えた。会話はそれで終わった。


 テスト週間中は部活動が禁止されるので、放課後は多くの生徒がすぐに帰るか、教室や図書室に残って勉強をする。ほとんどの生徒は部活動をしているから、テスト週間があるとメリハリがついてよく勉強をするらしかった。一方、俺はいつもと変りなかった。

 俺の成績は良くも悪くも無く、平均付近をうろちょろしている。なんとかしなきゃな、とは思いつつ勉強をする気にならなかった。2年生になってから勉強が難しくなったことを感じ始め、このままではまずいという思いがあったし、これから多分少しずつついていけなくなっていくんだろうという恐怖もあった。だがそれはそれとしてやる気は出なかった。

 好きなことじゃないと頑張れないんだろうか。だとすると、世の中で結果を残してきた人間は、みんな好きなことをして生きてきたのだろうか。

 もしも学校とか法律とかお金とか全部無くなって、全ての人間が自分勝手に生きていいのなら、みんな何をして生きるのだろう。俺は変わらずにプールで泳ぐのだろうか。プールの掃除をすることが好きな人はいないだろうからそのうちプールは汚くなって、そして泳げなくなってしまったら、俺は海へ行くのだろうか。それとも、泳がなくなって他のことをするのか。もしくはプールを掃除するのか。分からない。


「テスト週間なんでしょう? 勉強は?」


 家に帰ってリビングでテレビを見ながら筋トレをしていると、いつのまにか帰ってきていた母が俺に聞いた。俺は姿勢を崩し、あぐらをかいた。


「ああ、やるよこれから」

「そろそろ受験のこととかも考えなきゃいけないんだからね。いい点とって内申点上げないと」

「分かってるよ」

「あんまりバカなことばっかりしてるんじゃないよ」


 母と会話すると無意味に疲れる。勉強したほうがいいとか誰もが分かり切っていることを、まるで天のお告げの如く大変ありがたいことのように上から目線で言ってくるからだ。そのくせどうすれば成績が上がるとか、点が取れるとか、具体的なことは言わない。知らないからだ。自分ができないことを俺に指示してくるのが、俺は非常に気に食わない。結局母は会話がしたいのではなく自分が言いたいことを言いたいだけなのだ。そして俺の成績が上がろうと下がろうと、「私のおかげでしょ」もしくは「私は勉強しろと言ったのに」と、まるで自分が預言者かのように言うだろう。母は俺の勉強がどんなものだろうが、俺の勉強している姿以外を見ることは無いし、見る気も無い。内容を見ても分からないから、いつだって点数だけを見る。

 母のように結果だけを語りたがる人間とは話したくない。改善点は過程にのみあるからだ。最後の言葉は無視した。

 母は満足したのか、何も言わない俺に呆れたのか、くるりと背を向けてキッチンに向かった。


「はやく泳ぎたいな……」


 思わず、独り言がこぼれた。母がちらりとこちらを見たような気がしたが、特に何も言わなかった。

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