恐怖の奇跡
村の人口は、極端に減ってしまった。
一時間後。
村に住んでいる村人は、村の中央に集めさせられていた。
老人、子供、女ばかりで、若い男は皆射殺されてしまっている。
地面に座らせられている村人の大半は、泣いている。
絶望状態になったのにも関わらず、一人の老人が立ち上がった。
「おい、座れ?」
「あんたら、どういう了見なんだ?!何の目的なんだ?!なぜ、村人を殺す?!
理由を聞かせてもらおうか!」
「座れと言ったのが、聞こえんのか?!」
「理由を聞くまでは座るものか!」
村人は老人に座るよう、説得している。
「理由なんてあるか。お前らを生かすも殺すも、俺たちの気分次第よ」
威勢のいい老人めがけて、吉田は頭を拳銃で撃った。
血は周辺に広がり、村人は悲鳴を上げた。
「よーく聞け!命令に従えん者は容赦なく死んでもらう事になるぞ!」
吉田は村人全員に聞こえるよう、言ってやった。
わずか百数人規模の村が、半数になってしまったのだ。
人質になった村人たちの中には、浩一と小百合の母である、喜代も混じっている。
夫を殺されてしまった喜代には、せめて娘と息子だけは安全な場所に逃げてもらいたい、その思いしかなかった。
喜代は横目でチラッと、牛小屋を見た。
娘と息子は、あの中にきっと隠れているに違いない。
あの中だけには奴らが行きませんように、と喜代は祈った。
しかし祈りもむなしく、大友が夏樹に「おい、あの小屋を調べに行け!」と命令するのが聞こえた。
喜代はあまりの恐ろしさに、目をつぶった。
― ― ― ― ― ― ― ― ― ―
その頃小百合は弟の浩一と共に、家畜小屋にひっそりと隠れていた。
乳牛ばかりが数匹いる中、じっと息を潜めていた。
囚人連中は他に村人が隠れていないか、一軒一軒捜索している。
小百合と浩一は乳牛の後ろに隠れて、見つからない様にした。
囚人の一人、夏樹が小屋に入ってきた。
小百合は弟の手を、しっかりと握った。
あいつらに見つかったら、おしまいだ。
手には機関銃を持っている。
どんどん夏樹が近づく中、姉の小百合は隙をついて逃げ出す事を決意した。
このままでは、見つかってしまう。
とっさに小百合は弟の手をつかんで、走り抜けた。
「このガキ、逃げるなら殺すぞ!」
夏樹は逃げる小百合と浩一めがけ、機関銃を乱射した。
しかし機関銃の弾は二人に当たらず、牛に当たった。
牛が何頭か、倒れた。
小百合と浩一は、からくも家畜小屋から逃げた。
脱出した小百合と浩一を、大友が見つけた。
「あのガキを撃て!」
広瀬に命令する大友。
広瀬が逃げる小百合と浩一に狙いを定める中、母の喜代が飛び出した。
娘と息子を守るためだ。
広瀬の背中に飛びついた喜代。
そのせいで、広瀬の機関銃の弾丸は地面にいくつもの穴を開けた。
「このおばはんが~!」
広瀬は喜代を、はらいのけた。
喜代が地面に倒れると、「地獄へ行け!」と機関銃で射殺した。
浩一は姉と逃げる途中、ハッキリと母が射殺されるのを見た。
しかし今は悲しむよりも、逃げなければ。
後ろからは、広瀬と夏樹が追いかけてきていた。
小百合は底なし沼がある方向へ向かって、走った。
ここに誘い込んで、追っ手を振り払うのだ。
底なし沼を迂回すると、後ろを見た。
奴らはまだ、諦めずに追いかけている。
小百合は再び、弟と一緒に走った。
広瀬はガキを追って、底なし沼に見事に踏み入れた。
もがけばもがくほど、体が沈んでいく。
「おい、夏樹~、助けてくれ~」
広瀬は後からきた夏樹に、助けを求めた。
「待ってろ、これにつかまれ!」
夏樹は自分が引き込まれぬよう、木の枝を折り、先端を広瀬に差し出した。
広瀬は枝の先端をつかむと、何とか底なし沼から生きて脱出出来た。
しかし底なし沼でもがいていた隙に、ガキたちは遠くに逃げてしまった。
「ちくしょう、逃げられちまったぜ」
「今から追っても追いつかねえ」
「大友にはガキは始末したって報告しておこう。ガキが二匹逃げたからってどうってこたあねえ」
「だがな、あのガキが近くの駐在所でも通報してみろ。サツがすっ飛んでくるぞ」
「ここに長居は出来ねえな」
― ― ― ― ― ― ― ― ― ―
小百合は弟の浩一の手をしっかりと握り、無我夢中で森の中を逃げた。
止まれば、殺されてしまう。
奴らは子供と言えど、ためらったりしない。
後ろを見たが、奴らは追ってきていないようだ。
森を抜ければ、小百合は走るペースを緩めた。
このままでは、村は全滅してしまう。
絶望状態のまま歩く小百合の前に、霧の中から加護地蔵がボンヤリと見えてきた。
こうなっては、お地蔵さんにでもすがるしか術はない。
「どうしたの、お姉ちゃん?」
立ち止まり、じっと地蔵を見つめている姉を見て、浩一はいぶかしんだ。
姉は思いついたように、しゃがみこんだ。
津波から救ってくれたなら、今回も救ってくれるはずだ。
小百合は両手を合わせると、六体の地蔵に祈願した。
「お願いでございます、お地蔵さま。
今、村は壊滅状態になっております。
もし私の願いをお聞き頂けるならば、私の命を召されても構いません。
どうか、どうか・・・村のために津波がきた時のようにお地蔵さまの力を持ってして、悪人から村人の命を守って下さいませ!」
小百合はお地蔵さんの前で、泣き崩れた。
神や仏がいるならば、命と引き換えにしてでも、村を救ってもらいたいのだ。
姉の真剣なお祈りに、浩一もいつの間にかしゃがんで手を合わせていた。
お地蔵さまに祈っても救ってくれるはずがない。
そう浩一は信じこんでいた。
だって相手は石じゃないか・・・。
「こんなに小百合が頼んでも、お地蔵さまは願いを聞き入れては下さらぬのですか・・・。この小百合が身を捧げれば・・・」
急に思い立った小百合は、日本海に向かって走った。
「お姉ちゃん!」
立ち上がる浩一。
しかし、もう遅かった。
現代と違い、防護柵も何も施されていない崖から小百合は飛び降りたのだ。
浩一は急いで崖の上に立つと、下を見下ろした。
崖の下は岩場になっており、姉の死体が岩の上に乗っかっていた。
この高さからでは、助かるまい。
いくらお地蔵さんの力を借りるからと言って、己の命を捧げるなんて、地上最高のバカだ!
浩一には、姉の愚行が許せなかった。
自分の姉は、救いようもないバカだったのだ。
浩一はこれからの事を思うと、身震いしてきた。
父と母を失ったというのに、姉まで失うとは。
明日から、どうやって生きていけばいいんだ?
途方に暮れていると、耳をつんざくような雷鳴が響いた。
辺りがピカッと、一瞬だが明るくなる。
浩一は地面が揺れているのを、感じた。
何かにつかまらないと、立っていられないぐらいだ。
地震と雷鳴が同時に起こり、天が怒っているように聞こえた。
放心状態に成った浩一はその時、お地蔵さんたちが歩くのを見た。
六体、一列になって村の方向へ目指したのだ。
その、世にも奇妙な光景を見た浩一は、小便を漏らしてしまった。
石で出来ているお地蔵さんが動くなんて、信じられない!
夢を見ているのだろうか?!
しかし、眠っていない事は確かだ。
浩一には、世間の常識という物が信じられなくなっていた。
お地蔵さんたちは村を目指し、浩一の目の前から忽然といなくなってしまっていた。




