殺戮
その頃、加護村では一日が始まろうとしていた。
村は日の出と共に、生活が始まるのだ。
吉三郎は朝ごはんを食べる前に、一仕事片付けるのが習慣になっていた。
養子にした孝治と共に、吉三郎は鶏小屋にいた。
鶏の産んだ卵を集め、工場に出荷する作業である。
収穫した卵は集めて、工場からのトラックのドライバーに渡せばよい。
吉三郎と孝治だけでなく、鶏小屋にはまだ、五名の作業者がいた。
その者も、吉三郎の古くからの友人である。
その内の一人が、誤って卵の入った箱を落としてしまい、卵は割れてしまった。
「バカ野郎、不安定な所に置きやがって!」
落とした慌て者に、突っかかる奴がいる。
「お前が悪いんじゃねえか!」
鶏小屋で、ケンカ騒動が始まった。
「まあ、待てや」
吉三郎は仲裁に入った。
このままでは、取っ組み合いのケンカになってしまう。
鼻息を荒くして、興奮している二人の間に立った。
「ケンカをする場合じゃないぞ」
「黙ってろ」
いきなり、銃を撃つ音がした。
吉三郎の言う事を聞かない奴の胸から、血が出てきた。
もう一人のケンカをしようとした奴の胸からも、血が流れた。
さっきまで言い争いをしていた二人の男は、同時に倒れた。
外からは何やら銃をブッ放す音が連続で聞こえた。
吉三郎は何事かと、小屋の外に出てみた。
外は地獄絵の惨状だった。
数人の村人たちが倒れ、血が流れているではないか。
大友を筆頭とする脱走囚人たちは、奪ったトラックで加護村に到着したのだ。
トラックで家屋もろとも、なぎ倒していってる。
なぎ倒すばかりではない。
トラックの荷台からは、奪った機関銃で仲間が村の男たちを射殺していっている。
大友の命令で、村の若い女は生かすようにしているのだ。
いつも朝飯の前に乳牛の乳搾りをしている小百合と浩一は、周囲が騒々しいので、外を見てみた。
外では軍用トラックに乗った凶悪な男たちが、村人たちを射殺していってるではないか!
小百合と浩一は、身震いした。
今出て行っては奴らに殺されるか、捕まるかのどちらかだ。
二人は牛小屋で、身を隠す事に決めた。
その牛小屋から、身を潜めて状況を見た。
叫び声を上げ、逃げ惑う村の人々。
ただ、オロオロするだけだ。
地面の至るところに、死体が散らばった。
トラックから降りた脱走囚人は機関銃を片手に、今度は歩いて村の男たちを射殺していく。
何者なんだ、あいつらは?!
どうすればいいか、吉三郎には分からない。
取り合えず、子供を安全な場所に避難させるのが先決だ。
「どうなってるの、おじちゃん?!」
「いいか、孝治!逃げるんだ!」
吉三郎は孝治を手を握り、走った。
孝治と一緒に逃げる吉三郎には、家族の事が気がかりだった。
息子と娘は牛小屋にいるし、朝飯を作っている妻の身も危険だ。
当たり構わず撃っている脱走囚人の機関銃の弾が、吉三郎の背中に当たった。
「おじちゃん!」
倒れた吉三郎に詰め寄る孝治。
吉三郎は撃たれた背中に、手を当てた。
血がどっぷりと、手についている。
瀕死の重傷だ。
「死なないで!」
孝治は泣いて頼んでいる。
「早く・・・逃げるんだ・・・安全な場所に・・・」
吉三郎は血のついた手で、孝治の体に触った。
そこへ笑っている脱走囚人の一人が、近づいてきた。
「頼む・・・、子供だけは殺すな・・・」
倒れたまま、吉三郎は脱走囚人に懇願した。
脱走囚人の一人、大村は懐から拳銃を取り出した。
「このガキの命が、そんなに大切なのか?」
「殺さないでくれ、この通りだ・・・」
吉三郎は大村に、両手を合わせて懇願した。
大村は笑うと、拳銃で孝治の頭を撃ち抜いた。
孝治が倒れ、血が吉三郎に降り注いだ。
大声を上げて悲しむ吉三郎。
親友から預かった子供を、死なせてしまったのだ。
「安心しろ。悲しまなくても、お前も同じ所へ送ってやる」
大村は機関銃で、吉三郎の腹へ向けて撃った。
吉三郎は口から血を流し、絶命した。