終章
こたつに入ってお菓子食べてるあたしらを見て、雅之氏は盛大にため息をついた。
「宿題、やってないな」
「今からやる~」
全然やる気のない声で、茜が言った。
こっちに帰って来て、一週間。
学校はそろそろ、休みモードだった。
あたしらも遊ぶ予定が最優先。
しょうがないから宿題もやるけど、スキーに行く方が今は重要な気がする。
「あのなあ、やる事やってない奴は連れて行かないぞ?」
いったん部屋に引っ込んだ後、また出てきた雅之氏が、呆れたように言った。
「だから、やるって。あ、兄貴、そういえばもう一人増えそうなんだけど、いいかなあ?」
「親が了解してるならね」
こうやってのんびりしてると、あの何日間かのどたばたが嘘みたいだった。
学校行って、友達と喋って、適当に勉強して、っていういつもの生活。
あれはやっぱり夢だったんじゃないだろうかと思う事もあるくらい、何にもない平凡な暮らしだった。
それでいいんだと思うけど。晴香の事も含めて。
事件の結末は気になるけど、ああいうのってやっぱり、自分と無関係なところで起こってれば良いんだと思う。自分が巻き込まれるのは嬉しくないし。
「ああ、晴香君も戻って来てるだろう?」
雅之氏もこたつの上に乗ってたミカンを剥きながら、世間話みたいに言った。
「あの~、やっぱり、晴香の記憶って」
「消したよ。覚えていてもろくな事にならないからね」
雅之氏はさらっと言うけど、あたしと茜は覚えてるわけで、なんとなく晴香と顔を合わせにくくなっちゃったのも事実だった。
晴香は何があったのか覚えてないわけだから、なんであたしらが話しにくいと思ってるのかなんて当然、理解してない。急に冷たくなったと思ってるみたいで、理由を説明できないだけに結構、あたしらとしても辛いものがある。
「慣れるしかないよ」
……そんなあっさり言われても。
やっぱり友達なんだし、誤解されっぱなしは嬉しくない。
「それは判るけどね、説明できないだろう」
「それはそうだけどさ」
茜もなんだか不満そうだった。
「友達なくすのも、ヤなんだけど?」
「お前たちのほうで、付き合い方を考えてあげるんだね。思い出させるべきではないし、説明すべきでもないんだ」
きっぱり断言された。
説明しちゃダメとか、思い出させちゃダメとか、それは判るけど……
それでどうやって上手くやってくか、って話になると、すっごく難しい。
あたしと茜が考え込んだら、雅之氏は少し笑っていた。
「二人とも、これからこういう事は増えていくからね」
なんですかそれ。と思ってたら、
「えー、なにそれ」
茜が速攻で突っ込んだ。
「そろそろ大人だなってこと」
「なにげに子ども扱いしてない?」
「私はお前のオムツも替えたんだけどね?今さら何を言ってるんだか」
人の悪い笑い方に、茜がむくれていた。
「それ何年前の話よ」
「ざっと17年か、お前の時間で。いやあ、子供の成長って早いなあ」
なんか今、ものすごくオジサン臭い言葉を聞いた気がする。
「ところで、実は二人にこんなものが来ているんだが」
とぼけた振りしたままでそう言いながら、雅之氏がシャツの胸ポケットから取り出したのは、二通の封筒だった。
あたしと茜にそれぞれ一つづつ。差出人は書いてなくって、開けてみたら英語で書かれた紙が入ってた。
「……えーっと」
「日本語版も入っているよ」
戸惑ってたら、雅之氏がそう笑いながら言った。
たしかに、英語の紙と一緒に日本語の紙も入ってる。右上に書かれている差出人の名前と住所は全然見覚えがなくって、紙の上に入ってるマークも、今まで見た事の無い物だった。
マークのロゴに使ってる文字も、見た事がない。
差出人は監視局東京支局長の、工藤京介という人だった。
下の方に並んでる署名は三つ。推薦者二人と、工藤さんの署名。
推薦者として署名してるのは、あたしの紙では雅之氏と横田さん。茜の方の紙では、だれか知らない人と横田さんだった。
「……あの~、このC級観測官補推薦って、なんですか?」
「要するに、アルバイトしないかっていうお誘いだよ。ただし、二人とも高校を卒業した後になるけどね」
「前みたいな事ですか?」
あんまり危ない仕事なら、断ろう。
きっぱりそう思ってたら、雅之氏はちょっと違うと説明してくれた。
「危険を伴う地域での任務は本来、A級観測官のみのものなんだよ。C級の、それも観測官補となると、自分の今いる時間線からあまり動く事もないし、ルーチン・ワークがほとんどになるね」
「すぐ返事しなきゃ、駄目ですか?」
「どうせ高校を出た後の話だから、ゆっくり結論を出してくれればいいよ」
「ゆっくりって言っても兄貴、いつまで?」
とりあえず、結論を出すよりも宿題を終わらせる方が先。
にやっとしながら、雅之氏はそう言った。
2015年4月19日 人物名を少し変更しました





