第四章【4】
どんがらがっしゃん、とどこかに落ちるのが漫画やなんかではお約束なんだろうけど、あたしらの状況はかなりそれに近かった。
なんか三人まとめて、固まって転ぶ。
「痛ったぁ」
尻餅をついたあたしの上に、晴香が乗っかっていた。
茜はなんかあたしと晴香を潰さないように努力したみたいで、横に落ちてる。
「痛た……足、くじいた」
変な体勢で落ちてたのはあたしも同じだけど、茜が一番、変な恰好になっていた。
「だいじょぶ?」
「うん。……晴香?」
一目見ただけで、晴香が大丈夫じゃないのはわかった。
引き剥がしてからも、しっかり雅之氏の機械ともう一つなんか別のモノを抱えて、ぺたっと座り込んだまま。
服はぼろぼろ。ブラウスは引き裂かれてるし、靴も片っ方がない。
顔のあっちこっちに、殴られたみたいな痕。
そして裂けた服の下には下着が無くて、胸にはいくつか、紫色の歯型が付いていた。
……何があったのか、簡単に予想が付いた。
横田さんや雅之氏は、多分この事を予想してたんだろう。なんで相田さんやあたしらに詳しく説明しようとしなかったのか、すぐ分かった。
「……晴香、大丈夫?」
晴香の顔を覗き込んだけど、何の表情も無い。
たぶん、なにも考えてない。完全に放心しちゃってる。
「どうしよ、茜?」
「どうするって……あ、誰か来た」
駆けてきた人たちに気が付いたのは、茜が先だった。
軍の人の中に混じって、前も相田さんちまで晴香を診に来てくれた斎藤先生と、斎藤先生のところの看護師さんがいた。
「よーし、三人とも中に入ろう」
斎藤先生が声をかけたら、晴香がびくっと動いた。
それから斎藤先生を見あげて、後ずさろうとする。
斎藤先生はすぐに気が付いて、近寄るのをやめた。
「和田さん、その子はあなたにお願いするしかなさそうですなあ」
「そうですわね。……さ、立てますか?」
駄目だった。
あたしらが手を貸して立たせようとしたけど、やっぱり駄目。
「おぶってきます」
担架に乗せようとしても、男の人が近づくと逃げようとするんだから、女ばっかりでなんとかするしか無い。
それで結局、晴香を連れて行くのは和田さんになった。
あたしは茜に肩を貸して、その後に続いた。
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お風呂を使わせてもらった後でリビングに行くと、医者の斎藤先生もちょうど降りてきたところだった。
「あのー、晴香の具合ですけど……」
なんて言って聞いたらいいのか、良く判らない。それでも
「とりあえず、鎮静剤を打っておいたよ」
斎藤先生は首を横に振りながら、ため息交じりに答えてくれた。
「怪我の方はまあ、跡も残らないだろうがね。しかし」
後は何も言わずに、首を横に振りながらため息をついただけだった。
あたしも、何を言っていいのか思い浮かばなかった。
というより、なんか腹が立ってしかたなくて、何も考えられなかった。
晴香はなにも、悪い事してないのに。
なんであんな事までされなきゃいけないんだろう。ひどすぎる。
しばらく斎藤先生も何も言わなかったけど、しばらくしてから、
「ところで、まだ怪我人がいたね。帰る前に診ておこう」
そう、思い出したように言った。
もう一人の怪我人って、茜のことだ。けっこう強く捻ったみたいで、お風呂から上がっても、まだ痛そうにしてたから。
診て貰った結果はただのねんざだって事だけど、一晩は冷やしておいた方がいいらしい。
そんなわけで、茜は小さめの氷のうを用意してもらっていた。
「気分悪かったりしない?大丈夫?」
椅子の上に足を乗っけて、その上に氷のうを乗っけたまま、茜が聞いた。
「なんとも無いけど、どうして?」
「時々、気分が悪くなる人がいるから」
茜は平気だけど、乗り物酔いに似たような事になる人もいるらしい。
「だいじょぶだよ、ほら、ここに来た後だって平気だったし」
「それもそーだね」
それっきり、お互いに黙り込んでしまった。
なんか話したい気分だけど、下手になんか言うと、どうしても晴香の事になりそうだし。
たぶん、茜も同じだったんだろう。
だから執事の林さんが電話を取り次いでくれた時は、ほっとした気分だった。
「御舘中尉からお電話です」
「あ、あたし出るね」
茜はとっさに動けないから、あたしはそう言った。
「よろしく~」
茜は明るく言ったけど、けっこう疲れてるみたいだった。
雅之氏に無事かと聞かれてそう言ったら、電話の向こうで、雅之氏は軽くため息をついた。
『今回は無理な飛び方をさせたからね。それで、亜紀君には異常はないんだね?』
「大丈夫ですけど……」
『晴香君の事かな』
あたしが言い出せなかったことを、雅之氏はさらっと切り出した。
『早いうちに、治療と事情聴取のために移動させることにしたよ。亜紀君と茜にも、晴香君の護送と同じタイミングで帰還してもらう』
「護送、ですか?」
あんまり感じのいい言葉じゃなかった。
『法的にはそういう事になるね。ところで、移動は明後日の昼になる。迎えに行くから、準備しておいてくれないかな』
「はい。あのう……」
『何かな』
「他の人、怪我したりしませんでしたか?」
『皆無事だったよ。ありがとう。林さんに代わってくれないか』
雅之氏の声はものすごく落ち着いていて、本当になんでもないイベントが終わっただけみたいな、そんな普通の感じで話していた。
落ち着いて考えれば、明らかに嘘だってわかる言葉だったけど。
でも、その時のあたしはそれで安心できたから、林さんに受話器を返して、茜のいるリビングに戻った。





