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第十四話 客人と〈青瑶杯〉・本戦

 従騎士による模擬戦が終わると、いよいよ競技場の昂揚は最高潮に至ったかに思われた。どこからか奏でられる重低音の勇壮な音色はお決まりの入場音楽で、わっと沸く歓声に促されるようにして見れば、従騎士たちの消えていったゲートから十人の男が歩み出てくる。

 ――否、正しくは九人の男と一人の少年だろうか。アヴァンテの〈青瑶騎士〉の一人であるアンドレアは、周囲の男たちに比べれば一回りも二回りも体躯が小さく、一人だけひどく浮いて見えた。

「何だあれ、一人小さいのがいる!」

「ほんとだ、子供みたい」

 周囲に座る子供たちが、自分のことを棚に上げてアンドレアを評するのを聞きながら、クレアはほのかに苦笑した。おそらく、などと付け足すまでもなく、今回の〈青瑶杯〉に選出されたのは、レジェスとクロヴィスを筆頭にしてバリエンテの〈青瑶騎士〉で五指に数えられるもの全てに違いない。

 その彼らが一様にして油断も侮りも微塵も見受けられない、真剣な表情を浮かべている。アヴァンテは毎年〈青瑶杯〉の順位で末席やその近辺を行ったり来たりしている程度の勢力しか持ちえていないと噂では何度も聞いているが、バリエンテの〈青瑶騎士〉の警戒は本物だ。真実、彼の都市の〈青瑶騎士〉は警戒に値する相手であるのだろう。少なくとも、クレアはそう感じていた。

 荒れ地に整えられた舞台の中央へ粛々と足を進める十人の騎士は、レジェスによって用意された席から思いの外近いところで足を止めた。戦いの様子を監視する判官を中心にして、その左右に五人ずつの騎士がそれぞれ一列に並ぶ。

 その見事な装いを一望できる様は、まさしく眼福と言っても間違いではなかった。〈青瑶杯〉は内乱を未然に防ぐことを意図した一種の緩衝材ではあるが、同時に人々にとって最大の娯楽でもある。その為、自然と〈青瑶騎士〉の装備は概ね無骨な実用一辺倒であるよりは、ある程度見栄えがするものが多くなる傾向があった。顔や表情の窺えない全身甲冑は問題外であるし、制限時間の定められた決闘であるからには、機動性が物を言う状況もたびたび発生する。揃いの制服に軽装の鎧、或いは部分鎧を装着するという出で立ちが主となり、それは今回戦う十人においても変わりはない。

 ……故に。

(よくもまあ、あんなにも緩み切った顔を……)

 自分の用意した席に座る客人を発見した瞬間に、それまでの真剣さが嘘のように相好を崩したレジェスの満面の笑顔を、クレアはお世辞にも遠いとは言えない距離で目の当たりにしてしまったのである。

 割と比喩でなく、頭が痛くなった。

 レジェスの左隣に立つクロヴィスもまた頭痛を堪えているような顔をしているし、その逆隣に立つ騎士は仕方がないとばかりの苦笑、他の騎士にしても同情めいた視線やら微笑ましいと言わんばかりの温かい眼差しやらを向けてくる。出来ることなら今すぐ帰りたい気持ちでいっぱいである。

 今更、レジェスを好ましくないとは言うまい。だがしかし、嫌いだという訳ではないのだとしても、正直勘弁してもらいたい。周囲の子供たちが「レジェス嬉しそーだなー」「余裕? なのかな?」と真実に気が付く気配がないことだけが、不幸中の幸いである。



 斯くして、今一つ締まらない幕開けではあったが、判官の宣誓をもって〈青瑶杯〉は開始の運びとなった。

 わっと沸き返る歓声の中、放たれた矢のように騎士たちは舞台上に散っていく。舞台の両端にはそれぞれの陣営の勝敗を決める〈名誉の珠〉が設置された小高い丘のような造りの陣営が設営されている。〈青瑶杯〉が都市の名誉と矜持をかけて行われる決闘である以上、騙し討ちのような戦術は一切許されないが、それでも遠距離からの狙撃は十二分採用され得る手段である。

 したがって、バリエンテからはクロヴィスが、アヴァンテからは二名の騎士がそれぞれ己の陣営へと向かって走り出した。無論、その背中には追撃の手が掛かる。クロヴィスはりゅうりゅうと射かけられる矢を平然として振り向きざま切り払って見せたが、アヴァンテの騎士たちは一人が先行し、一人がその背中を守る動きを徹底していた。バリエンテはクロヴィス一人に任せられるものを、アヴァンテは二人がかりで行う。その時点で、バリエンテとアヴァンテの差は歴然としていた。

 とは言え、ここまではある意味では雛形通りの見世物的な要素が強い。陣営の守備に回るべく走り出す騎士、その背に向かって弓なりに放たれる矢。見事な弧を描いて舞台を横断する矢には煌めく光を散らすもの、鮮やかな色合いの光の尾を引くものとあり、そもそも追撃を本旨としたものではない。あくまでも決闘の開始を衆目に分かり易く伝える為に演じるものに過ぎないのだ。

 ――故に、真の開戦と言うべきはその次である。

 ぎぁん、と剣と剣の噛み合う甲高い音が、俄かに響き渡った。儀礼の矢を放ち終えた騎士たちが弓を捨て、剣を取って激突する。そこから、いよいよもって〈青瑶杯〉の開始だ。

 舞台の中央では、バリエンテの四騎士とアヴァンテの三騎士が乱戦を繰り広げていた。

 直近五年間において〈青瑶杯〉の賞杯を獲得し続けてきたバリエンテは、都市そのものが武断主義の傾向がある分、特に攻撃に秀でる。開催地側の陣営であれば、制限時間内〈名誉の珠〉を守り続けることで自動的に勝利を得ることが出来るが、バリエンテの〈青瑶騎士〉はそれを良しとしない。陣営の防衛のためにクロヴィス一人しか割かなかったことにも表れているように、とにかく攻勢に出て攻め落とすことを旨とした気風があった。

 舞台中央の乱戦はそもそもバリエンテに数的有利があり、その上、今回は末席候補のアヴァンテが相手である。おそらく、観客のほとんどがじきにバリエンテの一方的な攻勢に傾くものと踏んでいたに違いない。

 しかし、ざわりと観客に動揺が走る。

「すっげえ! あいつ一人で三人止めてる!」

 はしゃいだ声を上げたのは、クレアの二つ右隣に座る子供だった。

「フェリクスもヴァルデマールもクストディオも、強いのにな」

「あのちっちゃいの、そんなに強いのかな?」

「馬鹿だな、強いからあの三人を止めてるんだろ」

 がやがやと子供たちが話すのを聞きながら、クレアは単純に感嘆した。

 クロヴィスを除けば、バリエンテの最高戦力と目されるのは必然的にレジェスとなる。如何にレジェスを抑えるかが問題となる以上、そこに手数を割くのは当然の戦略であるのやもしれない。

 ――だが、これは余りにも極端だ。

 アヴァンテの〈青瑶騎士〉のうち、自由に動ける人員は三人。その三人のうちの二人がかりでレジェスを止める。その意図も、意義も理解はできる。いかに単体戦力で劣ろうとも、連携と戦術次第で足止めを図ることは可能だ。そうでなければ末席と言えど〈青瑶騎士〉の座に連なる意味がない。とは言え、それは残りの三人を更なる数的不利の状況で食い止めるという過酷な戦況を作り出すことに他ならない。綱渡りなどと言うにもおこがましい、圧倒的な不均衡。

 それを、アンドレアはたった一人で支え切っていた。クレアとてさほどバリエンテの〈青瑶騎士〉に詳しい訳ではないが、ヴァルデマール、フェリクス、クストディオの三名も並々ならぬ辣腕の騎士である。半ば以上素人のクレアですら、そうと知っているほどの逸材だ。

 その彼らが、小柄の少年の足止めを掻い潜ることもできずに攻めあぐねている。その光景を、果たしてこの競技場に居合わせる誰が予想し得たことだろう。

 クレアはぞっと背筋が震える心持がした。アンドレアは何も特別な武器を用いている訳ではない。手にしているのはあの無骨な長剣、それ以外の装備と言えば、牽制に放つ釘のような小刀ばかり。そうでありながら、アンドレアは傷一つ負っていない。それどころか、戦況を主導しているのは寧ろ彼であるように見えた。

 斬りかかるヴァルデマールの剣を受け流しざま、右手から突くフェリクスの槍を避けては小刀を投げて牽制し、ヴァルデマールと入れ替わるように剣を突き込んでくるクストディオの剣を受け、その腕を掴んで力任せに投げ飛ばすという出鱈目具合。文字通り大人と子供の体格差があって尚、アンドレアはクストディオを片手で投げて見せたのだ。危うくクストディオと激突しそうになったヴァルデマールの表情は今や明らかに渋く、十近く歳の離れているであろう少年に言い様に足止めを喰らっている現状への歯痒さが見て取れた。

 ざわざわと動揺する観客のどよめきは、まだ止まない。バリエンテの〈青瑶騎士〉が精鋭揃いであることは、この都市に住む観客たちこそが誰よりもよく知っている。であればこそ、その騎士たちに不平を述べ、煽るような言動をするには到底至らないが、その分「あの小柄な騎士は何者だ」という驚きと戸惑いは深かった。

「――おいおい、折角の大観衆の前で、そう余裕のないところを見せたら駄目だろ?」

 しかし、その瞬間。涼やかな声が響いたかと思うと、眩いばかりの光が閃いた。

「……旭光の、騎士」

 半ば呆然として、クレアは呟いた。

 旭光の騎士。時にレジェスはその名で呼ばれる。それは明朗な気性を擬えたものであり、また光魔術に長けた手腕を示したものであり、また閃光のように素早い身のこなしを称えたものでもあった。

 二人の騎士が倒れたのは、まさに一瞬のことだった。眩い光が迸ったかと思うとレジェスの姿は掻き消え、二人の騎士は地面に倒れ伏していた。レジェスの得意とする光魔術の一群に属する加速魔術が行使されたのだろうと予測はついたが、何がどう起こったのかクレアには皆目分からない。

 倒れ伏した二人の騎士の姿が移動魔術によって控室に移送される――舞台に付与された魔術の一つであり、他には身体的な消耗や負傷を魔力の減少に変換する魔術などが常時稼働しており、〈青瑶杯〉の無流血に貢献している――と共に、客席の一隅に備え付けられた銀幕に魔術投映された連続写真を見て、やっとクレアはレジェスがただ単に恐ろしく速い動作で二人の騎士を真っ向から斬り倒したことを理解した。

 クレアに同じく、多くの観客も銀幕を見ることで状況を把握したのだろう。一瞬の沈黙の後、寸前までのざわめきが嘘のように歓声が沸き返った。

「ヴァルデマール、フェリクス、クストディオ! 交代だ、そこの彼の相手は俺がする。名誉挽回に、勝負を決めて来いよ!」

 割れるような声援の中でも、レジェスの声はよく響いた。名指しで呼ばれた三人は表情に一抹の苦みを残しながらも、アンドレアから離れてアヴァンテの陣営へと移動を開始する。

 加速魔術を纏ったレジェスは瞬く間にアンドレアとの間合いを詰め、斬りかかった。迎え撃つアンドレアもまた、剣を構える。

 ――その時、だった。


 轟音。雷鳴よりも尚大きく、地鳴りよりも尚荒々しい。

 次いで襲ったのは、激しい振動だった。分厚い外壁ごと銀幕を貫いたそれ(・・)は、競技場の舞台と客席とを隔てる堅牢な結界をも、薄紙のように容易く破砕する。


 果たして、二人の騎士の決戦を阻むように舞台に突き立ったのは、最早矢というよりは槍に等しい巨大な鉄杭だった。

 さながら時の流れさえ停止してしまったかに感じられる沈黙が、刹那に競技場を満たした。満ち満ちた沈黙が弾けると、後に残ったのは凄まじいばかりの大恐慌。逃げ惑う観客、飛び交う悲鳴と怒号。

 混乱をあざ笑うかのように、壁を破砕しながら次々と鉄杭が撃ち込まれる。舞い上がる土煙、砂糖菓子のように貫かれて崩れゆく岩塊。広大な荒野に整えられた舞台は今は針の山ならぬ針の原野と化し、そのいずこかにいるはずの騎士の姿も見えない。

 訳の分からない、理解しようもない惨状を目の当たりにして、クレアはただ呆然としていた。

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