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君と雛鳥と海渡り ~海鳴りの魔女が挑む政治戦争。圧倒的な魔術の才能で全員捻じ伏せて、王国最高の権力者へ~  作者: 讀茸
第一章 旅道中

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第四話 血染めの狂戦士とも交流があったらしい

 午後二時、予定通りの時間に来訪者は現れた。

 屋敷の応接間でソファに腰掛けたアイリスは、向かいに座った来訪者の少女を見つめる。

 ソファの後ろでは、腰に剣を提げたヨネとノウドが控えている。


「まさか、貴方とはね。ブルーメ・ディアナ。……この前、貴方の婚約者を叩きのめしたはずだけど」


 アイリスの向かいに座ったのは、黒髪を肩口で切り揃えた少女。

 素朴な出で立ちは確かに元平民らしいが、顔立ちは社交界にはばかる令嬢達にも負けないほど整っている。

 大人びたアイリスとは異なり、美少女という肩書の似合う少女だった。


「互いに合意の上で行われた模擬戦です。今はその件を蒸し返すつもりはありません」


 アイリスの挑発じみた言葉にも、ブルーメは冷静に返す。

 煽って噛みついてきた相手を徹底的に叩きのめすというのは、アイリスが社交界でよく使う手口だ。

 レイヴンもその手に引っかかり、アイリスに完敗する羽目になった。

 セイレンディス家とディアナ家の模擬戦。

 それは貴族主義と能力登用主義の戦いでもある。

 一方的なアイリスの勝利を見た貴族達も、心のどこかで感じたことだろう。

 やはり、貴族主義の中で培われた圧倒的強者の魔術は、ぽっと出の能力登用主義で覆せるものではない、と。

 貴族主義の象徴たるアイリスが政争を勝ち抜くために、あの模擬戦は都合の良いパフォーマンスだったのだ。


「単刀直入に言います。ディアナ家が指揮を請け負っている西部戦線。その勝利にお力添えいただけないでしょうか?」

「……へぇ」


 ブルーメの提案に、アイリスは興味深そうに相槌を打つ。

 西部戦線の政治的価値を思えば、ブルーメの提案は異質なものだった。


「それ、貴方のお義父様には許可を貰ってるの?」

「いえ、私の独断専行です。アイリス様以外にこの話はしておりません」


 ブルーメの言葉に、アイリスは予想通りといった顔で頷く。

 あり得ないのだ。

 ディアナ侯爵家がアイリスの西部戦線参加を認めるなどという事態は。


「この件がお義父様の意向に背くことは承知の上です。拾っていただいた恩を仇で返すような真似になることも分かっています。……それでも、私は一刻も早く西部戦線の決着をつけたい。このまま戦線が泥沼化すれば、どれだけの死者が出るか分かりません。救える命を見殺しにはできません」


 西部戦線は能力登用主義の試金石。

 平民を中心とした編成で、西部戦線に勝利を収めれば貴族主義に一石を投じることができる。

 しかし、それは平民の勝利によってのみ認められる。

 貴族主義の究極とも言えるアイリスが西部戦線に参加していたとなれば、西部戦線は能力登用主義の試金石として機能しなくなるだろう。

 アイリスが単独で戦況を覆し得る魔術師であることは、多くの貴族達の間で周知の事実。

 西部戦線に勝ったところで、貴族主義の権威が揺らぐことはないはずだ。

 それはディアナ侯爵家にとって、好ましくない結果でもある。

 それでも、ブルーメ・ディアナはアイリスの西部戦線参戦を打診しに来た。

 能力登用主義の地位向上よりも、戦場で散る命を一つでも減らすことを選んだのだ。


「お願いします。私に力を貸してください」


 ブルーメは深く頭を下げる。

 自分の婚約者をいたぶった憎き相手でも、戦場を生きる民のためなら頭を下げる。

 そんな彼女の精神性を見下ろして、アイリスは深謀遠慮を巡らせていた。


(この娘が私個人に話をしに来たということは、やはりお父様は西部戦線に援軍を出すつもりが無い。……ここまで状況証拠が揃えば確定ね。お父様は貴族主義から能力登用主義への転換を狙っている。ウィゼルトンとの同盟を重く見てるらしいわね。別にそれは良い。三大国家に媚びを売るでも何でもすれば良い。問題は私を後継として推さないだろうこと。貴族主義からの脱却を掲げる上で、自分の子供、しかも私みたいなのをそのまま後継に選ぶとは考えにくい)


 時間にして約三秒。

 アイリスは知略を巡らせる。

 状況を読み解き、リスクリターンを計算し、枝分かれした未来を想定する。

 そして、出した答えは――――


「分かったわ。西部戦線、私も赴きましょう」


 受諾。

 アイリスはブルーメの提案を呑むことに決めた。

 アイリスがセイレンディス家の後継として宰相の座に就くには、政界に貴族主義を支持する風土が必要だ。

 宰相着任への足掛かりとして、まずは能力登用主義の試金石である西部戦線の勝利を横取りする。

 それがアイリスの決断だった。


(お父様の思い通りにはさせない。この国の宰相になるのは私だ)


 赴くは西部戦線。

 オドマリア王国が抱える最悪の戦地。


「ブルーメ・ディアナ。貴方を英雄にしてあげるわ」


 アイリスは僅かに口角を釣り上げる。

 それはまるで、悪事の計画を立てる犯罪者のようだった。


     ***


 アイリスの西部戦線行きが決まってから三日後。

 アイリス、ブルーメ、ヨネ、ノウド、ヒュノの五人はとある屋敷を訪れていた。

 屋敷の廊下をアイリスとブルーメが並んで歩き、その後ろに使用人三人が続く。


「あの、アイリス様。ここは一体何なのですか? 西部戦線に必要な武器を拾っていくと言っていましたが……」

「アルパレス侯爵家の別邸よ。聞いたことはあるでしょう?」

「はい。王国の司書アルパレス。オドマリア王国での書物と教育は、アルパレス侯爵家によって支えられています。だからこそ、武器というとイメージが湧かないのですが……」


 王国の司書とは、アルパレス侯爵家につけられた仇名のようなものだ。

 代々、書物の流通や教育機関の運営を支えてきたアルパレス家には、ぴったりの異名だと言える。

 アルパレス家が管理するのは、本によって伝えられる知識。

 武器という言葉とは正反対の印象を持つ家だけに、ブルーメは怪訝そうな顔をしていた。


「使える武器があるのよ。ちょっと使い勝手は悪いけど、使いこなせれば西部戦線でも大きな力になるわ」


 やがて、廊下の突き当りの部屋まで辿り着いたアイリス達。

 両開きの重厚な扉が行く手を阻んでいる。

 前に出たヨネが、ゆっくりとその扉を開いた。

 ギィーと音を立てて開く扉。開け放たれた先に広がっていたのは、広い図書館のような場所だった。

 二階まで吹き抜けになっており、あらゆる所に本棚が並んでいる。

 その中央に設置されたテーブル席に、彼女は座っていた。


「アレよ」


 アイリスが高級そうな椅子に腰かけた女を指差す。

 派手なマゼンタ色の髪をした女だった。血の滴った肉のように鮮やかな色の髪は、どこか毒々しい印象を受ける。

 足を組んでテーブルに乗せながら、背もたれに全体重をかけ、寝そべるようにして本を読んでいる。

 テーブルの上には、大量の本が積まれていた。


「ん?」


 アイリス達に気付いたのか、赤紫の瞳がギョロリと動いた。

 活字に釘付けだった視線を急に向けられ、ブルーメは怪物に睨まれたような錯覚を覚える。

 女は読んでいた本をテーブルに投げ捨て、椅子から立ち上がる。

 そして、アイリス達の方へと近寄ってきた。


「おーおーおー、誰かと思えばアイリスじゃんか~! そっちのはディアナん所の令嬢ちゃんでしょ。平民なんだって~。凄いよねー、平民から侯爵令嬢になるなんてさ~。あ、しかも噂通り可愛いじゃんかー、ういういー。あ、使用人共もおひさ~」


 すぐ目の前に迫った女を、ブルーメは僅かに怯えた目で見上げる。

 女性にしてはやや背の低いブルーメ。それを見下ろす程度には上背のあるアイリス。

 そして、そんなアイリスを軽く凌駕できるほどに、女は長身であった。

 すぐ近くから赤紫の視線で見下ろされ、ブルーメは背筋に嫌な寒気が走るのを感じる。

 眼前に迫った血肉のような色合いの女は、明らかに捕食者の目をしていた。


「絡むのはやめなさい、エイディーン。怖がってるでしょう」

「え~!? 怖がってないよねぇ? ねーねー?」

「はい。別に怖がっては……」

「ほらー! アイリスったらテキトー言っちゃって困るよねぇ。あたし達こんなに仲良しなのにねー」


 少し引き気味のブルーメに、エイディーンは意気揚々と肩を組む。

 ヤバい人に絡まれたブルーメは、助けを求めるような目でアイリスを見上げた。


「これはエイディーン・アルパレス。アルパレス侯爵令嬢……だったけど、頭がおかしすぎて後継争いから外れた異常者。馬鹿だけど馬鹿みたいに強いから、西部戦線には武器として持っていくわ」


 アイリスは冷めた眼のまま、淡々とエイディーンを紹介する。

 機械的に読み上げられる紹介文を聞いて、エイディーンはブルーメの肩を組んだままニヤリと笑った。


「酷いなー、アイリス。これとか武器とかさー。あたしだって人間なんだぞ~」

「自分の婚約者をボコボコにして病院送りにするような異常者を人間とは呼ばないわ。精々畜生。武器扱いしているだけ感謝してほしいものね」

「若気の至りじゃないですかー。あん時はあたしもやんちゃしてたナ~」

「今もでしょう」


 エイディーン・アルパレス。

 彼女の名前は悪い意味で、オドマリア王国に知れ渡っている。

 曰く、親に決められた縁談が気に食わなかったらしく、婚約者をボコボコにして無理矢理破談にしたのだとか。

 彼女の名を聞いたブルーメも、エイディーンにまつわる噂を思い出していた。


(エイディーン・アルパレス。アルパレス侯爵令嬢でありながら、王国でも屈指の戦士……にも関わらず、騎士団には所属しない変わり者。冒険者ギルドには登録していると聞いたけど、イカれた噂ばかりで得体が知れない。たしか、ついた仇名が――――)


 ブルーメは平民出身ながら、ディアナ家の養子となった侯爵令嬢。

 社交界にいた期間も短く、エイディーンにまつわる噂は断片的にしか聞いたことがない。

 故に、彼女が知っていたのは、その仇名だけ。


「鮮血令嬢……」

「お、なぁ~んだ。あたしんこと知ってんじゃーん。サイン書こーか?」


 赤紫の視線がブルーメの全身を撫でる。

 ブルーメは本能的に見が竦むのを感じた。


「鮮血令嬢、血染めの狂戦士。全部、これについた仇名よ。貴方がこのキ〇ガイに恐怖を覚えているのなら、それは至極真っ当な感性だわ。……エイディーン、さっさと装備持ってきなさい。もう出発するから」

「うぃーっす。斧どこに仕舞ったっけなぁ~?」


 エイディーンはアイリスに促され、自身の装備を探しに行く。

 ふらふらと歩いて行ったエイディーンを見送って、ブルーメはほっと一息吐いた。

 そのまま部屋を出て行くかに思われたエイディーンだが、ふと、扉の前で立ち止まる。

 そして、妙に朗らかな声で言った。


「『代償に支払うものは決めておけ。それ以外は払わないと強く心に決めるのだ。そうでないと、強欲な者は貴方から際限無く奪っていくだろう』。……最近気に入ってる小説の台詞でさ。今のブルーメちゃんにぴったりだと思ったんだ」


 不思議な一節だけを残して、エイディーンは今度こそ部屋を出る。

 その後ろ姿をブルーメはじっと見つめていた。

エイディーン・アルパレス(20)

アイリスの知人。知性と狂気の両方を併せ持っています。

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