イカれ女
通り魔に襲われ絶体絶命の『渚沙』だったが、突如現れた5歳児『ルナ』に助けられる。
その後殺人鬼『尋』との死闘の末、なんとか撃退することに成功。
戦いが終わり、ルナはタイムリープで助けにきたことを渚沙に告げる。
縫合針を使って自分で応急処置するルナを見ながら、渚沙は今の事態に困惑するしかなかった。
しかしタイムリープしているのは敵側も同じであり、各々恨みを持っている彼らはひっきりなしに渚沙達を襲いに来る。
目が覚めると、私は床に突っ伏していた。
……目が覚めると? なんで突然、床で寝てるんだ?
ここは、今の今までルナちゃんと話してたところだ。でも、ベッドにルナちゃんはいない。
「ルナちゃん! どこ!?」
返事はない。ふらふらと立ち上がり、部屋を出る。
どれくらい寝ていた? 相変わらず病衣のままで、スマホがない。時間も現在地もわからない。
慌てて病院の外に出る。建物の影を見る限り、太陽は少し西寄り――角度的に、今は3時~4時くらいか。
最初に病室で目が覚めた時、ルナちゃんが座っている側から日が差していた。
病院は南に窓を設置することを避ける傾向があることと、部屋代の高い個室は東側に位置することが多いこと。
そしてベッドが4つもあって少人数部屋じゃなかったことを考えると、恐らく私がいたのは西側の部屋。
そうなると窓は西か北のどちらかだが、北から日が差すことはない。
あの時から西日が入ってたとすると、私はそこまで長い時間眠っていたわけじゃないことになる。殺人鬼との戦いもあったことを考えると、長くて1時間くらいか。
5歳の女の子とはいえ、人を一人抱えて周りにバレないように移動するのは難しいはず。
徒歩の平均は時速4km、人を抱えて移動するならもう少し遅いか――そう遠くには行けないはず。せいぜい周囲2km圏内、身を隠せそうな建物。
待て、瞬間移動の能力があったら? この推測は徒労に終わるか?
考えながら、走る。歩みを止めない以外に、できることはなかった。
「ルナちゃん……」
クソ。昨日から走ってばっかりだ。私には何もないのに、相手はみんな超能力者で一方的に蹂躙してくる。どう考えても、配られた手札の差が大きすぎる。
でも、だからって諦めたら。私は人として大切なものを失ってしまう。自分の命だけじゃない。あんな小さな子供の命が、私のせいで散らされる。
「ふーっ……」
守らなくては。冷静になれ。思考を止めるな。
ルナちゃんは通り魔や殺人鬼との戦いで、わざわざ大きな日本刀を使っていた。
全長1mはある打刀。他に出してたのは、スモークグレネード、盾、バリスティックナイフ、手術用の針――"近接武器を出せる"能力。
「ハァッ、ハァッ、隠れられそうなとこのないオープンな建物……悪いことするには向かないか……」
そして殺人鬼。凄まじい威力を誇る銃を持っていたが、威力以外は何の変哲もない銃だった。……いや、デザインは妙だったが。
ついでにファッションも奇妙だったが、注目すべきは見えない貫通弾――"相手を4秒間動けなくする"銃。
「ハァーッ、ハァーッ、ここも……そこそこ人がいるな」
最後に通り魔。私に投げた鉄パイプが、"いつの間にか手元にあった"。あの血のついた鉄パイプは絶対に、私の頭をぶん殴った時のやつだ。間違いない。
鉄パイプで刀に応戦できるのも不思議だが、一旦置いておこう。そうすると共通点が見つかる。
「ゲホッゲホッ、ここも、ありえない……」
ここまで全員、全て"トリガーのある能力"を1つだけ使っている。そして恐らくだが、それを補助する別な能力がある。
殺人鬼はわからないが、"破壊されない"鉄パイプを持った通り魔と、日本刀を"使いこなす"5歳女児――"トリガーのない常在能力"。仮に、発動能力と常在能力と呼ぼうか。
この仮説を元に考えるなら、私を眠らせたのは発動能力。そして、相手の狙いは"ルナちゃんを連れ去る"こと。
それなら瞬間移動はありえない。動機はわからないが、これだけは確実だからだ――相手は1人。単独犯による誘拐。
「ヒューッ、ヒューッ、ここは……」
周囲2km圏内を見渡し、とにかく大きい場所を回って。辿り着いたのは廃工場だった。
人通りがやけに少ない。土地勘がない私でも、この辺りの近寄りがたい雰囲気を感じ取れる。近所の家をよく見ると、家の窓ガラスが割れていたり、明らかに放置された空き家が多かった。
でも、ここも違うかもしれない。今までで一番怪しいが、変に時間を使って、ルナちゃんに何かあったら。
ふと入口に目をやる。50cm程度の大きな傷がひとつ。私の肩ぐらいの高さに一本入っている。
トタンで出来たこの工場は、パッと見でも無数の傷が散見される。全体的にボロボロで、いくつか穴も開いていた。でもこの傷だけは、傷の中に錆がない。
明らかに最近つけられた傷。肩くらいの位置ということは、もしかして背負われている中で刀を振るった? 壁に傷をつけるために?
これは希望的観測でしかない。でももしも本当にそうなら。ルナちゃんは、私が助けに来ると信じている。それに応えなくて、大人は名乗れまい。
ここに着くまで、30分は走っただろうか。足にヒビ入ってギプスまでしてるのに……またルナちゃんに叱られるな。
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廃工場の中へと入る。中は巨大な機械が静かに佇み、その影が薄暗い空間に不気味な影を落としている。
薬品のような、廃油のような匂いが吐き気を誘う。
足音に注意しながら、慎重に鋼材の破片を避けて進む。呼吸が落ち着いてきて、武器もスマホもないまま、慌てて来たことを後悔し始めた。
しばらく進むと、話し声が聞こえてきた。女の子の声だ。
「ンフフ! 起きたんだぁ、私のかわいいルナちゃん」
「ふん。渚沙にコテンパンにされて能力を失って、てっきり懲りたのかと思ったんだけどね。それにあたしは、もうあの時とは違う」
「やーん何その話し方、可愛くなーい。入口でちょっと早めのお話ししようとしたら、急におっきな音出すし。変わっちゃったなあ」
突然、ルナちゃんの苦しむ声が響く。液体がこぼれるような、ビシャ、という音が聞こえてきた。
設備の隙間から、二人の様子を確認してみる。そこには鼻と口から血を流しながら、台に突っ伏しているルナちゃんがいた。
隣には、青髪ツインテールの若い女。靴で血をグリグリと踏みつけ、恍惚の表情を浮かべている。
落ち着け、ちゃんと情報を集めろ。
ルナちゃんが吐血するタイミングで、あの女は一切ルナちゃんに触れていなかったし、何かを構えるような仕草もなかった。
身長は155cmくらい。ゴスロリ服を身に纏い、足をプラプラさせながら愉快そうに話す。パンプスの裏は、血で赤黒く染まっていた。
「ねえ覚えてる? 今日って、私達が初めて会った日と同じ日なんだよ! 私がちょっと能力で脅かしたら、泣いて謝ってたよね。とっても可愛かったなあ」
「ぐ……あの時とは違うと言っただろう。あんたと会ったのは能力を得た直後……でも今は能力を十分に扱えるようになった。今ここであんたを倒してもいいんだぜ」
「ンフフフ! 強がりもかーわい! 人なんて傷つけたことない癖に。それに、こんなにいーっぱい震えちゃって……私、トラウマになれたんだぁ……♡」
ルナちゃんには悪いが、私はここで不意打ちの機会を待つしかない。
私は何の能力も持ってない。だからこそ情報を集める必要がある――集めたとしても勝率は限りなく低いが。
ごめん、待っててルナちゃん。
「ゲホッゲホッ! 相変わらず悪趣味だね。また他にもあたしみたいな女児捕まえて拷問してんのかい」
「まさか! せっかく過去に来たんだから、今回はルナちゃんだけ♡ 浮気なんてしてないんだから!」
「そいつは光栄だね。それに、あたしがここで引導を渡せば、被害者はゼロってわけだ」
「力なんて入らないのに? あーん、これはこれで可愛いお人形さんって感じかも……前より反抗的だけど、変化も受け入れないと愛とは呼べないよね♡」
また、ルナちゃんが呻く。ルナちゃんの悲痛な声が、私の耳を震わせ、脳を揺らす。
びちゃびちゃ、びちゃ。
ルナちゃんは目からも血を流し、苦しみ続ける。
「んー、ちょっと強くしすぎたかな。でも教えてあげないといけないしなあ……あなたは私のお人形さんなんだよ、って」
「う……ぐぶ……」
「キャー何そのキュートなお顔! 絶望しちゃったんだぁ、涙と血がいい感じにマッチしてるよ~!」
我慢だ。私が行ってどうにかなる問題じゃない。隙を見つけるんだ。倒す方法がわからなくても、担いで逃げるくらいはできるかもしれない。
「ねー、今どんな気持ち? 悲しい? つらい? 私はねー、とっても楽しい!」
耐えろ。私にできることはない。情報を集めるんだ。少しでも勝率を上げろ。助けるためにはそれしかない。
「えふっ、ごぼっ……」
ボロボロの台に、錆びきったハンマーとドライバーがあった。ホコリを被っているが、鈍器として使う分には申し分ない。
問題はタイミングだ。後ろを向いたタイミングで、こっそり背後から頭を……可能性は低いが、これしかない。
「…………たすけて……」
――私はハンマーを天井に投げ飛ばし、照明設備をぶち壊す。突如降ってきたガラス片に女は慌てふためき、その場を離れる。
マジに何やってんだ私は……二人とも危険になったじゃないか。
でももう、これ以上見てられなかったというのが正直なところだ。
「なッ、何よアンタ! 突然工具ぶん投げるなんて、頭おかしいんじゃないの!?」
「私の恩人をこんな風にして、楽しんでるクソヤローに言われたくないね」
ルナちゃんに背を向け、ドライバーをクソ女に向ける。コイツは絶対にぶっ飛ばす。ホームラン宣言だ。
「あー、アンタ、渚沙? 2回も私の邪魔を……いや、そっちは1回目なんだっけ」
「……なぎ、さ……」
か細い声が、私の名前を呼んだ。そうだった、まずは逃げないと。
おぶろうと屈むと、ルナちゃんはゆっくりと言葉を紡ぐ。
「……びょう、き……はな、れて……」
「へ?」
血がポタポタと滴る。
息が苦しい。
――これは、私の血だ。
「なーんだ、ホントに一般人なんだ……ピリついて損した」
目と鼻から血が止まらない。立っていられない。
「改めまして、はじめまして! 私は光藤 リアナ! 私、あなたのことがだいっきらい! 殺すね!」
突然、強烈な眠気に襲われる。隣を見ると、ルナちゃんは既に寝てしまっていた。
「ご丁寧にどうも、私は白咲渚沙。奇遇なことに、私もお前のことが大嫌いだよ……」
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「――うぐっ、ハァッ」
くぐもった男の声。抱きかかえられている?
「ルナちゃん、は……」
「なんだ、こんな時まで人の心配か。一応ここにいるが、目を覚まさねえ」
ここはまだ工場の中か。この男が逃がしてくれたのか?
「クソッ。もう動けねえ……2人も抱えて移動すんのは、流石に堪えるな……」
息を切らしながら、ガスマスクをした男はその場にへたり込んだ。
男はガスマスクを捨てる。ガスマスクのフィルターに血がつきすぎていて、ほとんど使い物にならないようだった。
「助けてくれてありがとう。あなたも未来の私と知り合いなの?」
「まあな。別に敵でも味方でもねえが、尋を殺すためには協力しなきゃならねえからな」
私がピンと来ていないことを察して、男は続けて話す。
「まだ聞いてなかったか。俺は狩浦 透、あの殺人鬼の弟だ」
変なタイミングで、あの殺人鬼の名前がわかった。
兄弟で敵対していて、兄とは無関係の戦いでも助けてくれた謎の男、透。
気になることは多いし、知らなきゃいけないことは多い。だがまずは、あの女から逃げ切らなければ。
「どこにいるの~? そろそろ動けないはずでしょ~? 早く出てきてもらえるかなぁ?」
あの女の声だ。眠気といい出血といい、恐らくアイツは症状を自在にコントロールできるんだろう。
そしてガスマスクをしてた透への感染。簡単に考えれば、病原菌がフィルターより細かいとか……いや、それなら透がガスマスクを持ってきた理由がわからない。
恐らく透はアイツの能力を知っている。その対策として持ってきたのに無効化されたということは――感染経路が変わった?
空気感染から接触感染。健康な皮膚からでも感染するようにできれば、感染者である私達を担いでいる透は確実に感染する。
「いいか渚沙、完結に言うぞ。ルナは重症化しすぎて動けねえ。アイツは感染者の位置を大まかに感知できる。能力の射程距離はざっと2km、効果時間は1時間程度だ――感染の射程である数mより外にいればな」
やはりだ。感染と病質変更の射程は別。恐らく発動能力が病質変更で、常在能力が感染。しかし、透はそんな中どうやって私達を救ったんだ?
考えてる間もなく、リアナの声が響く。
「おーい、私のお仲間さんにやられちゃうよ~! ルナちゃんさえ置いてってくれれば見逃すからさぁ~」
「仲間までいんのか。万事休すかもな」
「大丈夫、あれはフェイク」
もし仲間がいるなら、ルナちゃんを攫うついでに私は殺せばよかったはずだ。
私を殺さず、それどころか拘束すらしなかったのは、銃声のあった病院に長居できなかったから。普通に殺せば警察にバレるため、置いていくしかなかった。
ルナちゃんは殺さず、私だけ殺す。それができなかったことから察するに、病質の変更は感染後でも全員同時なのだろう。
「キャハハ! いたぁ~! ……あ? またこれ?」
リアナは明らかに焦点が合ってない状態で、その場に立ち尽くした。そして目の前が見えてないかのように、手探りで設備を探して寄り掛かる。
「逃げるぞ。視界に入れてりゃとりあえず大丈、ぶッ……!?」
突然、吐血する透。
私もだ。苦しい、血が止まらない。
そうか。私はコイツから離れてから症状が緩和し、目覚めることができた。
ルナちゃんが重症化していたのも、時間が経ったからじゃない――濃い感染源に当てられ続けたからだったのか。
「死なない程度にしとくねぇ? ルナちゃんが死んじゃったら、また新しいお人形さん探さないといけないし」
体を動かそうとすると、尋常じゃない激痛が走る。そういえば、ルナちゃんはコイツの隣で話しているだけで、一切動いていなかった。あれは、動けなかったんだ。
こんな状態で2km以上逃げるというのは、現実的じゃない。これが病質変化の能力か。
「あー、やっと見えた! 音も聞こえる! ……あれ、すごい充血だねぇ、ンフフフ!」
「発動条件がバレたか、クソ……」
イマイチピントが合わない。なるほど、透は視界に入る度にリアナの視界を阻害してたんだ。そのおかげで逃げられたが、今は条件がバレて対策された。
……そうか、リアナは聴覚も阻害されていたらしい。それなら。
「透、私に触れて。能力を使って」
「ハハッ。お前、ちゃんと俺が知ってる渚沙だな。俺の能力は説明してねえはずだが」
透はほんの少しだけ腕を動かし、託すように、私の指に触れる。
「……何するつもりか知らねえが、保って1秒だからな」
「任された」
私は足元にあった鋼材の破片を握り、立ち上がる。鋼材の両端は尖っており、ちょっとした武器になる。
リアナは少したじろぎ、後ろに下がる。
「……なーに? 能力もない一般人の癖になにかできる、とッ……!?」
私は透の指から離れ、リアナを押し倒す。そして、鋼材の破片を左胸に突き刺した。
動き出す瞬間、リアナの焦点が合ってないように見えた。透がどうにか振り絞って能力を使ってくれたんだろう、おかげでほとんど抵抗なく組み伏せられた。
しかし、浅い。直前に能力が切れたせいか、上手く力が入らない。
とんでもない激痛が、全身を襲った。
「ぐうっ……何よ! そんなんじゃ何ともないんだから……!」
私は勢いよく覆いかぶさり、自分の胸にも鋼材を刺した。
服を突き破り、血が滲む。同時に、逃げられないようにリアナを抱き込んだ。
少しずつ、少しずつ。鋼材がお互いの体に沈んでいく。
「ハッ、ハッ……ぅぐ……」
「何してんの!? あなたも死ぬ気!?」
「お前は……心臓の位置に、刺してる。私、は……胸骨で止まるように、刺してる。問題、ない」
「この……イカレ女ァ!!!」
能力の出力が上がる。痛みと出血が何十倍にも膨れ上がり、今にも痛みで意識が飛びそうになる。同時に、リアナが血涙を流し始めた。
そうか、リアナ自身が能力で病気にかからなかったのは、免疫を獲得してたからか。そしてこれは、人間の免疫じゃ耐えられないほど強い病質。
でも大丈夫。私がそれで死んでも、体の重さによって鋼材はこいつの胸に刺さり切る。
ルナちゃんは、助かる。
「どきなさいよ……ぐううぅッ!!」
ゴリゴリ、という感触が伝わってきた。肋骨は避けたつもりだったが、少し掠っていたらしい。
「死ぬ、か。やめる、か。選ん……で」
「絶対しな……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」
全力で、と言ってもほんの数ミリだが、刺さった鋼材を体ごと捻る。リアナの断末魔が響き渡った。
ただ、もうほとんど意識が薄れていて、あまり聞こえない。
「わ……わかったッわかったからッ! もうやめる! ごめんなさい! ごめんなさい! いた、いッ……!」
急に、全身の痛みが引いた。出血も止まり、朦朧としていた意識が少しずつ回復する。
私は馬乗りのまま、透とルナちゃんを見た。透がルナちゃんの脈を確認する。
「もう大丈夫だ。ルナも無事だし、ソイツはもう能力を使えない。俺達の勝ちだ」
「ふーっ……」
なんとか勝利した。でもギリギリだったし、なんなら命を落とすところだった。
私が配られた手札は弱い。オールインしようにも、大したものは持ってない。それなのに、負ければ地獄が待ってる。
でも、とにかく今は。目の前の命を守れた。
悪いのは手札運だけだ。他の運だとか勝利だとかは、自分で手繰り寄せるしかない――そうするしかないのだ。
「なんなのよぉ……一般人だって聞いたのに……私の能力はこんなに強いのにぃ」
「誰に聞いたの?」
刺さったままの鋼材を掴む。私からは引き抜いてるし、どれだけでも捻れる。
ルナちゃんにしたことを考えれば、鍵でも開けるようにやってしまいたい。
でも、ルナちゃんはそんなことを望む人じゃないか。
「ヒィ、仮面つけた変な人に……確か、尋って言ってた……」
「またあの殺人鬼か。そこまで恨みを買うようなことしたんだなあ、未来の私」
そう言いながらルナちゃんの傍まで移動し、背負おうとする。途端に足が立たなくなり、自分の体が限界であることに気付いた。
「無理すんな。アドレナリン出すぎて気付いてないだけで、お前もう死にかけなんだぜ。なんならそこで倒れてる青髪ツインテの方が軽傷だよ」
そのまま力なく倒れ込み、目を閉じる。
「後は頼むね」
「任された。……ハァ、全く」
心なしか、懐かしむような笑みを浮かべているように見えた。
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病院で目が覚める。
ナースが慌ただしく動いている――元いた病院とは違うのか。
「気がついたか? 色々ボロボロだったけど、血管と臓器が傷ついてただけだったから、すぐ退院できるってさ」
「……ルナちゃんは?」
「お前、そればっかだな……お前の隣で寝てるよ。そこのカーテン開けてみ」
医療用カーテンをどけると、そこにはルナちゃんが眠っていた。
私が安堵の溜息をつくと、透はおもむろに話し始めた。
「いいか、俺の目的は尋を止めることだ。だが、さっきの奴みたいに能力がなくなったところで止まる奴じゃねえ」
「要は殺したいってことでしょ。それで協力してほしいから、それまで死なないでほしいと」
「端的にまとめんじゃねえ! ……ハーッ、相変わらず可愛げのない女。何を伝えて何を伝えてないんだかわからなくなるよ」
今度は透が溜息をつく。失礼な奴だ――いや、先に話を遮って失礼を働いたのは私か。
「んじゃ改めて自己紹介。俺は狩浦透。クソ殺人鬼の狩浦尋の弟で、認識してる相手の五感を合計5つまで阻害できる」
「私は白咲渚沙、能力は持ってない。あなたの能力の制限は、阻害したい五感に対応した五感で認識する必要があること」
視覚なら視界に入れ、聴覚なら相手が発する音を聞き、触覚なら相手に触れる必要がある。
リアナが目と耳について言及してたこと、そしてわざわざ再発動――能力を中断していたらしいことで気付いた。
「……正確な紹介どうも。ちなみに阻害って言ってるのは、視界全部じゃなくて自分だけ認識させないってこともできるからだ。まあお前らもいて確実にバレるし、使うことはなかったけど」
「それで、協力って具体的に何したらいいの?」
「そうだな、本題に入ろう」
透は財布から、折りたたまれた新聞の切れ端を渡してきた。本文は英語で書かれており、中心には銃の写真が載っている。
見出しには銃の名前が書かれており、隕石で作られた拳銃のようだった。
「この新聞に載ってるこの銃。銃器メーカーがお遊びで作った代物なんだが――今じゃどこにも関連記事がない。噂じゃ不思議な力を持っていたから、政府が隠蔽したとかなんとか言われてる」
「えーっと、陰謀論を話しに来たの? こっちは超能力者だけでお腹いっぱいなのに、マジックアイテムって……」
「話は最後まで聞け。尋は、これを一度手に入れている……そして、お前はこの銃によって殺された」
耳を疑った。確かに、気になっていなかったわけじゃない。
タイムリープと称して敵も味方も現れたのに、どうして私の記憶はないのか。どうしてみんな現在の私に会いに来るのか。
死んでいたんだ。殺されていれば、タイムリープを通じて戻れないことにも納得がいく。
「俺達はこの銃を探して、破壊する必要がある。これは運命を殺す銃……当たるとか当たらないとかじゃない、そして尋の標的は世界……"宇宙そのもの"だ」
この世界を破壊できる銃、『宇宙の衰亡』。
「ま、待って、状況が飲み込めてない。尋はこの銃で世界を破壊しようとしてて、その銃弾で私が死んだって?」
「お前は自分の命と引き換えに、もう一つの神器を使ってタイムリープさせた。それがこれ」
透は細かいガラスの破片を取り出した。お世辞にもそんな能力を持ったものには見えない。
「効力は失っているが、元々は姿を映した者の運命を見ることができた鏡――この鏡に銃弾を撃ち込ませ、運命の崩壊と反射が起こって"バグ"が起きた」
……その結果がタイムリープ? 突拍子もない話すぎて全くついていけないが、透の目は真剣だった。
「俺達は『宇宙の衰亡』を探して破壊し、尋の思惑を止める。そのためには、お前の力が必要だ」
最近、周りの人は超能力者ばっかりだ。なのに超能力者でもなんでもない私の命を狙ったり、守ったり。
それどころか、世界を救うために協力を、とまで言うじゃないか。あまりにも荷が重い。
「――わかった。捜索のアテはあるの?」
「……話が早くて助かるよ。正直、パニック起こすとか、信じられないとかって突っぱねるかと」
「もう超能力者と2度も死闘を繰り広げてるのに、今更でしょ」
それに放っておいても世界が終わるんだし、どうせなら。少しくらい抵抗したい。
「神器は全部で3つさね。その鏡と、写真にある銃。もう一つは刀」
ルナちゃんが起き上がる。透が持ってきた果物をもしゃもしゃと食べながら、話し始めた。
「神剣『玉輪』――神器は神器でしか破壊できない。過酷な旅になるよ、渚沙」
「頑張ってみるよ。あ、ルナちゃんは学校とか大丈夫?」
「なんの心配してんだい。そもそもあたしゃ5歳だぜ、まだ義務教育すら始まってないよ」
そうだった、大人びすぎてて完全に忘れてた。まあ学校は……世界を救ってからゆっくり考えればいいか。
「腹は決まったな。じゃあまずはこの『天の河神社』だ。刀もらって、次にアメリカ行くぞ」
「それって、縁がないと辿り着けないって神社? 神器がこんなところにあるの?」
「敢えてなんじゃないかな。SPとか警備員が守ると目立つし、不思議な力が守ってくれた方がいいってことなんだろう」
ルナちゃんは知ってるような口ぶりだった。そうか、ルナちゃんはタイムリープ経験者――見たことがあるのか。
「退院したら、まずはここだ。でもパスポートも早めに作っとけよ」
能力者による犯罪を止める。それが世界を救うことになるなら、一石二鳥だ。
私達の、長いようで短い戦いが始まる。
光藤 リアナ (みつふじ りあな)
14歳 153cm 40kg
発動能力:病質調整(感染方法・症状等)
射程:2km
常在能力:感染
射程:3m
効果時間:1時間かけて消滅(発動能力の射程外に出た場合はすぐに無効化)
射程内にいる場合、無尽蔵に重篤化する
病質調整によって無毒化し、潜伏させることも可能