2.12
タイトル回収はいつになれば……
Side:ベル
喫茶店で起きたときにはもう既に辺りは夜の帳が降りていて、心配そうにガタイのいいマスターがこっちを見ていた。
その後ひと悶着というか、探しに来たエリさんとマスターがちょっとした言い争いをしていた。
マスターは「どうしてこんな幼い子に昼から寝るような重労働をさせるんだ!」と言って、エリさんは「どうしてこんな時間までこんなところに?ハッ!もしかして誘拐?」といった具合にアンジャッシュ状態がしばらく続いてしまった。
最後は皆仲良く解散したけど、喫茶店のマスターは「お金がないならうちで働いてもいいからね」って言ってくれた。
寝てたのは自業自得だから心配されるのはなんだかむず痒い。
エリさんと手をつないで帰る途中。
他愛もない話をしていた。
「なんで私がすぐに誘拐だって言ったかわかる?」
「こんな時間にあそこにいたからじゃないの?」
「それもあるけどね。それよりも人には嘘を付いたときに出る癖があるの。」
「嘘をついたときの癖?」
「そうそう。面白いことにね皆同じような癖があるの。」
「別人なのに同じ癖が出るの?」
異世界に心理学があるとは。
もしかしてそれが必要なくらいに貴族社会はどろどろだったり? やっぱり貴族にはなりたくないや。
「そう。違う環境で育った人でも、性別が違っても年齢が違っても時代が変わっても嘘をついたときとかに同じ反応をするの。」
「しかも、それが嘘を付いたときじゃなくても人には色んな癖があるから相手が何をしてるのかが分かるならすごく便利でしょ?」
「本当にそんなことが出来るの?相手が癖を知ってたらそれをわざとやったりしないの?」
日本にいたときも、心理学で人の心を読むことが部分的に出来ることは知ってたけど。逆に言えばそれは嘘を付いてますよって相手に誤解させることも可能じゃないのかなって思ったりもするんだよね。
「あっ、確かにそうね。考えたことは無かったけど相手が知ってたらそれを利用してくるかもしれないわね。」
「でしょ?相手がもしこっちがそれを知ってるのを分かってたらわざとやったりわざとやらなかったりすると思うんだ。」
癖を抑えるのは普通なら無理だけど訓練したりスキルがあれば出来るだろうしね。
戦闘や生産以外にも交渉用のスキルが必要になるかも知れないのか………
「でもそれはその時考えるくらいでいいと思うわ」
それは相手が分かっていてもいなくても変わらないってことなのか?
と、エリさんは僕が怪訝な表情を浮かべているのを見ていたずらっぽく笑いながら言う。
「だって、相手が何考えてるのかなんてわからないでしょ?」
エリさんの言葉に僕はもっと分からなくなって顔をしかめる。
「それを知るための方法なんじゃないの?」
「じゃあベルちゃんは私が何考えてるのか分かる?」
言われた僕はじっとエリさんを見つめてみる。
透き通った青い瞳に少しくすんだ金髪をウェーブさせて背中当たりまで流している姿は、美人と言われればなんとなく想像する姿形を具現化したように美しい。
これでもう三十を過ぎているっていうんだからファンタジーはすごい、と少し的外れな感想が浮かんでくる。
「どう?わかる?」
エリさんは返事を期待するような顔をして僕を見返している。
前世にいたらモテモテで高嶺の花なんだろう人物も、今僕はその人と手を繋いで一緒に家に帰ろうとしている。 それも見た目は幼女になって。
改めて考えると僕はとても数奇な運命を辿っていて、おそらくはこのまま珍しいことにいっぱい出会うだろうなと確信に似た勘がある。
「で、どう?私が考えてることは分かった?」
「返事を期待してるってことは」
「正解は明日のご飯が何かを期待してました」
当たらないよねー、普通。
「そう。普通なら当たらないの」
思考を読まれただと!?
「ふふふ、そりゃ顔に出てたら落胆してるとか驚いてるとかはわかるでしょ」
そんなに分かりやすいのか、ポーカーフェイスを出来るようにしたほうがいいのかも知れないな。
「今みたいに期待してることは分かったけど何に期待してるかは状況だったり、仕草から察しないといけないんだけど、それってどうしても自分から見たその人でしかないのよね。」
「自分が見てないところが多いほど当てるのが難しい?」
「そういうこと。 どうしても自分の中ではそれしかないって思ってても的はずれだったってことはよくあるのよ。 だから『相手の考えることは分からない』の。」
なるほどね。 推測だけで相手の気持ちを察するのは如何なものかって感じ?
そりゃあまだ全然一緒にいた期間も短いし。
あれ? でも一緒に寝たりご飯食べたりもしたから家族同然なのでは?
「他にもいっぱい教えたいことがあってね、例えばどこかに侵入しようとするときには事前の準備や情報収集が一番大切でね、どうしても出来ないならどうにかその場所をよく知ってるひとを雇ったり………」
僕は引っかかるところがあってもう一度考えてみる。
事実を並べると、数日前にエリさんに出会って、それからエリさんの家に泊めてもらって………?
何故僕は、必要も無いのにエリさんの家に泊まってる?
僕は瞬間背筋に冷たいものが走った。
―――なぜ僕は出会って数日の人を信頼している?
僕がエリさんに出会ったのは数日前だ。
それなのに何故同じベッドで寝ることを許容している? メルが誘拐されてから他人には気をつけていたはずだ。
なのに、何故?
家族も同然? 出会って数日でそんなに思えるほど濃い経験もしていない筈だ。
どう解釈しようと不自然極まりない。
僕は意味不明な状況に震えながらもう一度エリさんの顔を見てみる。
「どうしたの? ひどい顔して、手も冷たいし震えてる。 あの喫茶店で何があったの?」
エリさんは当然のように心配してくれる。
そうだ。 ここまでの数日間も悪いわけじゃ無かった。
エリさんは良い人でいつも僕の心配をしていて、僕のために動いてくれたこともあった。
―――それが僕の思考を妨げる
いっそ雑な扱いをされているのに信頼しているなら楽だった。
きっと、魔法を使って精神をいじられていたんだろう。
でも、精神をいじられているにしては扱いが良すぎる。
エリさんの僕への態度はどこまで行っても身近な子供への善意しかなかった。
なのに僕は度を超えた感情でエリさんを信頼していた。
エリさんは繋いでいた手を離して、目線を合わせたまま僕の肩を揺すってくる。
「ねぇ!ちゃんと返事をして!大丈夫なの?!」
そうだ。
どう考えても分からないなら聞いてみれば良い。
それで善人の仮面を剥がすなら、それで終わりだ。
そうじゃなければこの状況も説明してくれるだろう。
「………エリさん?」
「うん、どうしたの?」
エリさんの顔は心配のせいか眉にシワが寄っている。
この顔が嘘だとしたら僕はもう人を信じられないかも知れない。
「どうして僕は家族から離れてエリさんのところに居るの?」
「えっ……」
そう聞いたときのエリさんの顔はひどいもので、表情が抜け落ちたかと思えば今度は真っ青になって口を手で覆っている。
僕もさっきまではこんな顔をしていたんだろう。
「ねぇ?どうして?」
それでも僕はまだ追い打ちをかけなければいけない。
まだ演技をしているだけかもしれないし、既にこの反応で僕に何かをした事は確定だ。
このときにはもう、エリさんへの信頼など消えていたんだと思う。
「そ、それは……」
「知ってるんでしょ?答えてよ!」
このときの僕には冷静さなんてものは無く。
ただ優しかったお姉さんに裏切られたことだけがひどく感情を揺さぶっていた。
しばらくうつむいたあと、エリさんは僕に向かって無表情にこう告げた。
「それは答えられない」
その答えを聞いて僕は思った。
もう既に今まで通りの生活には戻れないんだと。
取り返しのつかないことをしてしまった罪悪感で泣き出しそうになるけど、こうしないと僕はいつしか洗脳されていたと考えるとどうしようも無かった。
そんな僕を見たあと、エリさんは冷たい無表情でまだ僕の肩に乗っていた手を外し、僕から離れていった。
なんだかとても大切なものを失った気がして、『それ』は僕を離れていく背に手を伸ばさせようとするけど、『それ』が本物の僕の感情なのか洗脳された偽りの感情なのか判断がつかないままエリさんは見えなくなってしまった。
それでも最後に見たエリさんの姿は洗脳されたせいなのか、手を伸ばしたくなるくらいに寂しく映った。
エリさん………




