四話
時は放課後。
今日は金曜日。
そして何故かアルの家にお泊りに行くことになった日だ。
明日は学園が休みの日なので問題ない。外泊届も出した。
アルに馬車の停留所で待つように言われていたので、私は木陰にあるベンチに腰掛けながら本を読み待っていた。
アルっぽい声が聞こえてきたので私は本を片付け話声が聞こえた方を見た。
アルと見知らぬ令嬢が歩いてくるの見える。
見知らぬ令嬢はアルの腕に自分の腕を絡ませている。
堂々と浮気とはアルもやるようになったなぁと感心してしまった。
婚約を破棄する日も近いだろう。
そんな事を思いながらぼーっと二人を見ていたらついに目の前にやってきた。
「もう、着いたからいいだろう。いい加減手を離してくれないかな。」
アルはそう見知らぬ令嬢に言った。
あんなに優しい物言いが出来たとは驚きだ。
私の前でもそう言う話し方をしてくれたらいいものを。
私に向かってあれを言ったらおそらく、“おい、離せ!”になるだろう。
見知らぬ令嬢は渋々といった形で腕を離した。
そして何故か私を睨みつけてこう言った。
「いい加減。アル様と婚約破棄してくださいませんか。アル様を縛るなんて可哀そうです。」
アルを縛った覚えなど一度もないのだが。
身内や本当に親しい人以外にアルが愛称で呼ばせるとは珍しいこともある。
これはいよいよ本格的に婚約破棄の事を考えねばならないな。
私は何も答えずにただ令嬢を見返した。
見知らぬご令嬢は、ウェーブのかかったピンクブロンドの髪に翡翠の瞳をしている。
目が大きくくりくりとしていて顔も幼いためまるで小動物のようだ。
黙っていれば大変可愛らしいだろう。
目の前の彼女を見て思い出したのだが、今噂のなんたら男爵令嬢だ。
名前は忘れた。
自分には関係ないことだと思い適当に話を聞いていたのもあるが、あまり名前を覚えるのは得意ではないのもある。
彼女は男爵に引き取られるまで平民として暮らしいたらしい。貴族になったもの最近だという。
この学園にしては珍しい途中から入学してきた編入生だ。
そして彼女には上位貴族や王子にすり寄っているという噂がある。
貴族らしからぬ行動と天真爛漫な所が受けたのか宰相の息子や王子などの上位貴族の方に仲良くしてもらっているらしい。
まるで娼婦のようだと誰かが噂していたのを聞いたことがある。
あまりにも振る舞いがひどいので見かねたどこかの親切なご令嬢が注意したらいじめられたと騒いでいたのを見たことがある。
それからは触らぬ神に祟りなしで皆近づかないようにしているため、編入してきて1か月と経たぬうちにボッチとなってしまった噂の令嬢だ。
自業自得としか言いようがない。
そんなご令嬢に絡まれるとは厄日だろうか。
そう思うと朝からついていなかったような気さえしてくる。
「何か言ったらどうなの。」
目の前のなんたら男爵令嬢はそう言って怒った。
そんなことでいちいち怒りはしないが、爵位の低い令嬢が高い令嬢に顔見知りでもないのに声をかけるのはマナー違反である。
緊急時やどうしてもな用事がある時は、ご無礼をお許しくださいなどの言葉を付けてから話し出すものである。
ここは学園なのでその辺はまだゆるいが唐突に睨みつけて敬語も無しに話し出すのは無礼以外に何物でもない。
彼女は男爵令嬢で、私は伯爵令嬢である。
私の方が爵位が上なのは明らかだ。そして私の方が年上で先輩なのにも関わらずタメ語で話した。
我が学園はネクタイの色で学年が分かるようになっているので一目瞭然である。
流石にこれは私もイラっときた。
が、ここで感情的になっても仕方がない。
「婚約はお父様たちが決めたことなので何とも言えませんわ。
私は全然破棄しても構いませんが、そこは双方の両親に相談してみないと何とも言えませんわね。
それと、貴女噂では学業の方は成績優秀らしですけれどもマナーのお勉強をもっとされた方がよろしくってよ。」
冷ややかに睨みつけながらそう言った。
さながら娯楽本に出てくる悪役令嬢のようだ。
そうそう彼女が途中で編入できたのも学業が素晴らしくできたからだ。
よってマナーにはまだ不安があるがそれは学園で身に着ければいいだろうと考え元らしい。
先生方や男爵が考えたようにはいかなかったようだ。
「なっ!!ひどい!!」
そう言って嘘泣きを始めた。
面倒な女だな。無視してどこかへ行きたいところだが、今日はアルの家の馬車で帰るので動けない。
そんなときに一台の馬車が私たちの近くで止まった。
「遅い!!」
そうアルが言うと従者は道が混んでおりましてと申し訳なさそうに謝った。
存在を若干忘れかけていたアルはいつの間にか私の隣に来ていた。驚きである。
「行くぞ。」
そう言って私の手を取り、エスコートするかのように歩き出した。
数歩、歩いたところで何かを思い出したかのように突然止まり、男爵令嬢の方を振り向いた。
「そうだ。迷惑なので俺に付きまとうのはやめてください。
それと俺は貴女にアルと呼ぶことを許した覚えはありませんよ。以後気を付けてください。」
にっこりと笑ってアルはそう言い前に向き直ると再び歩き出した。
馬車の中でアルは一言も話さなかった。
何故か不機嫌そうに黙ったままである。
何か機嫌を損ねることをしただろうか。
「アル、どうかしたの?」
アルは私をジトっとひと睨みすると。
「お前さっき婚約破棄しても構わないと言っただろう」
そんなこと言っただろうか。言ったような気もするし言っていない気もする。
さっきは怒りに任せて適当に言ったのであまり自分の発言内容を覚えていない。
ここは適当に誤魔化しておこう。
「そんな事いったかしら?」
「言った!」
言ったそうだ。
それがどうしたのだろう。全く意味が分からない。
「それがどうしたの?」
「俺はお前が何と言おうと婚約破棄はしないからな。」
そう言ってアルはそっぽを向いてしまった。
何がなんだかよくわからないがとりあえず拗ねていることだけは理解できた。
面倒なので私としてはこのまま放置したいが放置すると余計に拗ねて面倒なことになるので、頑張って煽てて機嫌を直してもらおう。
今日は道が何故か混んでるらしくアルの屋敷に着くまでには時間がかかりそうだ。
屋敷に着くまでに機嫌を直してくれるといいが。
私の今日の災難はまだまだ続きそうである。
読んでくださった方ありがとうございました。