対峙する両雄
城内に魔物の軍勢がなだれ込み、ドミディ城は完全に崩落するかに思われた。
指揮を取り恐慌状態に陥っている兵士たちを鼓舞すべき王の姿はなく、主要戦力であるはずの傭兵たちも応援に駆け付けないのだから、最早必然の運命だといえる。
だがそんな最悪な状況の中でも一縷の希望足り得る存在、天空騎士シルアが孤軍奮闘、獅子奮迅の活躍を見せ、ぎりぎりのところでドミディ城の戦線を支えていた。
戦線を支えるといっても、人間側に残された城内の侵攻されていない場所といえば、玉座の間とそこへ通じる長い一本道の廊下のみである。
そこだけ無事な理由は、当然廊下の入り口にてシルアがその圧倒的勇猛を奮っているからだ。
「ど、何処に行っておったのだ!? ば、馬鹿者が! 城を魔物にくれたやるつもりか!?」
城門が破られた際、我先にと玉座の間の奥隅に隠れた宰相は闘っているシルアのもとに駆け寄ると、あろうことか暴言を吐いた。
シルアの双剣が切り飛ばした髑髏の騎士の首が宰相の足元に落ちると、情けない声を上げてその場にへたり込む。
「国王はどこにいる?」
そんな宰相には一瞥もくれず、普段より幾分強い口調で訊ねるシルアは明らかに苛立ちと焦りを募らせていた。
「し、知らぬ! 儂だって陛下を探しているのだが、城のどこを探しても居らぬのだ!」
シルアは舌打ちをする。
シルア自身魔物の襲来を知ったとほぼ同時に国王ミハエルを探したのだ。城内ならば探してない場所はないはず。
「も、もしや……」
はっと何かを思い出した様子の宰相。
「心当たりが?」
「あ、ああ、陛下以外の者は踏み入ることを許されぬ立入禁止の場所がある。あるいはそこに」
「案内してください!」
「案内だと!? 魔物に囲まれたこの状況でどうやって!?」
「斬り抜けます」
言うやいなやシルアは押し寄せる魔物を素早い身のこなしと疾風の如く剣速で斬り払っていく。
髑髏の騎士が剣や槍を振りかぶれば、その時点でその髑髏首は斬り飛ばされ、髑髏僧正が魔法の詠唱を始めようと印を結べば、それもその瞬間に頭を斬り飛ばす。
宰相の鈍足に付き合う形になり、次から次に魔物が襲い掛かってくるが、その都度魔物たちは何もすることができず浄化されていくのだ。
やがてドミディ城一階、北の端にある階段の裏にある怪しい秘密通路にやってきた。
「こ、ここが、はあっ、陛下のみ、はあっはあっ、入れる秘密の場所だ」
ここまで来れば息を切らせる宰相に構わず動ける。
シルアは一目散にその通路を駆けた。後ろから宰相の静止の声と、鈍重な足音がついてくるが一切無視して先へと進んで行く。
冷たい空気が蔓延した空間で、奥からは魔のオーラが薄っすらと漂っているのがわかる。
通路の奥にある鉄扉までたどり着き勢い良く開け放ったシルアはそこにあった光景に顔を顰める。
四角い小さな部屋の中央に豪華な肩当てをあしらった真紅のマントが落ちているのだ。見覚えのあるそのマントは間違いなく国王ミハエル・アルフレッドのもの。
この状況から導かれる答えとして近しいものを思案すると、国王ミハエルは既にこの世になく、死ぬ前にこの場所で魔神軍の手の者と密会した。
内容は定かではないが、相互に利益ある話だったのだろう。しかし、騙し討ちに遭ったか何かしらの理由でミハエルは死んだ。
それならば精霊神アテナの結界が張られているはずの王都圏に突然魔物が襲来した理由も説明がつく。
魔神軍との取引の為、結界を解除したのはミハエル本人だったわけだ。ドミディ王国をラー大陸屈指の強国に押し上げる為、あろうことか魔神軍と手を結ぼうとしたのだろうが、皮肉にもその行いがドミディ王国を滅亡させることになろうとは。因果応報とは正にこの事。
「ぜいっ、ぜいっ、こ、このお召し物は陛下の物では!?」
「そうです。ミハエルはもうこの世にはいない。そして、今この状況を作り出したのも国王だったというわけです」
「き、貴様! 陛下を呼び捨てにするなどっ!」
「もういいでしょう。死んだ人間に敬意を払う振りを続ける必要はありません。僕としても手抜かりでした。ミハエルが既に魔神軍の者と接触していたとは」
「い、一体どうすればよいのだ!? 陛下が居らねばこの国を統べれる者など」
「僕はこの国の行く末など興味はありません。ただ、ミハエルを殺した張本人。恐らく今回襲撃した魔神軍の首領に当たる者を殺さねばなりません」
「ほう。お前が俺を倒すというのか?」
不意に響く第三者の声に、宰相は酷く驚いて狭い部屋の中を見渡す。シルアは正面を睨み据えると、そこに黒い螺旋が渦巻き、その中から黒の甲冑に全身を包んだ騎士が現れた。
「お前がドミディ王国襲撃の黒幕か?」
「如何にも。俺の名はガルヴォロス。魔神軍六軍団が一角、死霊軍団を束ねる者だ」
「僕はシルア。天空世界の神々より特命を受け、ラー大陸に降り立った天空騎士です。念のために聞いておきますが、国王ミハエルを亡きものにしたのはガルヴォロス、お前だな?」
鋭い口調と丁寧な言葉遣いがない混ぜになりながら、シルアがガルヴォロスに問いただすと、ガルヴォロスは鉄仮面越しにくぐもった笑い声を発する。
「ふっふっふ、俺が殺したと言うと語弊があるが、そうだと答えておこう。最も、俺は力を欲したアルフレッドの願いを聞き入れ、アルフレッド自身にそれに耐え得る資格がなかったに過ぎぬがな」
「そ、そんな、陛下が……」
へなへなと腰が砕ける宰相にガルヴォロスはせせら笑う。
「一つ付け加えてやると国王アルフレッドは死んだが、その成れの果てなら生きているぞ? 全てを喰らい尽くす怪物貪喰竜としてな。ふっ、慰めにならぬか」
「それで」
そんなことはどうでもいいと言わんばかりのシルアが話の腰を折る。
「ミハエルから神器についての情報は得たのか?」
「ふっ、やはり気に掛かるはそこか。それも当然だな。お前たち天空騎士たちが神々より授かった命令というのが神器の確保であろう? ましてや魔神軍にそれを渡すことなど言語道断、といったところか」
シルアはガルヴォロスを睨み据えたまま微動だにしないが、その両手には双剣がしっかり握られている。
その両の手に視線を落としたガルヴォロスは、再びくぐもった笑い声を上げた。
「ふっふっふ。俺を殺したくて仕方がないようだな。そうこなくては面白くない。俺もこうしてお前を待っていたわけだ。手土産にお前の首を一ついただこうと思ってな」
ガルヴォロスの言葉を聞き、シルアの口元に笑みが走る。
「何を笑う?」
問うガルヴォロスにシルアはこれから死闘を演じる者とは到底思えないほどの柔和な笑みを返した。
「後悔しますよ。大人しくお家に帰っておけば、ってね。だってお前はここで僕に殺され何も果たせず無駄死にすることになるのだから」
シルアの双剣が手元でくるくると回される。
「ふっ、言ってくれるな、シルア」
ガルヴォロスも得物である槍を構えた。
張り詰めた空気の中、死霊軍団長【不死身の黒騎士ガルヴォロス】と天空騎士【双剣のシルア】の闘いが幕を開けようとしていた。




