泡沫の夢
六畳ほどしかない狭い部屋で対峙するシルアとガルヴォロスを見て、宰相は思うのだった。
こんな狭い所で闘えるはずがない。闘うのなら城外へ出るはず。そして自分自身はこの秘密の部屋に隠れていれば、魔物にも見つからずやり過ごすことができるかもしれない。
生存への淡い期待が膨らんだ瞬間、その薄っぺらな期待の泡は弾けた。
双剣を回して弄んでいたシルアが突然ガルヴォロスに襲い掛かったのだ。
驚いた宰相だったが、意表を突かれたのはガルヴォロスも同じだった。
間合いに入り込み、変幻自在に振るわれるシルアの双剣はあらゆる角度からガルヴォロスを襲う。防ごうと振るわれた槍の一撃を躱してしまえば、あとは一方的にシルアの攻撃が続くのだ。間合いに入った上に、この空間では間合いを離すこともできない。ガルヴォロスは急所を守るように腕を体の前面で交差させ、頭を低くして亀のように丸まった。
それでもシルアの双剣は容赦なく黒い甲冑の上から斬撃を浴びせ、闘いが始まって刹那の間にガルヴォロスの甲冑のあちこちにヒビが入る。
シルアはただ正面から斬り付けているのではなく、その小柄な身体を俊敏に動かし、上下左右正面背後とあらゆる角度から自在に攻撃しているのだ。
宰相にはシルアの実体すら追えず、陽炎のような揺らめく残像が目にも止まらぬ速さで部屋中を駆け巡る。
「見た目通り遅いですね」
シルアの涼し気な声が響く。
部屋の隅で震えていた宰相はシルアのあまりの強さに驚愕し、そして弾けた希望が再び膨らみだした。
強い! 強すぎるぞ、シルア! 思えば訳のわからぬ天空騎士などとほざき、陛下に取り立ててもらった道化師だと決め付けていたが、いやはや! この分ならあっさりとこの黒騎士を倒し、残る魔物も殲滅しこの国を救ってくれそうだ。
陛下は亡くなり多くの貴族、正規兵が死んでしまったが儂は生きている! 陛下にはご子息も兄弟も居らなんだから、次期国王には宰相である儂がなったからといって何ら不思議ではない。シルアを側近に加え、傾いた国を建て直した儂は英雄となり伝説の王として君臨するのだ。この儂、アンドリュー・ギブ……。
「ふんっはあっ!!!!」
夢見心地でいた宰相は、突然の叫び声に驚き後頭部を背後の壁に強打した。すると視界が不自然に傾き仰向けに倒れゆくのがわかる。
なんだこれは? 壁が崩れたのか?
ガルヴォロスは内に溜め込んだ暗黒闘気を放出し、その波動は衝撃波となってその狭い空間に広がった。その威力は部屋そのものを破壊することなど造作もないほど。
「あ」
宰相は崩れた壁の上に寝そべりながら、見上げる頭上から夥しい量の瓦礫が降ってくる光景を目の当たりにした。
「あああああああぁぁぁぁぁっっ!!!!」
宰相の断末魔の叫びは瓦礫の下に閉じ込められ、途中からぱったりと聞こえなくなってしまった。それもそのはず。部屋があったドミディ城北の端に当たる部分は完全に崩落し潰れているのだから。王となる夢は自らの命とともに儚く散ったのだった。
一方で崩れ落ちた秘密の部屋から、瓦礫の山を空高く吹き飛ばしガルヴォロスが現れると、視線を上げ不敵に笑う。
「ふっ、お前は埋まりすらせぬか、シルアよ」
シルアは積み上がった瓦礫の一番上でガルヴォロスが出てくるのを待っていた。
ガルヴォロスが暗黒闘気を放出する気配を察したシルアは素早く離れると、崩れゆく瓦礫を次々に蹴り上空へ駆けると、そのまま城外までの突き抜けたのだ。
「あんな狭い所じゃ本気を出せなかったようですね。 ここなら思う存分闘えるでしょう」
「舐めた口を利く小僧だが、お前は確かに強い。全力を以て相手をしよう」
「そうこなくては、相手になりませんよ」
「いくぞ……」
鉄仮面の奥の紅い瞳がぎらりと光った。シルアの穏やかな目も鋭く釣り上がる。
両雄が同時に足場を蹴った。




