天空からの使徒
この物語りの主軸となるもう一つの主人公グループの登場です。
飛びかかった魔物たちが、悲鳴を上げて一斉に弾き飛ばされた。
どこからともなく現れた銀髪の少年が、魔物たちと同じ高さに飛翔。四方八方にナイフを放ち、その全てを命中させたのだ。
さらにそのナイフにはマナが込められており、命中した魔物の胸の部分には等しく風穴が空けられている。
包囲の外から続々と集まってきていた魔物たちは、赤髪の青年の光り輝く剣から放たれた、衝撃波で蹴散らされる。
さらに魔道士のローブを纏った、桃色の長髪が特徴的な美女は、ユリアが放った緑色の突風をさらに巨大化させたものを放った。
突風で吹き飛ばされた魔物たちは、身体をずたずたに引き裂かれた上で、一箇所に纏められて落下する。
そして、ヨハンの正面に立った青髪の精悍な青年。
その青年が空に向かって腕を伸ばすと、指し示された一点に突然雷雲が湧く。
勢いよく振り下ろされた腕と同時に、眩い黄金の雷が轟き、魔物たちを撃ち抜いた。
轟音が爆裂し、黒焦げのバラバラになった肉塊が四散する。
後には落雷によってできた大穴だけが残り、魔物たちの炭化した身体は風に巻かれて飛ばされ、痕跡すら残らなかった。
彼らが現れて、魔物たちが殲滅するまで数瞬の出来事。
その一部始終を離れた上空から見ていたオルフェリアは、苦虫を噛み潰したような表情で舌打ちをした。
エルザエヴォスがなぜ思念を強く残して行ったのか、これで合点がいく。
とどめを刺すのに遊びを入れすぎたことをここで後悔した。
「そちらも本腰を入れたってわけね。いいわ、今回は引いてあげるけど、次はないわよ」
そう吐き捨てると、妖艶な魔女は一瞬で姿を消した。
後には多数の蝙蝠が羽音を残し、西の方角へ飛び去っていった。
「グレン、魔物を率いていた女は?」
青髪の男が西の方角を凝視している赤髪の男、グレンに問う。
グレンと呼ばれた男は、剣を鞘に収めながら「逃した」と、短く答えた。
「下ろしなさい」
魔道士と思しき女が、ヨハンに促す。
言われるがままパウルを濡れた地面に横たえると、女は腹部の傷口を確認し、手を添えた。添えられた手からは淡い白色の光が煌めき、驚くべきことに、その光を浴びた腹部の傷がみるみる癒えていく。
大量に血を流したことで、土気色になっていた顔にも赤みが戻った。
その神秘の力を目の当たりにしたパウルは、閉じられた傷口を撫でたかと思うと、弾かれたように女に縋り付く。
泥で汚れた手で、肩に掴みかかった。
「あんた、その力で母さんを、母さんを助けてくれ! ほらっ、そこに」
「無駄よ」
短く告げられた無情な言葉に一瞬パウルの切迫した表情が抜け落ちた。
だが、すぐにやるせなさや、懇願、憤りがない混ぜになった表情を浮かべ、肩を掴む手に力が入る。
「何でだよ!? いいから試してくれよ! 無駄かなんてわからねえだろ! 試せよ!」
女は捲し立てるパウルの顔を突然両手で覆った。
鼻の頭が触れるほどに顔を近付け、パウルの目をじっと見つめる。
予期せぬ女の行動にパウルは息を呑み、掴んでいた肩も離し、気圧されながら見つめ返した。
「回復魔法は肉体の治癒能力を異常促進させているだけ。死人に回復魔法は、根のない植物に水を与えるようなものなのよ」
そう言うと、女は顔から手を離しすくっと立ち上がる。
パウルは目に涙を浮かべ、唇が破けるほど強く、強く噛み締めた。
地面についた両手を泥と一緒に握り締め、腹の底から呻き声を上げる。
その呻きは号泣の叫びとなり、泥濘んだ地面に何度も、何度も頭を叩き付けた。
激しい雨は、まるで止むことを忘れたように降り続け、さながらパウルとともに空も泣いているようだった。
「とりあえず建物の中に入ろうか。お前らも聞きたい事があるだろうからな」
青髪の男がヨハンの家を指し示し言う。
エルザエヴォスの正体。村を襲った女。突然村が襲われた理由。そして、なぜ自分たちが選ばれし勇者なのか。
憔悴した頭でも疑問は次々に沸いてくる。ヨハンは正面に並ぶ四人を睨み据えた。
「ああ、質問には全て答えてもらうぞ」
「もちろん、可能な限りはな」
七人はヨハンの家へ向かった。