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ハーキュリーズの村防衛戦

 馬蹄が疾駆する音が暗い夜道に響く。

 ヨハンたちだ。

 いつの間にか冷たい雨が降り出し、全身びしょ濡れになりながらの全速力での移動。

 人馬ともに過酷な移動ではあるが、休憩を挟むわけにはいかない。

  

 ガレスを襲い、魔物を引き連れていたという女。

 その女が訊ねた黒衣のローブを纏った人物とは、おそらくエルザエヴォスだろう。

 狙いはエルザエヴォス本人か、或いはエルザエヴォスが接触した人物、つまりヨハンたちということも考えられる。

 ハーキュリーズの村に魔物たちと女が到着したとて、ヨハンたちはそこにはいない。

 だがそれをよしと無視するわけには当然いかないのだ。

 問答無用にガレスを殺そうとする女だ。罪もなく、用もない村人といえど、しらみ潰しに殺戮を始めるかもしれない。

 守ると決めた故郷をそんな目には決してあわせない!

 三人は祈る思いで故郷へ急行していた。




「この辺りに現れたようね」

 

 魔物の軍団を引き連れた女、オルフェリアは唇をにっと歪めた。

 エルザエヴォスの思念が最も強く残っているのが、今オルフェリアが浮いている足元の草原だ。

 この地でエルザエヴォスが何者かと接触したのは明白。

 そして、わざわざそのような行動を取った理由も一つしかない。


「勇者に成り得る人物は見付かったのかしら? でもあなたらしくないミスね。思念をこんなに強く残していたら見つけて下さいって言っているようなものよ」


 オルフェリアは不敵に笑いながら辺りを見渡し、ある場所に目が留まる。

 一切の明かりが点いていないが、頑丈そうな木々で囲われた村がそこにはあった。


「勇者がいるのはあそこかしら」

 

冷徹に響く一言を発し、オルフェリアの合図が下された。

 



 激しさを増す雨の中、ヨハンたちの速度は緩むことなく、村への道を突き進む。

 馬たちの呼吸も苦しそうだが、三人はもう少し頑張ってくれと、励ましながら懸命に馬を追っている。

 ハーキュリーズの村へ続く上り坂を駆け上がり、ついにヴィデトの塔へ出発した時に世界を見渡した丘までやってきた。

 ここまでくればハーキュリーズの村は目と鼻の先だ。


「もうひと踏ん張りだ。頼むぞ!」


 愛馬を叱咤するヨハン。

 それに応えるように懸命に脚を伸ばす馬たち。

 はねる泥に体中を汚されながらも、優駿たちは主人の想いを裏切ることなく、持てる力を出し尽くしてくれている。

 もう間もなく、間もなく故郷の村が見えてくる。


「村は、村は大丈夫だよな!?」

 

 パウルが不安と焦燥に染まった声をあげる。

 そう信じたいが、その思いを否定するかのように、大量の魔物たちの足跡が同一方向へ向かっているのだ。


「俺達が村を守るんだ! パウル、お前も全力で戦え!」


「お前に言われなくたってそのつもりだ!」


 決意の表情のパウルに闘うことへの恐れはない。

 パウルが恐れるのは何よりも大事な村や家族の命が脅かされることだ。


「私も闘うわ!」


 ユリアも同じ気持ちだ。

 マナを使いこなせなければ、剣を握ってでも闘う覚悟がある。

 真っ暗闇の中、遠くに塀に囲われた村が見えてきた。

 近づくにつれ、魔物たちの咆哮も聞こえる。

 やはり村は襲撃されていた。

 事態は一刻、一瞬を争う!

 

 頑丈な村の防御柵を破壊しようとする魔物たちを見て、ヨハンはしめた、と思った。


「まだ村は無事だ! 中に入られていない、間に合うぞ!」

 

 ヨハンはツヴァイハンダーを抜き、剣と自身にマナを纏わせた。

 大丈夫、次元の狭間でマナを扱った感覚は確かに残っている。

 騎馬したまま群がる魔物たちに単騎突撃するヨハン。

 降りしきる雨音に足音はかき消され、背後からやってきたヨハンに魔物たちは全く気付いていない。


「うおおおぉっ!」

 

 気合の雄叫びを上げながら斬り掛かり、防御柵を遠巻きに囲っていた魔物の一団をなで斬りにするヨハン。 

 やはりマナを纏った剣撃の威力は絶大で、鬼獣オーガたちの分厚い体躯も一撃で真っ二つとなる。

 

 急襲されたことに気が付いた魔物たち。

 防御柵の破壊に参加していない魔物たちは一斉にヨハンに襲い掛かってきた。

 愛馬を遠くに避難させ、ヨハンは四方八方から襲い来る魔物たちを迎え撃つ。

 軽い身のこなしで鬼獣オーガの攻撃を躱して斬り付け、同時に襲い掛かられても消える様な速さで躱して、同士討ちを誘う。

 ヨハンは包囲を突破し、防御柵に群がる魔物たちに攻撃の目を移した。

 ここを守り切れば村が蹂躙されることはない。

 ヨハンは次々に魔物を退けていった。

 

 一方、ヨハンを包囲から逃した魔物の一団は目標をパウルとユリアに定めたようだ。

 二匹の鬼獣オーガ、三匹の地獄草ヘルプラントの計五体。

 二人で相手にするのは厳しいが、せっかく村から離れた魔物たちを引き付けないわけにはいかない。


「ユリア、ぎりぎりまであいつらを近づけて、そこから二人逆方向に逃げよう。うまいこと分散してくれれば、一匹、二匹ずつなら俺でも仕留められるかもしれねえ」


「わかったわ。でもちょっと待って」

 

 ユリアがマナをその身に集め、魔法力を高める。

 パウルにマナは見えていないが、ユリアの集中する姿を見て、何をしようとしているのかはわかった。

 ユリア自身、こうして魔法を意識的に使うのは初めてだ。

 上手くいくか定かではないが、大切な村を守る為、今は何としても成功させなければならない。

 

 やがて、ユリアのふんわりと巻かれた髪が逆立ち、美しい紺碧こんぺきの瞳から放たれる眼差しも力強さを増す。

 魔物たちとの距離もかなり縮まり、ユリアが右手をかざす。


「風よ吹き荒れ、邪悪なる者を穿て!」

 

 集束されたマナは緑色の突風を生み出し、術者の意思通り標的に向かって吹き荒れる。

 突風は五頭の竜が如く、五つの螺旋に分かれ、それぞれが魔物に襲い掛かった。

 ディエゴに致命傷を与えた時同様、鋭いランスを思わせる螺旋風が魔物たちを穿ち、同時に起こる竜巻がさらに追い打ちをかける。

 強力な遠心力により身体をズタズタに切り裂かれる鬼獣オーガ地獄草ヘルプラント

 特に地獄草ヘルプラントに効果は抜群だったようで、バラバラに切り裂かれた地獄草ヘルプラントは三匹揃って消滅した。 


 魔法を使えた! 意識して放った魔法が上手くいったことにユリアはよし、と拳を握り締めた。 

 だが多少の加減をしたとはいえ、大量のマナを使用した代償に副作用の目眩を覚える。

 それでも動けなくなるほどではないというのは、大きな進歩だ。


「ナイスだユリア! 手負い二匹なら俺に任せろ! 逃げる必要がなくなったぜ!」


 躍り出たパウルはロングソードを鬼獣オーガの首を叩き落とす勢いで振るった。

 重傷の鬼獣オーガは最早反応することすらできず一撃で首を落とされた。 

 しかしその間にもう一匹の鬼獣オーガは立ち上がり、斧を振るいパウルを攻撃する。

 反応したパウルは力強く剣で受け止めようとしたが、腕力の差は歴然としており、防いだ剣を跳ね上げられてしまう。

 その隙を狙い更に斧を振るおうとした鬼獣オーガだが、背後から騎乗したユリアがレイピアで斬り付け、動きが鈍ったところを、パウルがロングソードを心臓に突き立てた。

 青い血を盛大に口から吐き出し、鬼獣オーガは倒れ伏し絶命した。

 

 決して弱い魔物ではないはずだが、瞬く間に五匹もの魔物を討ち取ることに成功する。

 今のパウルとユリアは一介の冒険者などよりも確かな実力を付けつつある。


「助かったぜ、ユリア。さあ、休んでいられねえ。急いでヨハンの助太刀に行こうぜ! みんなを守るんだ!」


「ええ!」

 

 一方のヨハンは門前で固まっていた魔物をことごとく倒し、残る魔物は僅かとなっていた。 

 もう村は大丈夫! だが、ガレスを襲ったという女は一体どこに?

 魔物の討伐が一段落し、件の女を探そうと辺りを見渡した刹那、西の方角から爆音が轟き、続いて燃え上がる炎が暗い空を橙色に染めた。

 

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