8・秘宝を探し出せ!(前編)
サク……。
サクサク……。
サクサクサク……。
「なあ、クロエ。サッキーが好きなのは分かったが、授業中は我慢しないか?」
俺は目の前の少女に向かって話しかける。
黒い髪を後ろで結んでいる、可愛らしい女の子である。
感情に乏しい顔は、喋らないお人形さんのように見えて小動物を愛でているような優しい気持ちになる。
しかし——そんな可愛らしい彼女は、俺が注意してもサッキーを一心不乱に食べていた。
サクサク……。
「なあなあ、クロエ。話を聞いてるか?」
「サクサク……」
「クロエ。数術の復習だ。二+三は?」
「サクサクサクサクサク……」
「サッキーをサクサクする回数で答えたっ?」
しかも正解しているし。
俺が前回、ロレッタと課外授業をこなし購入したサッキー。
あれは一人の少女の出現により、あっという間になくなってしまった。
言わずもがな——目の前の少女、クロエである。
「サクサク……」
サッキーがどんどん短くなっていき、あっという間にクロエの口の中に入る。
ハムスターのように頬を膨らませているクロエ。
成る程、これじゃあ喋れないのも無理はない。
って納得出来るか!
(気に入ってくれるのは嬉しいんだがな……)
あれから生徒達といくつか課外授業をこなして、その度にスコアを入手してきた。
だが、大半のスコアはクロエのサッキー代で消えてしまっている。
「クロエ……聞いてくれ。もう……お金がないんだ」
「サクサク?」
「このままじゃ、サッキーを買うことも出来ない」
「サクサク!」
そこまで言って、やっとクロエはサッキーを食べることを止めてくれる。
今がチャンス!
「サッキーを買うのもお金が必要なんだ。だけどお前の無限の胃袋のせいで、そろそろ資金が底をつき始めている。他に買いたいものもあるし……そうなったら、お前にサッキーを我慢してもらうしかない」
……。
サッキーを飲み込んだクロエが黙って、考え込んでいる。
(そういえばこいつの喋ったところ見たことないよな……)
クロエは授業中にも発言しない。
それどころか、休み時間に友達と喋っているところも見たことがない。
そもそも友達がいるのだろうか。
いつも机にぽつーんと座って、サッキーをサクサク食べている。
俺も——『サッキーを消費する女の子』として認識するまで、正直名前も覚えていなかった。
存在感が希薄。
そう。
生徒に対して抱いてはいけない感想かもしれないが、何というか、影みたいな女の子なのだ。
「……お金」
「ん?」
クロエがぼそっと呟いた。
「お金を稼げばいいの?」
「あ、ああ。お金があればサッキーを買うことが出来るからな」
首を傾げるクロエ。
こいつ……こんな可愛らしい声をしていたのか。
赤色の絵の具に水を足して、薄くしたような声。
「じゃあ、クロエも課外授業に挑戦する」
「お前が?」
「うん。先生も手伝って」
「ちょ、ちょっと!」
準備もあるだろうが!
それを言う隙もなく、クロエは俺の手を引っ張って、教育ギルドへと早足で向かうのであった。
前から気になっていた課外授業がある。
その名を『秘宝を盗み出せ!』という。
盗む、という言葉から盗人紛いのことに手を染める課外授業だと思うだろう。
それはある意味間違いではない。
しかしよくよく内容を聞いてみれば、どうやら盗賊集団に『秘宝』が盗まれたお金持ちのオッサンがこの課外授業を依頼してきたらしい。
盗まれた秘宝は今——盗賊集団のアジトにある。
課外授業に必要な最低レベルは10であり、決して難しくないように思えるが——、
「強すぎるってのも問題だよな」
そうなのだ。
この課外授業はとある理由で、隠密行動が必要となってくる。
つまり盗賊集団を叩きのめす——わけではなく、バレないようにアジトに忍び込み、バレないように秘宝を盗み出すのだ。
「ロレッタはドジだから危ないし……だからといって、ジェシカは存在感の塊のような女だし……」
というわけで。
魅惑の報酬額12万スコア、という値がありながらも、なかなか勇気を踏み出せずにいた。
「ステータスオープン」
通信簿を開き、改めてクロエの能力を確認する。
いやそんなこと言う必要はないが、気分の問題だ。
『クロエ
種族:人族
ジョブ:暗殺者
レベル:25』
特筆すべきなのはジョブの部分だろう。
暗殺者、というジョブはどうやら『盗賊』ジョブの次いで、二番目に隠密行動が求められるものらしい。
ならばクロエはこの課外授業にまさに最適の女。
存在感の薄さがこんなところで役に立つとは!
……と思っていたのだが、
「うわぁぁぁああああああああ!」
——俺は何故か、クロエを担いで屋敷中を走り回っていた。
「おい、そっちに行ったぞ!」
「見つけたら殺せ!」
「奴隷学校の生徒? 要は奴隷だろう?」
盗人集団のアジトは大きな屋敷であった。
クロエの奥義『影牢』によって、まんまと屋敷内に侵入した俺達。
秘宝のところまで辿り着き、何とか奪取することに成功したのだが……、
「お腹空いた」
クロエのその一言によって計画は破綻した。
「どうしてこんな時にサッキーを食べやがるんだぁぁぁあああああ!」
絶叫しながら、全力疾走で逃げる!
そう。
こいつは秘宝を手にして後は帰るだけ、という状況になったのに。
いきなり懐から箱を取り出し、サクサクとサッキーを食べ出したのだ。
「サッキーが食べたくなったから仕方がない」
抱えられたまま、クロエはサクサクと呑気にサッキーを食べやがっている。
「帰るまで我慢しやがれ!」
「我慢出来なかった」
「お前、薬中毒者と同じことを言ってるぞ」
影牢は発動させている間、自分の存在を薄くして、相手から見えにくくなる奥義である。
クロエ曰く「影や闇と同化し、相手の目を欺くだけ」ということらしいが、詳しいことはよく分からん。
しかし——どうやら目立つような行動を立ててしまえば、現時点のクロエのレベルでは影牢の効果が切れてしまうらしい。
例えばサクサクと食べるような音が聞こえたりしたら、な!
これにより近くで警備していた盗人に気付かれてしまった俺達。
(やばいやばい……このままじゃヤツがやってくるぞ!)
今は良い。
盗人達のレベルはせいぜい40程度。
俺は現時点でレベルが50を超えている。
所詮、俺の敵じゃない。
しかし……俺がそれでも、この課外授業を躊躇していた理由が、
「ここまでだな」
突き当たりを曲がると。
開けた場所に躍り出た。
どうやら玄関のエントランス部分まで逃げてきたらしい。
そこでは盗人の一人が鎖を持ち、口角を吊り上げていた。
「なっ……!」
見上げるような巨躯。
目の前に山があるような威圧感。
「うぉぉぉぉおおおおおおお!」
鎖の先には——体長が十メートル程ありそうな、巨大なイノシシのようなモンスターがいた。
「グレートベヒモス……」
一歩退き、呟く。
グレートベヒモス。
そいつは前足を高く上げ、咆吼しながらぎらついた目でこちらを見ていた。
『グレートベヒモス
レベル:70』
——絶望的な戦いが今、始まる。
「先生。転移石で逃げよ」
おいクロエよ。
今、気分盛り上げているんだから、そんなこと言うんじゃない。
訂正しよう。
——逃げることは出来るけどちょっと危ない戦いが今、始まる。