9・秘宝を盗み出せ!(後編)
「うぉぉぉおおおおお!」
簡単な課外授業だったはずなのに、どうしてこんなことになっているんだ!
グレートベヒモスが暴れ回っている。
その前足で踏まれでもすれば——俺はともかく——クロエは一発でペッチャンコになってしまうだろう。
「ハハハ! 圧倒的じゃないか。我がグレートベヒモスは!」
グレートベヒモスを連れた男が笑っている。
そうなのだ。
俺がこの課外授業をこなさなかった理由。
もし盗人に見つかってしまえば、このグレーベヒモスが出てくるのが最初から分かっていたからだ。
「はあはあ……」
柱の影に隠れる。
グレートベヒモスはまるで俺達を探し回っているかのように、エントランスを駆け回っている。
しかしその巨躯では細かな旋回は出来ない。
壁は柱にぶつかり、削られ、屋敷全体が今にも崩れ落ちてしまいそうだ。
「ハハハ! 行け行けー! グレートベヒモスを。この屋敷は後、三十年もローンが残っているのに、ふぇえ……とかは決して考えていないから、存分に暴れ回るがいい」
「盗人でもローンが通る世界なのかよ」
何故か涙を流している盗人の一人。
……このグレートベヒモス。
通信簿を見てもらえれば分かる通り、レベルが70と破格の値を示しており、現時点で真正面から勝てるような相手ではない。
だからこそ、この課外授業は盗人に見つかってはいけなかったのだ。
謂わば——盗人に見つかった時点でこの課外授業は失敗。
すぐに転移石を使い、逃げ出すべきだったはずなのだが……、
「先生。早く逃げよ」
「うるせえ! お前のせいなんだ。そんな捨てられた子猫みたいな目で俺を見るんじゃねえ!」
転移石を使った場合、後からお金を請求されてしまう。
背に腹は変えてられる状況じゃないかもしれん。
しかし!
今、三組の財政はこいつがサッキーばっか食いやがるせいで、危機に瀕しているのである!
可能であるならば、無駄な出費を避けたいと思うのも無理はない……だろ?
「クロエ。影牢を使えるか?」
暴れ回っているせいで、瓦礫が落ち粉塵が舞い上がり、そのせいでグレートベヒモスが俺達を見つけられずにいる。
ならば、奇策を巡らすなら今の内だ!
「うん? 後、一回くらいなら使えるけど……」
この異世界には『奥義』と呼ばれるものが存在する。
ジェシカなら『七閃』、クロエなら『影牢』といったものだ。
これはMPを消費する魔法とは違い、精神力のようなものを削って発動するものらしい。
「でも……どうして、そんなことを言うの?」
「グレートベヒモスに気付かれず、拳が届く範囲まで移動出来れば……勝機があると思うんだ」
これだけ強大な力を持ったグレートベヒモス。
しかしたった一つ、弱点があることを——暇な時に図書室に通った結果、分かったことがある。
それはグレートベヒモスの眉間である。
「どうやら眉間のところは生命力が集まっている部分らしい。皮も薄いから……そこを思い切り、ぶち叩けば……一発で倒せる、のかもしれん」
「そんな上手くいくのかな?」
「いかなかったら、仕方ないから転移石を使って逃げればいいさ」
肩を竦める。
さあて……覚悟は決まった。
「じゃあ頼むぞ! クロエ!」
「サッキーがなくなった……」
「この戦いが終わったら、いくらでも買ってやるから!」
泣きそうな顔で箱を逆さまにするクロエ。
さて。
この影牢、基本的に自分を対象範囲として発動する奥義である。
だが、それを他人にもかける方法がある。
「よいしょ、っと」
クロエをおんぶする。
そうなのだ。
影牢の使用者と肌を密着させておけば、その範囲を広げることが出来る。
つまり簡単にまとめると、影牢を発動させているクロエをおんぶしている間。俺も闇に紛れることが出来、相手に気付かれなくなるのだ。
(それにしても……何度、やっても慣れないな)
物音を立てないよう。
忍び足で暴れ回るグレートベヒモスに近付いていく。
おんぶしているクロエは軽い。だからそこまで力を使う必要がない。
問題は——振り落とされないようにしているのだろうか。
クロエが過剰なまでに、両手両足で俺の首、体を抱きそのせいで密着してしまっていることだ。
何処が?
そんなの言わなくても分かるだろうか。
胸にある、女の子特有の膨らみのことだ!
(柔らかい……)
……って俺は自分の生徒に何考えてやがる!
少しでも物音を立てれば即終了なのだ!
しかし慎ましいながらも、男とは違う女体の部分を肌で感じていると……何だか変な気分になってくる。
(禁断の果実を食べたヤツってこういう気持ちだったのか!)
偉大なる先輩のことを想いながら。
ゆっくりとグレートベヒモスに近付いていく。
(もう少し……もう少しだ!)
グレートベヒモスの目の前までやって来た。
相変わらず、グレートベヒモスは台風のように暴れ回っている。
もう少しで屋敷が倒壊してしまいそうだ。
その証拠に盗人が「ああ、折角のマイホームが」と呟き号泣している。
(グレートベヒモスが振り返った瞬間がチャンスだ)
グレートベヒモスの振り回す尻尾を避けながら。
すぐに放てるよう、拳を強く握っていると、
カラン。
床に落ちた乾いた音。
見ると、サッキーの空箱が床に落ちていた。
「あっ、ごめん。落としちゃった」
「クロエ。こんなところで落とすんじゃねぇぇぇえええよ!」
その音によって影牢が解除。
グレートベヒモスの顔が強制的にこちらに向けられる。
「ええい! ままよ!」
気付かれたなら仕方がない!
眉間に向かって、右ストレートを俺は放つ——。
◆
サクサク……
「はあ……お前のせいで楽勝だったはずの課外授業が疲れたよ」
課外授業を終わらせ、校舎に戻ってきて。
クロエはの箱を机に積み重ねて、サクサクと一本ずつサッキーを食べている。
どうでもいいが、こいつ。これだけサッキーを食べているのに、破片を机や床に落としていない。
無駄にキレイな食べ方だった。
「まあ結局、上手くいって良かったけどよ」
死闘だった。
というのは嘘だったが、眉間に一発拳をくらわしたら、嘘のようにコテンと倒れたグレートベヒモス。
所詮、最低レベル10の課外授業である。
レベルは高いが、接近することさえ出来れば簡単に倒せる類のものだったのだろう。
崩れゆく屋敷を脱出して。
報酬の12万スコアを受け取り、クロエのためにありったけのサッキーを購入してやったのだ。
「クロエ。上手いか?」
クロエの顔がこちらに向けられる。
口にはサッキーが咥えられたまま。
「サクサク」
食べる音で返事をして、クロエは視線を箱の山に戻した。
(もしかしたらこいつ。こうやって自分の存在を示しているかもしれないな)
俺だって、クロエのことを「サッキーをやたら食べる子」として覚えた。
影牢もサッキーを食べる音で解除される。
ならば彼女はこうやってサッキーを『サクサク』食べることによって、「クロエはここにいる」ということを示しているのかもしれない。
「考えすぎか」
「サクサク?」
「いんや、何でもない」
こうやって生徒が幸せそうな顔をしてくれたら、それで良いのだ!
クロエがサッキーを食べる姿を頬杖付いて見ながら。
俺はそう思っていた。




