1・初めてのチート授業
アドルフ奴隷学校。
アドルフ市内に建てられた、文字通り奴隷を育成する学校である。
ちなみに女子校であり、ニホンで例えるなら十三歳——中学生の女の子が入学してくるらしいが、種族もバラバラであり一概に『十三歳』ということではないらしい。
外観は白塗りの高級感溢れる建物で、豪壮な正門もありそれは『お嬢様市立中学校』を思わせる佇まいである。
しかしその外観に騙されてはいけない。
「えー、俺の名前はタクマ・ナナウミ。これから一年間、この一年三組を受け持つことになった先生だ。みんな、よろしく頼むな」
教卓に立ち、教室を眺めながらしどろもどろに自己紹介をする。
ボロボロのガラス窓で、外からの風がとても肌に堪える。
木製の教卓は壊れているのか、体重を預けるとグラグラして危ない。
教室の床も木で出来ており、所々木が腐っていたり、穴が空いていたりする。
……つまり外観は立派なのだが、中は超ボロボロなのだ。
『アドルフの市長が街の外観に気を遣う人なのだ。だから奴隷学校も外観だけはピカピカにする必要はあるのだが……残念ながら中身までは、とても今の予算では追いつかず……』
と校長談。
運営難と言っていたのは本当のことだったらしい。
まあそれは良い。何でも、今からお金を稼いでいけば、先生の実費で教室を立派にすることも出来るらしいしな。
問題は……、
「えー……っと、質問はないかな?」
問いを投げかけてみるも、返答はない。
「ちなみに趣味は読書。特技はパソコンの早打ちだ」
「好きな食べ物? そうだな、イチゴとかか?」
「一発芸をしまーす。ほら、こうやって人差し指を逆に曲げると甲に付くんだ」
……。
静寂。
あまりにも言葉が返ってこないため、自分で勝手に喋り続ける。
すると机に座っている生徒からポツポツと、
「パソコンって何ですか? 私、聞いたことないです」
「イチゴが好きって……先生、女子みたい」
「クッ、殺せ! 人差し指がちょっと曲がるくらいで、威張られるなんて騎士の恥だ!」
精神に直接ダメージをくらわす類の言葉が聞こえてくる。
「ぐはっ! お前等、なかなか毒舌だな」
銃を撃たれたみたいに、大袈裟に胸を抑えて冗談交じりに言ってみる。
「ご、ごめんなさい!」
「ぶたないで……」
「クッ、殺せ!」
——あくまで冗談だったつもりなのに、俺の言葉に怯えきったように震えた声が聞こえてくる。
というかさっきから、オークに犯されそうになってる女騎士は何処のどいつだ。
「ま……いっか」
元々、奴隷学校なんだしな。仕方ない。
——そう。問題とは何だか生徒の目が虚ろなことだ。
一年三組には三十人の奴隷生徒がいるわけだが、殆どがお風呂に長らく入っていないのか、服や体がちょっと汚れている。
元気をなくしていて、何かに怯えているような子犬のような瞳。
この異世界では中学校という言葉があるかどうかは分からない。
しかし普通、中学生ってもっと元気なもんじゃなかったのかよ?
俺が中学校の時なんて、闇に堕ちた勇者として密かにクラスメイトを救っていたぞ。封印されし右手が疼く度に保健室に行って……という設定だったのだが、つまり『バカ』だったのだ。
「よし、早速授業を始める」
クレアさんからあらかじめ貰っていた教科書を開く。
教科は『社会』。
第一章が『奴隷の成立』という題名であった。
「奴隷に堕ちる理由はたくさんある。一つは借金苦のため、両親に売られる。一つは天涯孤独で、身寄りがないため売られる。一つは容姿が優れているため、性奴隷として売られる」
第一章からいきなりネガティブな話題だな。
冷や汗を流しながらも、黒板と教科書を交互に見ながらチョークで文字を書いていく。
「奴隷として売られたモノは隷従の縛りによって、主人への絶対服従を誓うことになる。奴隷を買う人間は、金持ちとしてのシンボル。身の回りの世話。性奴隷……様々な目的がある」
ネガティブな話題ばかり。
——ボロボロの机に座って、黒板に書かれたチョークの文字をノートに写している奴隷生徒もそういうことなのだろうか?
中には返済不可能の借金のため。中には両親が殺されて。
そんな『仕方ない』理由で奴隷になってしまったのだろうか。
ならば元気をなくして、怯えきっている瞳も納得出来るような気がした。
「……というわけで、今日の授業は終わりとする」
——そんなことを考えながら授業をしていると、あっという間に終わりの鐘の音が聞こえてきた。
結局、教科書を丸読みして、適当に黒板に単語を書く授業になってしまったな。
気にしすぎかもしれないが、奴隷学校の先生となったのだ。せめて生徒に分かりやすく授業をしたい。
ただ気になることは、
「じゃあ終わり! 十分間の休憩タイムとする」
逃げるようにして、教室から出て行く。
酷い有様だった。緊張のため、ろくに授業も出来ない。
それに授業中、生徒の頭に文字が現れ、それがチラチラと見えてしまい集中力も削がれてしまった。
廊下を歩きながら、授業の風景を思い出す。
レベルアップ!
レベルアップ!
レベルアップ!
俺がチョークで何か書くたびに、そんな文字が生徒の頭でホップしていたのだ。
結局、あの文字はどういう意味だったのだろう?
◆
「それは生徒がレベルアップしたことを示しているんですよ」
長い一日が終わり、放課後。
同じく、ボロボロの職員室でクレアさんに生徒の頭でホップしていた謎の文字について質問してみた。
「レベルアップ?」
ちなみにクレアさん。
どうやら学年主任の女神らしい。
異世界のくせに、黒いスーツを着ていたり、ドジっ娘だったり、色々属性が重なりすぎだ。
「そうです。早速、生徒をレベルアップさせたんですね。さすが、異世界からの召還者です。神から与えられたアイテムがあるとはいえ」
俺だけチョークだけどな!
「レベルが上昇すると強くなったり賢くなったりするんですよね?」
「そうですよ〜」
「普通の人はどれくらいのレベルなんですか?」
「んー、ここ奴隷学校では一年終了時の平均レベルが12くらい。卒業時は30〜40くらいですね」
つまり一ヶ月で、生徒一人が1レベルアップするくらいが普通なのか。
違和感。
「クラス総合レベル、っていうのが存在していてですね。これは単純。三十人で一クラスで、合計のレベルだから……全員が3レベルならクラス総合は90レベルになりますね」
「つまり一年終了時の平均クラス総合レベルは360ってところですか」
「計算も速いですね! さすが、召還者です!」
既にちょっとバカにしていないか?
いや、この世界ではかけ算のような算数が発達していないということなのか?
「みんなのレベルはどうやって分かるんですか?」
「そういえば渡すのを忘れていましたね」
コッツン、と頭を叩き舌を出すクレアさん。
そしてクレアさんが差し出してきたのは、出席簿のようなファイル……綴込表紙、っていうんだっけな?
「これは通信簿。これを開いて、念じれば全生徒、そして全先生のレベルが分かりますよ〜」
試しに通信簿を開いてみる。
一ページも紙がない。つまり表紙だけがあるような状態だ。
真っ白な通信簿の一点を見ながら、『クラス総合レベル』と念じてみる。
すると淡く文字が浮かび上がってきて、やがてはっきりと表示される。
『一年三組 クラス総合レベル365』
「成る程……スマートホンみたいですね」
「スマートホン?」
クレアさんが首を傾げる。
ちなみにクレアさんには、『通信簿』としか書かれていない表紙しか見せていないので、俺のクラスの総合レベルは見えないはずだ。
(……365? 確か一年終了時の平均クラスレベルが360なんだよな?)
そうなのだ。
俺のクラスはたった一日で、一年生を終わらせるくらいにレベルアップをしていた。
そうとも分からず、クレアさんがニコニコと笑みを浮かべている。
何となく平然を装いながら、俺は一つの事実に気付きだしていた。
……やっぱり魔法のチョークってチートアイテムじゃね?
本日2回目。
次は10時前後の更新予定です。