2・クラス目標
「タクマさん! クラス目標を考えてくださいね!」
朝、開口一番。クレアさんに言われたことだ。
というわけで俺は『クラス目標』について、頭を悩ませながら廊下を歩いていた。
「クラス目標……クラス目標……」
クラス目標ってのは、『好き嫌いをなくす』とかか? いやそれだったら、小学生みたいか。
なら『苦手科目の克服』とか? そんな堅苦しいもの、俺だって嫌だしな。
無難に『みんな仲良く』にしようか? なんかストレートすぎて捻りがないな……。
一歩ずつ歩く度に軋む廊下を歩いていると、
「笑えって言っただろうが!」
パチン!
割れたような音が聞こえた。
「リュウヤ……何してんだっ?」
見れば、リュウヤが壁に生徒らしき女の子を追い詰めて、怒声を浴びせている場面であった。
リュウヤ……勇者の聖剣を貰った、ちょっと不良っぽい男である。
女の子がリュウヤを見上げる瞳には恐怖があり、体中がビクビクと震えているのがここからでも分かった。
「おっ? タクマか」
リュウヤが俺に気付いたのか、顔をこちらに向ける。
「何やってんだよ。お前んとこの生徒だよな? 怖がってるじゃないか」
「カッカッカ! お前は何言ってんだよ」
心底可笑しそうに腹を押さえて笑うリュウヤ。
リュウヤは確か一年一組の担任を任されているはずだ。
おそらく、先ほどの音もリュウヤがこの子に平手か何かしたのだろう。
そうじゃないと、これだけ怯えきっている女の子の説明が付かない。
「良いか? こいつらは生徒である前に、奴隷なんだよ! 奴隷は主人様の言うことを聞くのが当たり前だろうが!」
「な、何だと……?」
「お前も気付いていただろ? こいつ等の辛気くさい顔を」
教室の風景を思い出す。
光が宿っていない虚ろな瞳。
冗談に対しても、過敏に反応し恐怖を感じる心。
それは『奴隷』としての運命を担ってしまった女の子達の悲哀なのかもしれない。
「ビクビク怯えているヤツを見るのは快感だ。だが、いっつも辛気くさい顔をされても鬱陶しい。だからオレはこいつに『笑え』って命令したのだが、それを守らなくてな」
「体罰っていうヤツか?」
「教育的指導だよ」
リュウヤの表情には悪びれている様子はない。
「折角、異世界に来たんだからな。目標を決めることにしたんだ」
「目標?」
「ああ。オレは一年一組を武力面で『最強の奴隷集団』にすることにしたんだ。そのために言うことが出来ていなかったら殴ったりするのも仕方のないことだろう?」
ニヤッ、と蛇のように口元が歪む。
成る程。確かに生徒がいけないことをしたら、先生は軌道を修正する必要があるのかもしれない。
ただ……その方法が暴力だなんて、ちょっと短絡的すぎないか?
「オサムのクラスは『秀才奴隷クラス』を作るらしいぜ。あいつは賢者の石を貰ったからな。既にこの世界の魔法だったり、仕組みは全て頭に入っているらしいぜ」
「へえ。立派なことを考えてんだな」
「まあ、お前はチョーク? なんていうしょぼいアイテムしか貰えなかったしな。オレ達には付いていけないと思うが——何だよ? 文句あんのか?」
眉間に皺を寄せるリュウヤ。
「なんなら見せてやんよ——奴隷はこういう風に言うことを聞かせんだ!」
そう言って、リュウヤは右手を振り上げる。
女の子が目を瞑り、平手を受け入れようとする。
隣のクラスのことだ。リュウヤにもリュウヤで指針があるのだろう。
だから俺みたいな部外者が、口を挟むのはいけないことであるに違いない。
しかし——そんな理性とは関係なしに、
「止めな」
——勝手に体が動いていた。
「おおう?」
振り下げられるリュウヤの右腕を、気付いたら掴んでいた。
「お前ごときがオレに逆らうなんて良い度胸……痛っ!」
リュウヤは俺とは違う人種だ。
運動神経も良く、他校の生徒ともよく喧嘩をしているらしい。
だから俺がリュウヤに敵う道理なんて一つもなかった。
「チッ! 離しやがれ!」
だが、掴んだ右手の力が強かったのだろうか?
リュウヤが手を振り払って、左手で右腕を掴む。
俺が掴んだ右腕は少し赤く腫れ上がっているように見えた。
「……止めだ止めだ。興が削がれた。おい! さっさとクラスに戻るぞ!」
クルリと二人は背を向け、一組の方向へと歩き去っていった。
その際、女の子の顔が俺の方へと向けられたが、すぐにリュウヤに尻を叩かれ前を向かされる。
「……あれ? 何であいつあんな痛そうにしてたんだ?」
別に力を入れたつもりはないのに。
それに俺の握力では、例え本気で握ったとしてもリュウヤを退かせることが出来なかっただろう。
右の手の平を見つめる。
手の平は小刻みに震えていた。
「んー、それにしてもな……二人共、目標があって良いと思うんだがな……」
リュウヤは体力面を鍛え。
オサムは知識面を鍛える。
それは立派な目標だろう。
しかし——何か引っ掛かるところがある。
「俺の……クラス目標か……」
——俺の理想とするクラス。
……良し。決めた! これでいこう。
◆
『ハーレムクラスを作ろう!』
横断幕に書かれた文字。
授業を中止にして、生徒と一緒に作っていたわけだが、完成して黒板に上に貼り付ける。
「先生—、ハーレムってどういう意味ですか?」
猫耳を生やした生徒の質問。
「俺の祖国でハーレムっていうのは『みんな仲良く』っていう意味だ」
掲げられたクラス目標を、俺は誇らしげに眺める。
——そう、リュウヤでもオサムでもない。
これが俺だけのクラス目標だ。
「あの……体を鍛えるとか勉強を頑張る、とかじゃないの?」
一人の生徒が恐る恐る手を上げて質問する。
「体力? 学力? 何だそれ。食えんのか?」
「わ、私達! 食べられるんですか?」
「お前は俺のことを何でも食える生物だと思ってないか?」
そう——。
俺がクラスに求めていること。
それはありきたりだが、みんなが平等に仲良くして、笑い合っているようなクラスだ。
奴隷という身分に堕ちたためか、みんなの表情はまだぎこちない。
だけど時間をかけて、彼女達の心をしっかりと解しておきたいと思う。
「みんな仲良くしてくれた方が楽しいだろう?」
「楽しい?」
いまいちピンときていない生徒。
生徒達にとって、奴隷となった自分は『楽しい』という感情を与えられないもの、と思っているのだろう。
「とにかく! みんな、楽しもう! その延長線上で勉強とか頑張ってくれていいから」
教卓をバンと叩いて、笑顔を作る。
大きな音を立てたのに、生徒達は驚いている様子はない。
(……まだ日は経っていないけど、ちょっとずつマシになっているかな?)
これからの一年間。
その一年が——俺にとっては濃密で、長いようで短いような時間となることを。
この時の俺は知らないわけでもなく、確信していた。
今日はあと一度、更新します。




