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老人を見たら生き残りと思え ~ダンジョン歴40年の探索者は、今日も気ままに冒険する~  作者: アレグリア
序章

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序章01 神の遊び場

~神side~


1986年。


神は地球の様子を映した画面の前で欠伸をした。ある国では政治家が声を張り上げ、別の国では野球の試合に観客が熱狂している。市場では値切り交渉が始まり、通りの角では恋人同士が喧嘩をしていた。なかなか賑やかな星である。


「昨日も似たようなことしてなかった?」


画面を切り替える。海の向こうでは新しい船が進水し、空では飛行機の試験飛行が行われていた。人間は放っておいても妙なものを作る。それを見るのは嫌いではないが、何かが完成するまで何年も待つのは退屈だった。


神の手元には、地球以外の世界もいくつも並んでいる。剣を振るって争う者たちの世界もあれば、地球とはまったく違う姿の住人が暮らす世界もある。眺める場所を変えれば、しばらくは楽しめる。しかし、長く見ていると先が読めてしまう。


「うーん。もっと面白いこと、起きないかな」


自分で何かを始めるほうが早いのではないか。そう思って地球へ目を戻すと、小さな町の外れで、子供たちが木の棒を振り回していた。怪物を退治する遊びらしい。大きな声で勝ち名乗りを上げた子供が、仲間に後ろから押されて転んだ。


神は少し笑った。


この星の人間は、相手が強ければ道具を作り、勝てなければ人数を集め、それでも駄目なら別の方法を考える。知らない場所を怖がるくせに、危険だと言われると覗きたくなる者もいる。その性質を、もう少し大きな舞台で試したらどうだろう。


「そうだ。ダンジョンにしよう」


知らない場所、手ごわい怪物、持ち帰れる珍しい品。立ち向かう者も逃げる者もいるだろう。拾った品を調べる人間、売り買いする人間、別の使い道を思いつく人間も現れる。勝った者が次も勝つとは限らず、一度失敗した者が工夫して戻ってくるかもしれない。 考えるほど楽しくなってきた。


神は地球のあちこちへ入口を置くことにした。

まずは、入口の向こうに地上とは別の空間をつなげる。町の隅に門が立っても、その奥の洞窟が家々を押し潰すことはない。広さも地形も、地上の事情に合わせる必要はなかった。


試しに作った1つ目は、山道の入口から入る湿った洞窟だった。天井から水が滴り、足元には大小の石が転がる。壁際には細い流れを通し、奥の広間には光る苔を生やした。少し薄暗いが、まったく先が見えないほどではない。


「うん。雰囲気はいいね」


そこへ小柄な魔物を放してみる。魔物はしばらく歩き回り、やがて岩陰に座り込んだ。入口から入った人間がどれだけ進んでも、あれでは気づかずに通り過ぎてしまいそうだ。


「こらこら。隠れてどうするの」


神は魔物が歩き回る範囲を少し調整し、近くに横道を1本作った。人間が出会ったとき、戦うだけでなく、逃げるという選択もできるようにするためだ。見つかれば必ず勝てるわけでも、必ず死ぬわけでもない。その迷いを眺めるのが面白い。


洞窟の先には地下河川を置き、別の場所には森林や草原を作ってみた。深く進めば強い魔物と出会う。危険な場所ばかりでは疲れてしまうので、魔物の入り込まない休憩場所も設けた。そこなら立ち止まって食事をし、怪我を手当てし、帰るか先へ進むか相談できる。


一度作り始めると、次々に思いつく。渡れそうで渡れない川、近道に見える行き止まり、注意深く探せば見つかる箱。もっとも、何もかも意地悪にしてしまうつもりはなかった。簡単な場所を突破した者が少しずつ奥へ進み、いつか自分でも驚くような方法で難所を越えるところを見たい。


では、人間のほうはどうするか。

何の力も持たないまま怪物の前に立たせれば、最初は逃げ惑う者ばかりになるだろう。かといって、入口をくぐった全員がたちまち英雄になっても、見ている面白さはない。神は初めて挑む者に戦うための手段を与え、あとは経験や工夫によって強くなれるようにした。誰にでも同じ力を渡すのではなく、向き不向きと少しの偶然も混ぜる。


「最初から何でもできちゃ、つまらないからね」


人間が怪物に立ち向かうための武器は用意する。ただし、それ1本でどんな相手にも勝てるようにはしない。欲しいものがあるなら、先へ進んで探すか、誰かと協力して手に入れるか、ほかの方法を考えてもらおう。


失敗についても少し考えた。挑戦した人間が1度の間違いで消えてしまったら、次に何をするのか見られない。そこで普段の探索ではやり直す機会を与えることにした。もちろん、失敗がまったく痛くないのも困る。無茶をしたら後悔するくらいの代償は残しておく。


一方で、仲間の背中を刺して品物を奪う者ばかりになるのは、望んでいた遊びと違う。人間同士の悪意ある加害には罰を設けた。怪物との戦いを見たいのであって、仲間割れだけを眺めたいわけではない。


そして、ときどきは普段と違う遊びもしたい。参加者を集めて競わせたり、いつもと違う条件で戦わせたり。そうした催しは、開催するたびに規則を知らせることにする。全員が同じように楽しめるとは限らないが、それも含めて結果を見てみたかった。


最後に、自分だけで眺めるのはもったいないと思い、挑戦者の姿を人間たちにも見せられる仕組みを加えた。1人が苦労しているところを大勢が見れば、応援する者も、笑う者も、真似をする者も出てくるだろう。


神はできあがったものをあちこちから眺めた。入口も魔物も、挑戦した人間がどんな行動を取るのかも、まだ自分にはわからない。そこがいい。


「よし。始めようか」


神が指を鳴らすと、昨日まで何もなかった場所に入口が現れた。

ある町では、空き地の端に石造りの門が立ち上がった。山道では、崖の横に見知らぬ暗い通路が口を開けた。砂漠でも、森のそばでも、海から少し離れた町でも、人々が足を止めている。


買い物袋を提げた女が、門の前で立ち尽くしていた。そこへやってきた男が、石の表面を指で叩く。


「昨日まで、こんなものなかったよな?」

「あるわけないでしょう。こんな大きいもの、誰が作ったのよ」

「中はどうなってるんだ?」

「知らないわよ。あなたが見てきたら?」

「いや、それはちょっと……」


男は門から離れた。女も買い物袋を抱え直したが、帰ろうとはしない。


別の入口では、石を投げ込む者がいた。長い棒を差し入れて床を叩く者もいる。若者が覗き込むと、連れの男が襟首をつかんで引き戻した。近くの家から出てきた老人が、何の騒ぎだと怒鳴っている。見慣れないものを前に、誰もが違うことをしていた。


「おお、いい反応」


神は地球を覗き込んだ。警察を呼ぼうとする者もいれば、自分の土地に勝手に何かを建てられたと腹を立てる者もいる。入口の数だけ騒ぎが生まれ、あちこちで人が集まってくる。


それを眺めていた神は、ふと思い出した。


「あ。そういえば、説明してなかった」


怪物がいることも、戦い方も、死んだらどうなるのかも、人間は何も知らない。このまま入っても面白いことになりそうだが、遊びの規則がわからずに諦められては困る。神は地球にいる人間たちへ声を届けた。


『あー、聞こえる? 地球のみなさん、こんにちは。僕は神です』


通りを歩いていた人々が足を止め、空を見上げた。ラジオを消す者がいた。テレビの電源を切る者もいた。だが、声は消えない。


『びっくりさせてごめんね。今日から地球に、ダンジョンという遊び場を作りました。世界のいろんな場所に入口があるよ。中は地上とは別の空間で、モンスターという怪物がいます。奥へ行くほど危険になるから、無理はしないように。普段はモンスターが勝手に入口から外へ出てくることもないよ』


地上では悲鳴や怒鳴り声が上がった。突然現れた入口に加えて、声の主は自分を神だと言っている。人々が問いかけても、神はそれぞれに答えるつもりはなかった。まずは規則を伝えなければならない。


『普通に入るかどうかは自分で決めていいよ。初めて入った人には「得意武器」という力を1種類授けます。それに合った初級武器も1つあげよう。壊れないけど威力はあまり高くないから、強い相手には別の武器を探したほうがいいかもね』


石の門の前で、男が自分の持っていた棒を持ち直した。


『ここは大切なところ。ダンジョンの中のモンスターには、得意武器に合わない普通の物理攻撃は効きません。剣の力を得たなら剣、槍の力を得たなら槍、といった具合です。ただし魔法は別の仕組みだよ。棒で叩けば何でも倒せる、というわけじゃないから気をつけてね』


「武器をくれるって?」「じゃあ、この棒じゃ駄目なのか?」


あちこちで言葉が飛び交い、人々は手にした物を見下ろした。神はちょっと愉快になったが、説明を続ける。


『モンスターを倒すと経験値が入って、貯まれば本人のレベルが上がります。魔法やスキルも、能力を覚えられるオーブを手に入れれば使えるようになるよ。倒したモンスターの体は消えて、代わりに素材や道具が出ることもある。ただし毎回じゃないからね』


一拍置き、神は言い足した。


『それと、ダンジョンで増えた身体の力や得意武器の補正は、地上に戻ると働きません。魔法も地上では使えないよ。一部のスキルだけは外でも使えるようにしてあるし、持ち帰った品はもちろん別の話。どこでも同じように戦えるとは思わないでね』


さっきまで門に触っていた者の中から、通路を遠巻きに眺める者が増えた。中で手に入れた強さが外では使えないという説明は、なおさら奇妙に聞こえたらしい。


『次は、死んだときのこと。普通の探索でダンジョンの中で死んでも、入口の近くの地上に復活させてあげます。だけど死ぬときの苦痛は本物だし、復活してから72時間は再入場できません。価値のある持ち物を失うこともあるから、無茶はしないほうがいいよ』


「死ぬって言ったぞ」「生き返るのか、本当に?」


安心したように息を吐く者がいる一方で、ふざけるなと怒鳴る者もいた。神は、なぜ怒るのか少し不思議に思った。ちゃんと戻れるようにしてあげたのに。


『でも、人間同士で悪いことはしないでね。ダンジョンの中で悪意を持ってほかの人を攻撃したり、地上で使えるように僕が認めた能力を犯罪に使ったりすれば、神罰を与えます。ひどい場合は命を失って、もう復活できません。人間の法律を守らなくていい、という話でもないよ』


門の前で肩を寄せ合っていた人々は、互いの顔を見た。武器がもらえるという話の後で、神に殺される場合もあると聞かされれば、警戒するのも当然だろう。だが神にとっては、あらかじめ注意しておけば済むことだった。


『あとはイベント。ときどき特別な遊びを開きます。そのときは対象になったダンジョンの人には全員参加してもらうことがあるし、終わるまで帰れなくなることもあります。死んでも復活できるイベントと、できないイベントがあるから、その回の規則をちゃんと聞いてね。いつもの探索と同じだと思わないこと』


告知の途中で一度も返事を待たなかった神は、最後の仕組みを嬉しそうに告げた。


『それから、ダンジョンに入ると「オラクルライブ」という僕の用意した配信が自動で始まります。中にいる間は映像も音声も止められません。地上から冒険を見られるようにしたから、面白いことをしてくれると嬉しいな』


人間たちにはまだ聞きたいことが山ほどあるらしい。質問が重なり、怒号が増え、神が姿を見せるはずだと空に向かって叫ぶ者まで現れた。


『まあ、慣れれば楽しいと思うよ。それじゃ、気をつけて!』


神は満足して声を引っ込めた。


門の前は、さっきよりも騒がしくなっていた。家族を呼びに帰る者、警察や役所へ駆け込もうとする者、近寄るなと言い合う者。あの声が本物の神かどうか、人間たちは確かめようもない。それでも、怪物がいるという言葉だけは頭から離れないようだった。


「そんなに怖がらなくてもいいのになあ」


神としては、武器も渡すし、普段の探索なら死んでも復活できる。ずいぶん親切なつもりだった。人間にはその親切が伝わっていない。死ぬときの痛みだの、神罰で復活できないだの、余計なところばかり気にしている。


しかし、すべての人間が引き返したわけではなかった。


山道に現れた入口の前で、数人の男が相談している。懐中電灯を持った1人が中を覗き、後ろの仲間が縄の端を確かめた。誰が行くかでしばらく言い合ったあと、最初に懐中電灯を持った男が前に出る。仲間に何か呼びかけられ、うるさそうに片手を振ってみせた。


「お。行くの?」


男は石の縁に片足を置いた。暗い通路へ明かりを向け、少しだけ体を伸ばす。それから、後ろを見ないようにして入口をくぐった。

途端に、目の前で淡い光が弾けた。


男は慌てて身を引いたが、光の中から現れた小さな球は彼の体へ吸い込まれ、得意武器の力が授けられる。続いて手元に剣が現れた。男は懐中電灯を落としかけ、柄を握ったまま立ち尽くす。刃を確かめようと指を近づけて、危ういところでやめた。


「ちゃんと受け取れたね」


もちろん、男には神の声は聞こえない。最初の告知と違い、これは神の独り言だった。


通路の向こうから水の滴る音が響いてくる。男は剣を握り直し、足元を照らした。石の隙間には湿った土が溜まり、少し先で道が左右に分かれている。後ろから仲間に呼ばれたが、振り返る前に別の音がした。


硬いものが石を擦るような音だった。


男が懐中電灯を持ち上げる。曲がり角の向こうで影が一瞬動き、明かりの端から消えた。姿まではわからない。風なのか、生き物なのか。男は息を止め、剣の切っ先をそちらへ向けた。


神には、そこに何がいるかが見えている。最初に洞窟へ放した、あの小柄な魔物だ。まだ男のほうは気づいていないらしい。


「さあ、どうする?」


前へ進めば、曲がり角で鉢合わせになる。声をかければ仲間が来るかもしれないし、このまま引き返しても構わない。神は、画面の中の男がどちらへ足を動かすか見守った。


男は一歩だけ後ろへ下がり、そこで止まった。迷った末、刃を前へ突き出して、もう一度明かりを向ける。


神はいつの間にか頬杖をやめ、画面に身を乗り出していた。

つい先ほどまで覗いていたほかの世界のことなど、すっかり忘れていた。

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