第9話「おっ、おっ、お――」急に水族館のアシカみたいになった香澄
他の生徒たちの流れに交じってのんびりと歩いていると、
「平和でいいな」
魔族も魔物もいない、生徒たちのおしゃべりが絶えない平和な通学路に、自然とそんな感想が口をついて出た。
「え、そう? 普通じゃない?」
「ああ、普通に平和だなって」
「んんん?? なにそれ? なぞなぞ? あ、今日は天気いいよね。春って感じ♪」
「や、本当にただの感想なんだ」
「ふーん。まるで平和じゃない世界から来たみたいな言い方だね? なーんてねー。あははっ♪」
「鋭いな。実はそうなんだ」
「えっ!?」
香澄がびっくりしたように目を見開いた。
「ははっ、冗談だ」
「あはは、だよねー。っていうか勇太くんが来たのは地元の中学からでしょ? あ、もしかして荒れてる中学校だったとか?」
「いや、いたって普通の中学校だったな」
「だよねー♪ そんな荒れてる中学校が近くにあるって噂、聞いたことなかったし」
香澄が楽しそうに笑う。
しかしピンポイントで鋭いな。
こっそり大正解だぞ香澄。
とはもちろん言わないし、言えないが。
「そ、そういえば、なんだけど?」
「どうした?」
隣を歩く香澄が、上目づかいで俺を見つめてきた。
「勇太くんは今日も学食でお昼を食べるのかな?」
「その予定だな」
「だったらアタシ、おっ、おっ、お―――」
「おっおっお……?」
「おっ、お――」
急に水族館のアシカみたいに「おっおっ」と謎の鳴き声を繰り返す香澄。
「何があったのか知らないが、いったん落ち着こう。深呼吸だ。吸ってー、はいてー」
俺の言葉に香澄はコクコクと頷くと一度、大きく深呼吸をしてから、意を決したように力強い眼差しで言った。
「お、お弁当を作ってきたから一緒に食べないかなっ! き、昨日のお礼っていうかっ! やっぱり人間関係って双方向だと思うからっ! 勇太くんは気にしてなくてもアタシがお礼の気持ちを持つっていうのは、やっぱり大事だと思うんだよねっ!」
早口でまくし立てるような香澄の言葉は、言われてみればなるほど納得だ。
「昨日のお礼にお弁当を作ってきてくれたのか。ありがとう。そういうことならぜひごちそうになるよ。昨日、料理はけっこう得意だって言ってたもんな」
「ほんと!?」
「わざわざ作ってきてくれたんだろ? もちろん食べるさ」
感謝の気持ちを無下にするなど、元・勇者の名が廃るというもの。
なにより俺の男子高校生が、可愛い女の子の手作りお弁当に強く反応していた。
クラスで人気の女子から手作り弁当を作ってもらって、嬉しくない男子高校生がどこにいる?
「やった! 約束だからねっ!」
「こっちこそ、今さらなかったことにはしないからな? 香澄のお弁当はもう俺の物だぞ?」
「えへへ、うん♪ がんばって早起きして作ってきたから楽しみにしててねっ!」
「それはそれは、今から昼休みが待ち遠しいよ」
「4時間目が終わったら声かけるから、一緒に食べよ」
「了解」
俺に食べてもらうのがそんなに嬉しいのか、香澄はとびっきりの笑みを浮かべていた。
控えめに言ってめちゃくちゃ可愛い。
その可愛さの前には男子高校生の俺だけでなく、元・勇者の俺までもが胸が高鳴らせてしまう。
悪くない、実に悪くない。
こんな可愛い女の子が、お礼とはいえ俺のことを気にかけてくれて、お弁当まで作ってきてくれるとは。
俺のスローライフ高校生活は、実に悪くない出だしである。
そうしてお弁当の話だったり、天気の話だったり。
他愛もない話をしながら俺と香澄は平和に高校へとたどり着いたのだが。
「やれやれ、今日は朝から千客万来だな」
校舎へと入る昇降口の脇で、見知った顔が俺たちを待ち構えていた。




