第30話 ラフプレー
「審判、今のファウルだろ!」
熊谷が自分の右手を左手で数回叩いて、審判役のバスケ部員にファウルをアピールした。
相手の手をはたく反則、いわゆるハッキングがあったというアピールだ。
俺の目もドリブル中の熊谷の右手が強く叩かれてボールをこぼしたのを、たしかにとらえていた。
明らかなファウルだ。
だが審判は両手を左右に振ってノーファウルのジェスチャーを返してきた。
「はぁ!? 思いきり叩かれてただろ? どこ見てんだよ!」
「落ち着け熊谷。スポーツにはそういうこともある。サッカーだってそうだろ? まだスコアは0-4だ。まずは点を取りに行くぞ」
俺はラフプレーを受けてヒートアップする熊谷に駆け寄ると、気持ちを落ち着けるように静かな口調で語りかけた。
「あ、ああ……」
「ほらほら、まだ余計な力が入ってるぞ。リラックスリラックス。お前が冷静にゲームメイクしてくれないと勝てるものも勝てなくなる」
「あはは、くすぐったいっての!」
俺が肩を揉んでほぐしてやると、熊谷がどこか嬉しそうに俺を軽く手で押しのけてきた。
OK、もう心はほとんどニュートラルだな。
熊谷の精神状態に安堵しつつ、俺は心の中で1回目のカウントを入れた。
再び俺たちの攻撃が始まり、ポイントガードの熊谷がゲームメイクを始める。
味方と数回パス交換をした熊谷は、
「伊佐見!」
執拗なマンツーマンマークを一瞬だけ剥がした俺へのパスフェイントを見せてから、しかし熊谷はパスはせずに自らドリブルでゴール下へと切り込んだ。
ディフェンスの意識がパスに割かれたところで、パスフェイントで相手の重心を動かし、その逆を突いて鋭く切り込んだのだ。
「やるな、さすがだ」
惚れ惚れするような熊谷の一連の動き。
思わず賞賛の言葉が口をついて出る。
誰もが認めるスポーツ万能モンスターは伊達じゃない。
逆を突かれたディフェンスはそのまま置き去りになる――はずが、しかし抜け出そうとした熊谷が急激に失速した。
見ると抜かれたディフェンスが熊谷のハーフパンツを思いきり掴んでいる。
「てめえっ! くっ――!」
殺到するディフェンスに囲まれた熊谷がボールをロストした。
そしてそこから再びのハイボールカウンターを受けて失点、スコアは0-6となってしまった。
「審判! さつぎのゴール下! 思いきっり引っ張られたぞ!」
熊谷のファウルアピールに、しかしここでも審判はノーファウルのジェスチャーを返してくる。
「はぁ!? おかしいだろ!」
文句を言いながらも熊谷はさっきの俺とのやり取りを思い出したのだろう。
俺の方へと視線を向けると、大きく息を吐いて堪えてくれた。
さて、これで2回目か。
俺は再び心の中でカウントを入れた。
しかし小賢しいな。
今のも熊谷が失速したらすぐにハーフパンツから手を離していた。
やりすぎてファウルが観戦中の生徒にバレないようにしているのだ。
周りの目を気にしているところが本当に小賢しい。
同じ突っかかってくるにしても、熊谷は真っ向勝負で挑んできたぞ?
それに比べてなんと薄汚いやり口か。
そして3度目もすぐだった。
今度の標的は俺だった。
ゴール下で熊谷からの狙い澄ましたラストパスを受けた俺は、例によってレイアップシュートにいったのだが。
空中で俺はノッポから思い切り身体をぶつけられ、さらに手で突き飛ばされてしまう。
「くっ――!」
しかも最初に身体をぶつけられた時に左足に膝が入っていた。
鈍痛とともに肺の中から酸素が逃げ、俺は大きくバランスを崩した。
シュートはリングに当たって跳ね返り、またもやハイボールカウンターによって、俺たちのクラスはあっけなく失点し、0-8となった。
当たり前のごとくファウルは取られない。
あれだけのラフプレーだ。
しかもゴール下。
遠目に見ている観客ならいざ知らず、目の前で見ているバスケ部の審判が見逃すはずがない。
これで3度目。
完全に「やってる」な。
審判が4組のファウルを故意に見逃している。
そして4組はそれ前提のラフプレーを仕掛けてきていた。
俺はそう結論付けた。




