第2話 クラスのアイドル 牧村香澄
「大丈夫だったか? 怪我はしてない?」
俺は安心させるように、さっきまでの強い口調をガラリと一転させ、優しく話しかけた。
牧村さんはここまで終始、ポカーンと呆気に取られたような顔をしていたが、ハッとした顔をすると、
「うん、大丈夫だし。なんともないし」
そう言って安心したように大きく息を吐いた。
「ならよかった。もしまたあいつらが何かしてきたらすぐに言ってくれ。力になるから。ま、あの反応を見る限り、ないとは思うけど」
「ありがと、伊佐美くん……だったよね? 伊佐美勇太くん」
牧村さんが若干、反応を窺うように尋ねてくる。
「話すのは初めてなのに、名前を憶えてくれてたんだ」
ちょっと意外だ。
というのも俺、伊佐美勇太は自他ともに認める没個性のモブ男子。
入学して間もない時期に、女子から下の名前まで憶えてもらっているのはもはや奇跡的ですらある。
「もぅ、クラスメイトの名前くらい憶えてますぅ~」
「それはそうかもだけど。でも今、フルネームで覚えていただろ? まさかクラス全員の名前をフルネームで覚えているのか?」
牧村さんはいつも女子のグループでいて、男子とはほとんど接点がない。
しかも周りにいるのはクラスでも可愛い子ばかり。
いわゆるキラキラグループってやつだ。
なのにモブ男子の俺の名前をフルネームで覚えているとか、もしかして俺のことが好きなのでは――とはさすがに思わないが。
その理由を聞いてみたくはあった。
ちなみに俺はクラスのアイドル的な牧村さんの名前はフルで憶えていても、他の女子の名前をフルネームではほとんど覚えてはいない。
まだ入学して間もないし、俺に限らず普通はそんなもんだろ?
「ふふーん! ちゃんとクラス分け表を写真で撮って、何回も紙に書いて覚えたもんねー」
「まさかそこまでしていたのか。や、素直に感心した。すごいもんだ」
「えへへ、ありがと。やっぱり、人の名前を覚えるのって大切だと思うから」
「返す言葉もないな。まったくもってその通りだ」
俺は牧村さんの努力に心の底から感心していた。
「あ、その顔、意外だなって思ってるでしょ?」
「いやいや、感心してるっての」
「ほんと?」
「まぁ、そこまでするのは意外だなとは思ったけど」
普通はクラス分け表を撮影して、クラス全員の名前をフルネームで丸暗記したりはしない。
少なくとも俺はこれまでそんな奇特な奴を見たことがなかった。
相手が牧村さんでなくとも驚くのは当然だろう。
「だよねー。アタシほんとは真面目系女子なのに」
「名前を全員フルネームで覚えるのは、真面目系の中でもかなりの上澄みだよな」
「でしょー? なのにアタシってさー、なんでか知らないけど昔から結構チャラく見られちゃうんだよね。そのせいでウェーイな男子から目をつけられちゃって。さっきみたいに強引にアプローチされたり、結構多いの」
牧村さんが苦笑しながら肩をすくめた。
美人なのでそんな仕草もとても似合っている。
「それは大変だな。ってごめん、実は俺も先入観でキラキラでイケイケな女の子だと思っていた」
これだけ可愛くてキラキラな女の子だ。
普通の男子は気後れしてしまい、そうじゃないウェーイな奴ばかりが近寄ってくるのもわかる気がする。
少なくとも勇者ユータリアの記憶を取り戻す前の平凡な俺は、牧村さんを絶対に手の届かない高嶺の花だと思っていた。
「あはは、いいよいいよ。それに伊佐見くんはもう特別枠だからー」
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