〈1〉婚約破棄されたら、やってきたのは棚ぼた案件でした
「リゼル・ヴィッツ伯爵令嬢、お前とはこの時をもって婚約破棄する!俺は王女との間に真実の愛を見つけてしまったんだ!だから、泣いて縋っても無駄だからな?!」
そう言って私の婚約者だったはずの彼……ウェルド・マクシミリアン侯爵子息は、私とは別の女性を抱き締めて街の広場のど真ん中でそう叫びました。その瞬間、ウェルド様たちの背後で噴水が盛大に水しぶきを飛ばし始めます。
あ、15時のお知らせですね。この噴水は、これから街の商店たちがサービスタイムに入る合図なのです。そのタイミングの良さに本人たちは興奮気味に悦に入った顔をしていますが、それを私がどれだけ冷めきった目で見ているかなんて気づいてもいないようですね。ケッ。
「……はぁ、そうですか。わかりました」
なんてことでしょう、婚約者に突然婚約破棄されてしまいました。しかも浮気相手はこの国の王女様ですって。あははー。(乾いた笑い)
いやまぁ、個人的には別にいいっちゃいいんですけど。(冷静)
改めまして、私はヴィッツ伯爵家の娘でリゼル・ヴィッツと申します。伯爵家とはいえ、金の力で成り上がった“成金伯爵家の娘”なんて悪口も言われている平凡な伯爵令嬢ですわ。もう少しで17歳になる予定です。弟に伯爵家をお任せして18歳の誕生日に侯爵家にお嫁入りする《《契約》》だったのですが、それがこの瞬間に消えてなくなってしまったようです。いやほんと、心底どうでもいい。
12歳の時に婚約してからもうすぐ5年。それなりに信頼を築いてきたつもりでしたが、壊れるのはほんの一瞬ですのね。(なんとなく遠い目)
「なんだ、理由が聞きたいか?そんなに聞きたいならしょうがないな!実は────」
「いえ、それは別に興味ないんですけど……。はぁ、話したいならどうぞ」
なぜか得意気に語り出してしまいました。こうなったら誰にも彼を止められません。いやほら、この人って話を途中で止めると面倒くさいんですよね。
なんでもお忍びで街にいらっしゃっていた王女様と禁断の恋に落ちたのだとか。……へぇー、って感想しか出ませんが。
ちなみに彼は王女様の事を単なる美しい町娘だと思っていたらしいです。周りの男たちがやたら気を遣っていたから目に留まったのだとか。「道理で、どんなに隠しても気品と美しさは隠しきれなかったわけだ」とベタ褒めです。
……まぁ、王女様ですしねぇ。あんなに髪も肌も艶々して、お忍びのくせに上等な絹の服を着た町娘なんてなかなかいないと思いますよ。それにたぶん、周りの人間は王女様の正体に気づいていたのでは?そりゃあ、気も遣いますって。
王女様も王女様で「彼は身分なんか関係なく愛してくれるの」なんてドヤ顔で惚気てましたけど、王女までだとは思わなくても絶対にお金持ちだとは見抜いていたと思いますよ?いやなんせ、彼って金の亡者ですから。
ほうほう、何度かお忍びでデートしてた時も下町の屋台で割り勘でおやつを買ったとか、公園(無料)の花園をひたすら散歩したとか……お金を湯水のごとく使う王女様からしたら新鮮だったのでしょうね。いえ、私とのデートでは1銭も出さなかったので割り勘なら出した方なのかしら?もしかして、先行投資ってやつですか。
それにしたって、こんな街中の人だかりの中で婚約破棄宣言なんかしてどうするんですか?ほら、どうしていいかわからないでいる街の人たちが狼狽えていますよ。あー、なんか警備兵まで呼ばれてるし。そりゃ、王女様が護衛も無しにこんなことしてるなんて見ちゃったら呼びますよねー。
まぁそんなわけで、そのまま私たちはお城に連行されてしまいました。そしてすぐに王様の前に引っ張り出されて、さっきの事を説明したわけです。しかし、私が冷静に説明しているのに、横からウェルド様と王女がちゃちゃを入れてくるので鬱陶しいったらありません。
結局、王女様のお願いに負けた国王がすぐに私に彼と別れてくれと言ってきました。いやいや、別に私は婚約破棄すること自体は嫌がったりしてませんが?それなりの慰謝料を寄越せと訴えただけです。
ほんと、まるで私が駄々をこねて彼に縋りついたとか、金の亡者だとか……面倒くさい女みたいな事を言われるのは風評被害ですよ。
さらに、なぜか王女様の中では私が悪者になっていました。彼と結ばれた後も頻繁に会えなかったり堂々とデート出来なかったのは私のせいだとかなんとか……。
いえいえ、私の方が正式な婚約者でそちらは浮気相手なんですが?なんで頻繁に会えると思ってたんですか?
というか、お忍びとはいえ私の親が私有する領地で私の婚約者と堂々とデートしようとしていただなんて正気ですか?などと、ツッコミどころは多々ありましたが。
まぁ、そんなツッコミどころ満載な疑問も国王が私に別れるように言った時点で納得するしかありませんでした。さすがに王命に逆らってまでふたりの邪魔をするつもりはありませんし。どのみち、ウェルド様は《《責任》》を取らねばなりませんものね。
なにせ……貴族の女性。特に王族の女は「清らかさ」が求められます。結婚前に純潔を失ってしまったなんてとんでもない失態ですのに、なにをドヤ顔で「彼はわたくしの心も体も愛してくれたの!」なんてマウント取ってきてるんですか?王様の顔色を見てくださいよ、今にも倒れそうですよ。
王様としても、早く王女を結婚させたいのでしょう。もしも妊娠などしていたらそれこそ大変なことになりますから。ちなみに《《すでに》》妊娠してらっしゃいますよ。……おっと、これは極秘機密でした。
でも、それなら私と彼の婚約を白紙に戻せば良いですのにわざわざ「婚約破棄」にするなんてどうしてだろうと思ったら、これも王女様のワガママでした。
悪者の私には「キズモノ令嬢」がお似合いだと、訳のわからない理論からのあの婚約破棄宣言だったようです。
婚約を「白紙」に戻せばその婚約が無かった事になるので私の名誉は無傷ですが、「破棄」されたとなればどちらに非があったとしても女にとっては致命傷ですもの。1度婚約破棄された令嬢はマトモな結婚は出来ないだろうとまで言われていますからね。
なんでも私をキズモノにしなければ彼と結婚しない。とかなんとか騒いでますが……。彼と結婚したいんですか、したくないんですか。どちらです? 結婚しないと困るのは王女様だと思うのですよ。まぁ、私としてはどちらでもいいことです。
なんだか面倒臭くなってきました。どのみち彼には未練も何も無いですし、喜んで婚約破棄しますよ。キズモノ上等です。だいたい婚約者がいるのに金持ちそうな町娘とそんな関係になるような男なんざこちらからお断りですわ。でも、お父様と弟には怒られちゃうかしら……まぁいいか。
こうなったら後は弟に頑張ってもらって、私は田舎に隠居することにでもしましょう。のんびり田舎暮らし……最高かも。
そんな事を考えていたら国王から「せめてものお詫びに」と縁談をもらってしまいました。準備良すぎませんか?
というか、いらないんですけど。それよりも慰謝料を……えっ、これも王命ですか?そうですか。もしかしなくてもそれって断れないやつですよね。そうですよねぇー。えぇ、もちろん知ってましたとも。
そんな感じで遠い目をしていたのも束の間、縁談相手の名前を聞いてびっくりです。これもあの王女様の嫌がらせの延長に間違いありません。しかし「お詫び」と言いながらこんな案件を押し付けて、ついでに厄介払いしようとしている国王もかなりの腹黒野郎ですけどね。
……でも、これは私にとっては棚ぼた案件です。これは日頃の行いの良さかしら。
その縁談相手とは、王女様の弟でもあるこの国の第三王子。私よりも4つ?か、5つほど年下のはずです。第三王子は理由があって国の外れにある塔に住んでおられるのですが、滅多に外に出る事もなく家族である王族からも煙たがられている存在なのです。
それはそれは、とぉーっても問題児な嫌われ王子様なのですわ。まぁそんな問題、私が元婚約者に隠していた事に比べればたいしたことではありませんけれど……。
え?私の秘密ですか?それは────。
実は《《この世界》》が乙女ゲームの世界で、私が転生者だって言ったらあなたは信じてくれますか?あ、別にヒロインでも悪役令嬢でもない単なるモブなんですけどね!




