第253話 立身出世の旅『西園寺ライナへの華麗なる転身』
道中では中等部一年組に「復帰しました! 配信しましょう!」とメッセージを送り、エモいスタンプを返してもらって喜ぶなどしつつ。
月読学園の一階に到着し、エレベーターを待つと同時に、
ようやく本心をダント氏に打ち明けてみることにした。
「……ダントさん、急ですけど相談いいですか?」
「何モル?」
「実は、私を、西園寺家に……
あ、ええと、まずは西園寺家と、遠井上家の繋がりを調べ――」
「遠井上家本家、広幡家と西園寺家の繋がりは明治の中頃。
逓信省っていう、
通信や運輸を管轄する官庁からの長い付き合いモル」
「も、もう調べてあるんですね? じゃあ――」
「続きは言わなくても分かるモルよ。
西園寺家には奈々さんの跡目――天津魔ヶ原の管理を継げる子がいないから、
どうしても夜見さんを欲しがっているモル。
そして遠井上家の方も、立場の弱い広幡家の分家筋から、
西園寺家と合流して本家になりたいという野望がある。
すでに道筋は完成しているモル。
夜見さんが西園寺ライナになる道筋が」
「わ、わあ、外堀を埋めきられてる……」
上辺だけだと思っていたが、西園寺家の跡取り令嬢になるのは本当らしい。
しかしよくよく思い返してみれば、今日まで見知らぬ人だった方や、
ちょっと助けただけの人が私に権力を持たせようと、
何かと手助けしてくれたり、婚約を迫ったり、私を奪い合ったりしている。
亀聖獣のゲンさんとか、スールの瞳ちゃんなんか特に顕著だ。
もしやこれって……!?
「もしかして私……渦中の人物だったんですか!?」
「いつものやるモル?
……はあ、気づくのが半年遅いモル。
エモ力が過去一高く、戦闘スキルやセンスもよくて、
魔法ガチャ大当たりという天運まで持っているうえ、
おまけに顔もバツグンにいい魔法少女が、養子のままで放置されるわけない。
新たな本家当主に担ぎ上げられて当然モル。やれやれモル」
「えへへ、うふふ、優秀すぎちゃいました」
久しぶりに褒められたのでテレテレ。
でも程よいところで顔をキュッと引き締める。
全面ガラスのエレベーターもチーン、とタイミングよく到着した。乗り。
同時に外の風景から背を向けつつ、上に登っていく感覚を身体で感じる。
「――では。西園寺ライナを拝命するに至りまして……。
魔女ハインリヒさんこと、西園寺杏里さんに似た方がいいですかね?
西園寺家の跡取り娘として」
「その方がいいと思うモル。イメージチェンジのチャンスだモルね」
「とは?」
「初代様似フェイスの圧が強すぎるせいか、
ケチな悪人やC級怪人が警戒して顔出ししてこないらしいモル。
僕たちはコンビを組んでまだ半年の新参者なんだから、
そういう普通の犯人が起こす事件から出会うべきモル。
あと単純に、本当に西園寺家の跡取りになると見た目で表現したいモル」
「たしかに」
言われてみれば、と思うことばかりだ。
奈々子の仕組んだ脚本って凄いな、流石は私と思うが、それは置いておいて。
せっかくライブリさんと再会するのだから、イメチェンのイメージを組もう。
その場で腕を組み、首をひねる。
「むむむ……?」
「夜見さん、夜見さん。
そういう頭脳労働は肉体労働のできない僕にやらせて欲しいモル」
「あ、そうですね。お願いします!」
「ふふん、カスタマイズは僕にお任せモル」
彼はすぐさまマジタブのカスタマイズ機能を開いた。
そこには現在の私の容姿――ピンク髪ツーサイドアップの美少女と、
「髪色・髪型」「メイク」「服装」「武器」などのタブが映る。
「私をどうイメチェンします?」
「安パイの上品で大人しめな清楚系お嬢様にしちゃうモル」
ダント氏はタブを開き、争奪戦運営から送られてきたモブ一式を改造し始めた。
黒髪ロングの色彩グラデーションをイジって奈々子に似た紫色に、
髪型テンプレートに入っている「髪留め付きハーフアップ」を選んで、変更。
すると魔法のそよ風が発生する。
私の髪がふわりと風に揺らぎ、ピンク髪ツーサイドアップから、
図書室で本を読んでそうな大人しめ清楚の紫髪さらさらロングになった。
服装も、月読学園のブレザーにカーディガンが付き、より大人しい見た目に。
あとはメガネがあれば完璧かも……
と思っていたら「これでパーフェクトモル」とメガネがついた。
「へえ、ふーん、これがダントさんの手でイメチェンした私……」
名家のご令嬢が自身の身分と美貌を隠すための仮の姿な感じだ。
と、エレベーターのガラス面にうつる容姿――西園寺ライナとしての自分を見て、
なぜだか重荷が増した気がする胸を下支えし、ダント氏をじいっと睨む。
「……盛りました?」
「目立たない容姿にイメチェンすると胸が大きくなるのは正式な仕様モル。
理由はエネルギーが節約されて余るからモル」
「む。すんなり理解できてしまいました。
エモ力って余ると発育に回るんですね……」
「前例があったおかげで説明が楽モル。
あと、今後の活動方針として、
元の容姿に戻すタイミングは変身時だけに絞りたいモル。いいモル?」
「かまいませんけどその理由は?」
「あれモル。トライフォースと聖なる力の覚醒狙いモル。
エモ力はそもそも、消費しなければ無制限に増え続ける感情の力モル。
普段は節約して貯めて、日常の幸福を心で噛み締めてもらうたびに、
魔法少女は自然と成長してトライフォースに近づき、
聖なる力を発揮しやすくなるモル」
「あ、そう言えばありましたね、そんな設定」
エモーショナルエネルギーは幸福を司る感情の力。
トライフォースは知力、魔法能力、人気度の値で図られ、
グラフが正三角形に近くなればなるほど強くなるという設定。
そして、聖なる力とは魔法少女が新フォームに変身する奇跡のこと。
長いこと掘り下げがなかったので忘れていた。
よし、とプチガッツポーズし、キッと眉を引き締める。
「新フォームになる可能性が増えるなら協力しましょう。
強くて可愛いコスチュームは正義の証です!」
「ご協力に感謝モル。
あとは西園寺ライナちゃんのアドリブ力を信じるモル」
「はーい。私は西園寺ライナ、西園寺家の令嬢です、と……」
「むむ。お淑やか令嬢になったとたんエミュが上手いモル」
「ちゃんと礼儀作法を学んだのもありますし、
素のメンタリティが近いからですかね……?
なんだかしっくり来てます」
「なるほどモル」
ポーン――
エレベーターは一度、月読学園の61階で止まる。
「おしゃれコーデバトル……次のヒントは一体どこに……あ、あなたはっ!?」
ウィーンとドアが開いた先では、
メモとペンを手に、エレベーターを待っていた初等部の金髪女子がいた。
彼女は私を見るなりびっくりしてこちらを指差し、
緊張した様子で口をパクパクしだしたが、
あんまりにも喋らないし、乗り込まないのでそのまま扉は閉じた。
エレベーターは特進コースのある70階に登っていく。
「今の間ってなんだったんです?」
「僕にも分からないことはあるモル」
「まあいいか」
おそらくは、おしゃれコーデバトルの仕掛け人が何かやってる。
赤城先輩が今の私を見たら、どんな反応をするのかな。ちょっと楽しみ。
「ふふっ」
ポーン、ウィーン――
エレベーターが開く。黒い大理石で全面を被ったオフィスと、銀色の竹。70階。
特進コースの入口は左奥なので向かい、
月読学園の生徒手帳を銀色のタッチ式電子錠に当てると、ガチャ。
オートロックは解除された。
黒い大理石のようなパネルドアが左右に開き、白い教室が出迎えてくれる。
「わあ、これが……特進コース……」
足を踏み入れて最初に見えたものと言えば、
課題や勉強ができそうなフリードリンクスペースと、
教室机の代わりに設置された複数のシミュレーションコフィン、
そして月読学園の専用武装「ペルソネード」のマガジン自動販売機。
少し遠くを見れば「論文保管室」や「事件簿倉庫」など、
パトロールや事件の捜査に役立ちそうな施設ばかりだ。圧巻の一言。
自分が選ばれた人間だと思うのも当然だろう。
「浅知恵かもモルけど、すんごいモル。
後学のためにここで情報収集したいモル」
「ですね。指揮長や生徒会が優秀で、尊敬されるのも頷けます。ふう、さて」
しかし見たところ、生徒らしき人の姿が見当たらない。ライブリさんもだ。
ちらりと教室内のコフィンを覗くと、コフィン表層で何らかの戦闘シミュレーションや、フィールドワーク中の視界共有が映っていて、ほぼ満席だった。仕事熱心。
だけど、ここでライブリさんが登場しないなんてあるか?
彼は必ず、どこかで私を待っているはずだ。間違いなく近くに隠れている。
「……モル? ライブリさんが出てこないモルね?」
「今の自分をかなり恥じていたみたいですし、
顔向けできないほど気落ちしているんでしょう。
あてもなく探すのも大変です。……あの手を使います」
「あの手って何モル?」
私は大きく息を吸い、あの名を呼んだ。
「フェザぁぁぁ――――!」
『ピーウ!』
『わっ!?』
すると教室の外から鳥の鳴き声と、人の悲鳴。
私はそれを聞き逃さず走り、教室の廊下側の窓から身体を乗り出す。
壁の向こうには、目元が若干泣き腫らしていて赤い、
銀髪の美女がしゃがんで隠れていた。
そしてバカでかい雷鳥だったはずのフェザーだが、
彼女の腕の中に収まる程度に縮んでいる。不可思議だが、一旦放置。
戸惑い、視線が合わない彼(彼女)の顔を両手で挟み、
美少女フェイスを間近で見せつける。
「こんにちはライブリさん!
私が! 迎えに! 来ましたよー!」
「ぷ、プリティコスモス……なのか?」
「そうです!
魔法少女プリティコスモスこと、夜見ライナ改め西園寺ライナです!」
「さ……西園寺!? 本当の君は西園寺家のご令嬢だったのか!?」
「ふふっ、内緒なんですけどね。
つもる話はありますが、まずはお茶しましょう!
行きますよ~さあさあ~」
「あ……ああ! もちろんだ!」
私は窓の縁をぐるんと前回りしながら廊下に出て、
少しだけ目に希望が宿った彼の手を優しく掴み、
さっき見かけたフリードリンクスペースに連れていく。
とりあえず話を聞くことから親睦を深めるのだ。
ライブリの腕に抱かれたままの普通雷鳥サイズのフェザーは、
進むたびにピウ、ピウと楽しそうに首を上下させ、可愛い鳴き声をあげていた。




