第252話 なので、足りない部分は友達と補い合いましょう②
「……あ、あれ? おかしいモル、壊れてるモル?」
カチカチカチと熱心に連打したもののやはり反応なし。
仕方ないのでカフェテラスに戻り、ダント氏みずから修理し始めた。
はめ込み式のプラモデルパーツを一旦バラして、
ああでもない、こうでもないモルと説明書どおりに組み立て直している。
「むむむ、おかしいモル……」
「ダントさん、ライブリさんは出てこないんですか?」
「なぜだか出てきてくれないモル。
仕方ない、もう一回組み立て直すから待っててモル」
「はーい。ちぇっ」
私はというと暇なので、なんとなくマジタブを開き、
中等部一年組との約束――パトロール配信の待ち合わせをするべく、
マジスタからメッセージを送り、連絡を取ろうと試みた。
すると、外から迷い込んできたのだろうか、どこからともなく一匹のテントウムシが飛んできて、私のマジタブに乗った。
「わ。テントウムシさんです。ダントさん見てください。ほら」
「ちょっと今忙しいモル……むむむ?
あ、このパーツの上下の向きが逆……!
だから呼べなかったモル?」
「むー」
プラモデルは直りそうだが
ちょっとしたエモさを共有してくれなかった。
マイナス100夜見ポイント。
いじけてむくれた私は、マジタブの上で飛び直そうと、
くるくると迷うテントウムシに、指を差し出して助けてあげる。
「ほーらテントウムシさん、こっちに乗ると高く飛べますよー」
するとダント氏よりもさらに小さな脚をチコチコっと動かし、
私の指に乗ったかと思うと、手の平の方へ直進してきた。想定外。
「わ、わ! 待って~!」
びっくりして侵攻を止めようとしたら、
右手と左手を自在に行ったり来たりと止まらない。
そしてつい、エモ力で止めようとしたら――なんと急に私の手の甲から、
淡い金色の薄皮のようなものがぺろりと剥がれた。
コンタクトレンズっぽい丸さと薄さ。いつの間にくっついてたんだ。
テントウムシはそこへ迷いなく直進し、
エサだと言わんばかりにもぐもぐと食べだしてしまう。
「わあ、テントウムシさんが私の薄皮を食べてます……」
「――よしっ、完璧に治ったモル! 改めて呼ぶモル!」
「……わ。凄い。ダントさんダントさん。これ見てください。これ」
「え、何モル? わあ……」
そして……謎の丸い薄皮を食べきったテントウムシは、
キラキラとした金色のエモ力をまとう、神々しいテントウムシに進化した。
お腹いっぱいとばかりに私の手から飛び立ち、空中で掻き消えてしまう。
「ダントさん、なにが起こったのか分かりますか?」
「見覚えはあるモルけど……いや、まさか」
「分かるんですね?」
「いや、でも……そんな、あり得ないモル。
僕たちの信仰は、ダークライの侵攻で草原ごと失われて……」
カフェテラスから左方の通路の奥、日が差し込む玄関口をじっと見るダント氏。
遠くを見ているというより、過去を思い出す感じのムーブだ。
私は彼の顔の前で手を振った。
「おーい。ダントさーん?」
「あ、ああ、ごめんモル夜見さん。
この話は、仲間を集めてからの方が絶対にいいと思うモル。
誰も知らない、聖獣文化のお話になっちゃうモル」
「でもでも、魔法少女は騒動を解決するのが仕事です!
分からないままじゃだめだと思います!」
「モルル……ちょっとプラモデルに夢中になって、
夜見さんを構わなくてごめんモル。仲間を集めようモル?」
「む。やれやれ、仕方ないですね……」
まあ、そこまで言うなら……としぶしぶ納得する。
しかし、今回の騒動はそう長くなかったようで、
空中に消えたはずの金色テントウムシは、小さなプラグを抱えて戻ってきた。
金色のイヤホンプラグの先端みたいなやつ。
コトンと私の手のひらに落としながら着地し、マジタブへとよじ登り始める。
「ど、どうすればいいモル……?」
「接続しろってことじゃないですか?
でもイヤホンジャックなんて……あ、充電穴の右サイドにある」
マジタブを調べると、下部にプラグを差し込めそうな穴があった。
とにかく、ものは試しだ。
プラグを差し込むと、テントウムシがピカッと光る。
「「わっ!?」」
真正面から光を浴びた私とダント氏は、少しだけ目がくらんだ。
「うう……」
「ま、眩しかったモル。め、目潰しモル?」
「分かりません……何だったんでしょう?」
『ザザ――ザ――、聞こ――
聞こ――え、ますか……?』
「「!?」」
すると今度は、マジタブから女の人の声がした。
画面には既に「おてんと様」なる人物からの電話が来ている。
触ってないのにオートでスピーカーモードだ。
『――人の児よ、聞こえますか?』
私は恐る恐る話しかけた。
「き、聞こえます……けど、あなたは?」
『テントウムシは、私の眷属です。
この子にご飯を分けてくれて、ありがとう。
お礼に、テントウムシにちなんだ魔法を授けます……どうぞ』
同時に今度はマジタブの画面がルーメン発光。
「ぎゃー!?」
私の両目が再び目潰しされたかと思うと、脳内にこのような情報が浮かんだ。
――――――――――――――
天道虫の魔法
コクシネル・ハピネス
金色のエモ力でできたテントウムシを生み出せる魔法
起動ワードは「ハピネス」
・使用メリット
召喚中、確定で1クリティカル(大成功)を出せる
――――――――――――――
『光あれ――』
ブツン。ツー、ツー。電話はそこで切れた。
うう、一体なんだったんだ。目がチカチカする。
「はうう、ダントさん、今のってなんだったんです?
頭の中に変な魔法を手に入れたって情報を流し込まれました……」
「あ、あわわ……」
ダント氏はと言うと、緊張で震えながら顔でテントウムシを見ていた。
そして、プルプル手を震えさせながら彼を指差す。
「もしかして……ソレイユ様の眷属の方、ですモル?」
しかし金色のテントウムシは何も答えず、ふわっと金色の粒子になって消えた。
すっかり全身の力が抜けて、私の肩から滑り落ちたダント氏は「とんでもなく神聖な虫さんだったモル……」と放心してしまう。
なので、仕方なく、優しくだきかかえて介抱する。
もふもふチャンスとか思ってない。
「ダントさん、大丈夫ですか?
さっきのテントウムシさんはなんだったんですか?
ソレイユ様の眷属って?」
「ああ……そもそも、の話をしないとダメモルね。
僕たち聖獣はソレイユ、日本語でお日様を神様として信仰しているモル。
日向ぼっこ中にぽかぽか温めてくれるからモル。
さっきの彼は、僕が信仰しているお日様の使いだったみたいモル」
「ダントさんってお天道様信仰だったんだ……」
私とダント氏は人と獣、
どこかで相容れない価値観なのかもと悩んでいたが、
以外に信心深い部分もあると知り、安堵して、親近感が湧いた。
なにせ、私の元実家にいる母親がハマったカルト宗教も、
同じ太陽信仰だったからだ。
「なんだ、そっか。悩んでたのが馬鹿らしいや」
「悩みがあるモル?」
「ああ、いえ。いま解決しました!
私とダントさんはやっぱり運命の出会いです! えへへ」
「それはそうモル。夜見さんがいるから僕もここまでこれたモル」
「良いこと言ってくれますねぇ!」
「これに関しては嘘を言っても仕方ないモルからね」
もう、育ちの悪さで悩まずに済みそう。ダント氏がいるから。
ただ、もっと早く話し合って、お互いを知るべきだった。それは反省。
「ふふ……で、話を戻しますけど。
直ったバトルデコイでライトブリンガーさんは呼べますか?」
「あ、試すモル」
ダント氏はカチカチ、と改めて挑戦するも、反応なし。
私も私でマジタブに刺さったままのイヤホンプラグが抜けず、大苦戦。
仕方ないのでお互いに諦め、
以前に貰った彼の名刺を取り出し、電話をかけた。
すると本当にワンコールで繋がり、スピーカーモードでバグったまま、通話が始まってしまう。
最初に聞こえたのは大きな深呼吸音だった。
『ふぅー……もしもし』
「あっ、あ、もしもし。魔法少女プリティコスモスです。
こんにちは」
『こ……こんにちは。ライトブリンガー改め、ソレイユシルバー、です』
「『……』」
そしてお互いに緊張して黙りこくってしまう。
当然だ。冗談だと思っていた同棲を意識してしまうし。
最終的に見かねたダント氏が「僕に貸すモル」と私からマジタブを奪った。
「もしもし。お電話変わって聖獣のダントだモル。
高松学園都市の騒動は、もはや僕たちだけじゃ対処できないモル。
いま、君の力が必要モル。力を貸して欲しい」
『――わ、分かった。
俺も時間逆行弱体化テロで邪魔され、中止になっている君の爵位と授与品を、
七光華族を代表して君たちに送り届ける使命がある。
ただ……今の俺を見ると、君たちは幻滅してしまうかもしれない』
「なにかあったモル?」
『天津魔ヶ原での出来事を覚えているか?
あの時の俺は、君に恩を返したくて、争奪戦運営を裏切って君を助けた。
しかし裏切りは身内の縁を大事とする華族の中でもっとも重い罪。
俺は裏切りの代償として、
父親から勘当を言い渡されて華族を追放されてしまったんだ。
おまけに戦闘装備や疑似魔法の力もすべて没収された。
今の俺は、力なき一般人に過ぎないんだ……会うほどの価値がない』
電話越しに聞こえる彼(彼女)の声に、深い心苦しさを感じた。
ダント氏もびっくりして黙ってしまう。
なので私は「返してください」と電話を乗っ取り返し、
ライブリさんにこう伝えた。
「それでも……それでも会いましょう、ライブリさん!
あなたの応援があれば、プリティコスモスは百人力です!
価値のない人なんていないって証明して、
追放したお父さんを見返しましょう! ね!?」
『プリティコスモス……!』
電話の向こうにいるだろうライブリさんは、
ぐすぐすと少し泣きながら「今は父親の情けで特進コースに転校させて貰った、月読学園の特進コースにいる」と居場所を伝えてくれた。
九条家、どうやら私との婚約をまだ諦めていないらしい。
息子(性別は娘)を勘当しつつも、
私ともっとも遭遇しやすい場所に送り込んでいる。狡猾だ。
「ふふっ、世界って広いなぁ」
……同時に少しだけ、七光華族のことが好きになった。
何が何でも私を手に入れたい権力者がこの世にいるだなんて。
野心に目覚めたばかりの魔法少女として、その期待に答えないわけにはいかない。
どこまでも、誰よりも高い価値をライブリさんに与えてやる。
「よし、ダントさん! ライブリさんを迎えに行きましょう!」
「分かったモル! レッツゴー!」
色々とあったが、ようやく息を揃えて出発する。
今日の目的地は月読学園の特進コース、ターゲットはライブリさんだ。




