第251話 なので、足りない部分は友達と補い合いましょう①
チーン、ガララ……
相変わらず怖い音を出す旧式エレベーターを降り、
オフィスビルの一階に出る。
エレベーターホール前は喫茶店デミグラシアのオープンカフェテラス。
マスターの池小路氏が、カウンター内で日課のグラス磨きをしていた。
ワクワクしながら眺めていると、ようやく視線が合い、
くいくい手招きされたので席に着く。
「おはようです池小路さん!」
「今日も元気ですね。おはようございます。
では、さらに元気に過ごすためのチェックリストを埋めましょうか」
「はいっ!」
そして、一週間前から日課になった食事チェックが開始された。
コップを置いた池小路氏は、チェックボードとペンを取り出して質問してくる。
「まずは今朝の食事チェックです。ご飯は一人で食べましたね?」
「はい!」
「隠れて聖獣に食べさせていませんね?」
「ううっ、はい!」
「よろしい。今後も続けるように。
ではランチの時間です。
ツナトマレタスのうどんベーグルサンド。
ここで食べきってから外出してください」
「はいぃ!」
トン、とテーブルに置かれた皿の上にあるのは、
グランマートが名物メニューにしていた惣菜うどんベーグル。
これがどうもバツグンなほど、食が細い私の体質に合うらしく、
池小路氏がわざわざグランマートでレシピを学んできて、
朝昼晩のご飯として用意してくれるようになった。
「美味しそうモルね……ごくり」
「で、ですね! いただきまーす……」
はむっ。もぐもぐ。
ダント氏が物欲しそうな顔をしているが、
これはしっかり食べきらないと怒られる食事だ。彼はおあずけ。
讃岐うどんの生地を流用して作られたベーグルは、
ふんわりとしつつも、強いコシのある食感で食べごたえがある。
ツナフレークとトマトの旨味に、シャキッとしたレタス。
マーガリンの油分とマヨネーズの酸味もいい感じによかった。
「ふぅ、ごちそうさまでした!」
手を合わせて感謝をすると、池小路さんはフフと笑ってお皿を下げた。
最終確認のチェックも終わり、最後は彼からのアドバイスだ。
「チェック完了、お疲れ様です。
フィールドワークが日帰りで済む場合はここで済ませられますが、
一日、二日と外出が長期に渡るときは、
グランマートで同じものが購入でき、その場で食べられます。
空腹で動かず、率先して買って食べなさい。
絶対に食事を抜かないように。よろしいですね?」
「ひゃいぃ!」
「よろしい。では、行ってらっしゃい」
「行ってきまぁす!」
ようやく開放され、オフィスビルの外に出ることを許された。
食べ切るのは大変だが、
ちゃんと食べているおかげで普段よりも体力があるし、
何よりエモ力が減らないので、まあいいかと気分を切り替える。
「……モル? ご機嫌モルね?」
「えへへ、かまってもらえるから……ですね。
こう、池小路さんみたいな優秀で真面目そうな人から、
ビシッと厳しい態度で接してもらうと胸がキュンってします」
「むむ、恋する乙女だモル」
「んへへ……」
とっても照れくさくなって、
利き手で自分の後頭部を撫でつけてしまう。
するとダント氏は急に、私の肩でポーチを漁り始めた。
「だったらあのプランを試しても良さそうモルね」
「プラン? なんですか?」
私が興味を示すと、彼はピタリと止まり、
あ、聞いてくれるモル……?みたいな疲れた笑顔で見つめてきた。
「うぐっ、き、聞かない方が良かったですかね?」
「……聞かれた以上は答えるモルよ?
華族がいかに強大な権力と財力と多彩な人材へのコネクションを持っていて、
僕のスケジュールにどれだけ強引に出番をねじ込んでくるか」
「独り言でぇーす! 何でもないでーす!」
「そうモル? 残念モル」
私は話をそらしてごまかす「はぐらかし」を覚えた。
次からのすべての失言は独り言ということにしよう。うん。
ダント氏はやれやれ、と残念そうに首を振る。
「で、話を戻すモルけど」
「はい!」
「これから呼ぶのは、また別の華族の方モル。
その方は夜見さんに強力に味方してくれているお方モルから、
なんなら媒体なしでもワンコールで来てくれるモルけど」
「中等部一年組ですね!?」
「彼女たちは……いや、やめとくモル。
そっちではなくて、この方モル」
そこでようやくポーチから取り出されたのは、
まだ梢千代市で活動していた頃、
販促もかねて作成した白いバトルデコイフィギュア――ライトブリンガーさんだ。
かつての予想外の同居話を思い出してしまい、じわじわと顔がほてる。
「ら……ライトブリンガーさんと、一緒に活動するんですか!?
き、き、今日から?」
「そうモル。夜見さん、僕はずっとこう考えていたモル。
彼と夜見さんの出会いは偶然とはいえ、何らかの運命だろうモルと。
僕たちの旅路には彼が最重要な気がするモル、と」
「ふ、ふーん? そうなんですか……へぇー……」
考えるだけで気恥ずかしくなったので、
前髪をくるくるっといじりながら「ま、まあ、現状を考えれば」と前置きを言う。
「いろいろと問題が山積みで困っていることですし、
思考が悪寄りの人物との接触も増えてきて善悪の基準が揺らいでましたし?
ライブリさんのように正義に割り切れている人との同せい――
ああ、いえ、協力が必要なのは間違いないですかね。うん」
「むむ、夜見さんの恋する乙女感が増している。成長の予感モル。
やっぱり彼が必要だと僕は確信したモル! 呼ぶモル!」
ダント氏は白いバトルデコイを高々と上げ、底ボタンをポチ。
――しかし何も起こらない。無反応だった。




