第249話 経験はその人の才能や糧となる
それから一週間。
新オフィスの四角く区切られた白い場所――トレーニングスペースで、
デミグラシアメンバーのアドバイスを受けつつ、
自分に合った適切なトレーニングを行えた。
内容は主に、デラックスカリバーを使った素振りと、食欲不振の改善。
やはり基礎の改善には素晴らしい効果があったらしい。
「二千九十九回、ふぅー……三千ッ!」
キラキラキラ――
ポジティブになってエモ力がまったく減らなくなったほか、
今ではデラックスカリバーを一振りするたび、
キラキラのラメのようなエモ力が、身体から発散されるようになった。
たぶん、感情昇華だ。ブルーセントーリアでこんな描写を見た。
「はぁ、はぁ……今日もキラキラできた。強くなれたかな」
「夜見さんおつかれさまモル。このスポドリで水分補給するモル」
「わ、ありがとうございますダントさん」
ただこれは私だけに見えているらしく、本当かどうかは分からない。
……まあ、キラキラしてくると不思議と楽しいし、
気にしなくていいか、といつものようにスルー。
ダント氏からスポーツドリンクの入ったストロー付きボトルを貰い、
口を付けてチューっと飲んだ。適度な甘酸っぱさが美味しい。
「んー体に染みる~」
「口にあったようで良かったモル。ところで、今日から復帰モルね」
「ですね」
ダント氏がわざわざ前置きをしてくるということは、なにかあったな?
「また騒動があったんですか?」
「騒動というより、国家存続を揺るがすレベルの人災かもしれないモル」
「……とは?」
「ミーティングルームまで案内するモル」
「はーい」
ダント氏を肩に乗せ、
「そっちモル」と指差し案内されながら新オフィスを移動した。
といっても、すぐ近くにある透明な板ガラスで仕切られた部屋に移動するだけ。
ただその四方八方は、広大なパソコンルームで、黒いスーツ姿の綺麗な女性たちが淡々と事務作業を行う光景が広がっている。
TSウィルス事件で性転換してしまった元男性たちの再雇用先となっており、
人数が人数だけに、狭くて古かったオフィスは空間魔法で魔改造リフォームされ、限界ギリギリ最大まで広げられたものの、余剰スペースがこの中央しかないのだ。
しかし彼女となった彼らの仕事に対する意欲は異常に高い。
全員が「俺(私)をクビにした職場からすべての仕事を奪ってやる」と豪語しており、積極的にアポメントを取り、月読プラントから仕入れた魔法触媒を要望に合わせて売る、小売・卸売部門を自ら開拓してしまった。
デミグラシアで願叶さんが始めたポータル運送業との相乗効果で、
営業利益がとんでもないことになっていると聞く。
「夜見さん、どうしたモル?」
「いえ、ベンチャー企業の成長力というか、
歯車が噛み合ったときの爆発力って凄まじいなぁと思いまして」
「たしかにそうモル。僕たちも負けられないモルね!」
「ですね!」
グッとガッツポーズしあう私とダント氏。
すると三津裏霧斗くんの「コホン」という咳払いが聞こえ、
仕方なく後ろを向いた。
何かと忙しい猪飼さん、奈々子を除くデミグラシアメンバーが勢揃いだ。
三津裏&万羽ペア、技術支援チームのおじさん四人衆、願叶パパ、そして新しいサイドキック枠の屋上雪さんが、一般的な会議用デスクを囲んでいる。
ああ、姉妹こと瞳ちゃんは、
給仕服姿でパパの後ろにいるところを見られ「ひゃわわ」と挙動不審。
私はしぶしぶ腕を組んだ。
「もうちょっと二人の世界に浸ってちゃだめです?」
「その前に日本どころか世界の危機かもしれないんだよ。
席につかなくてもいいから話に混ざってくれ」
「ですってダントさん」
「仕事の時間だから仕方ないモル」
「はーい」
しょうがないので万羽ちゃんの後ろであらためて腕組みしつつ、
ガラスの壁に寄り添った。
プリティコスモスは友達の出番を逃さない。
すると今度は屋上さんが静かに手を上げ、場を制した。
「……ともかくこれまでの情報をまとめます。
分かりやすく言ってしまえば……
結界テロや魔法生物脱走など、何者かの人為的な犯罪だと思われていた事件が、
ええと、すべて自然現象で片付けるしか……
他に、対処方法がないかもしれない可能性が浮上しました。
私の背面にあるスクリーンで映像を流しつつ、詳細を語ります」
続いて立ち上がった彼女は、私の向かい側にある板ガラス壁をタッチ。
するとホログラムスクリーンのようなものが会議用デスクの上に表示され、
知らないポニーテール男性の手取り録画映像が流れ始めた。
『いえーい! みんな見てる~!?
高松市にある謎世界で超絶かわいい美少女になれた系配信者の永井でーす!
今から俺が独自に調査した、
誰でもできる謎世界への入り方を伝授しまーす!』
やけにハイテンションだな……あと自己紹介が長い。
もっとも録画映像なので、映像の中の彼は私をガン無視。
女性視聴者狙いなのか、色気のある首筋とうなじをちら見せしながら、
白い修正ペンを取り出してくるくるっと回したかと思うと、
顎にぴしっと当てて自信満々な顔でニコッと笑った。
『方法は誰でもできます!
まず場所はアスファルトでできた道路!
どこでもいいので到着したら、次は白い修正ペンの出番!
当たりくじを引くまでひたすら塗りつぶしてください!
す、る、と~……?』
画面の中の男性がエッホエッホとアスファルトの道路を塗りつぶすと、
シュッと塗りつぶされた部分が急に消え、
青空が見える、人一人がギリギリ通れるサイズの丸い穴が発生した。
『なんと謎の異世界につながる不思議なワープホールが出来ちゃう!
僕、魔法研究雑誌の記者なんで詳しく分かるんですけど、
この向こう側には全世界性転換事件が起きる直前の空気が残ってるんです!
推測が正しければ第五元素、つまりエーテル!
現生人類に欠落している、魔法の素養を埋める役割を持つ架空元素!
なのでこうやって入ると――』
のそのそ、とポニーテールの男性が穴に入ると、
上下左右が反転した、鏡写しの世界のような高松学園都市が映り、
さらに身長がみるみる間に縮み、体格や骨格が変化。
ポニーテール姿の美少女に変化してしまった。
『このように! 例の性転換事件の時の姿に戻ることが可能なんです!
さらに魔法を使えるようになるおまけ付き!
これはもう高松学園都市の謎世界に挑むしかないと思いませんか!?
謎世界に行きたい、いいなと思ったら高評価と、チャンネル登録お願いします!
ではまた、次の謎世界探索で~! ばいばーい!』
動画はそこで停止した。
三津裏くんは眉間を揉み、
万羽ちゃんはつかれたようにはあ、とため息をついた。
「見返すだけでしんどい……」
「疲れたぜ」
可哀想に……と他人事感覚で眺めていると、
屋上さんがフィトンチッド――通称「森」と呼ばれている匿名掲示板を、
デスク上のホログラムに表示させた。
続いて、大人気SNS「マジスタ」のほか、
ショート動画アプリ「emoTik」なるものに投稿された数々の動画が、
次々と流れるように再生され始める。
「では、詳細な説明に入ります。
こちらの動画がフィトンチッドと呼ばれる匿名掲示板に投稿されたのち、
高松学園都市の治安を悪化させている一団、
エモエナ同好会に発見され、何百もの再現動画が投稿されました。
再現はほぼ成功し、動画で謎世界と呼ばれた場所を勝手に占拠し始めています。
これが約一週間前のこと」
「むむ」
私がトレーニングしている間にそんなことがあったのか。




