第248話 時間を金で買うと経験になる④
月読ランドマークタワー前まで戻ると、ハンチング帽を被った用務員らしき初老男性が、腰をとんとん叩きながら入口から出てきた。
「やれやれ……作業が多い、疲れるなぁ」
何やら疲れているご様子。無言の配慮で労るか。
私が避けようと横にずれると、相手も気づいて同じように避けてしまい、
その場でかち合ってしまう。
思ったよりも背の高いお方で、私はお顔を見上げることになった。
「こ、こんにちは?」
「おー……おお、すまないね。僕としたことが。はは」
「あっ、いえいえ。どうぞ~」
「お? おおー、ありがとう! またね!」
ササッと道を譲る私。
ハンチング帽子の初老男性は、ニコニコと優しい笑顔で手を振り、去っていった。
誰かは分からないけど、雰囲気がなんとなく上品だったかも。
「もしかして社長かな?」
用務員みたいな格好の人が実は社長でしたー、なんてよくある話だけど、
まあ良縁ができたと思っておこう。今回は偶然だ。
と納得させ、前を向くと入口の自動ドアがウィーンと開く。
そこには怪訝そうな顔を突き合わせ、相談している中等部一年組がいた。
「あのおじいちゃん怪しくない?」
「なにか企んでそうです」
「ですわね」
びっくりした私が呆気にとられ、
「わあ……出会いが早い」
とぽつりと漏らすと、目の前の少女たちはこちらに気づき、
ぱああ、なんて音が鳴りそうなくらいに嬉しそうな表情をした。
「「「夜見~♡」」」
「あ、はい、夜見です。こんにちは」
「タイミングええなぁ?」
「ねえ夜見~、これからパトロール配信しない?」
「あはは……今はちょっと長期休暇中で、お仕事はちょっと。
それより、良かったらなんですけど……これ、食べませんか?」
手土産のブランドいちごパックを持ち上げると、
全員の目がキラキラと光る。
「「「エデンのいちごだー!」」」
「ですです。最新のブランド果物を調べてたら、
エデンの高級果物シリーズっていうタグを見つけちゃって。
あ、これどこかで聞いたことあるなぁ、
みんなと食べたいなと思ったので、買っちゃいました。えへへ」
ニコっと笑うと、ミロちゃんは腕組みしながら無言で頷き、
サンデーちゃんが私の肩を力強く掴む。
「見直しましたわ夜見さん!」
「今まで見直されてなかったんですか?」
「ええ、今日までずっと言い出せなかったことがあるんですの。
それは――」
「そ、それは?」
「いちごさん。言ってしまってよくてよ」
スス、とサンデーちゃんが下がったかと思うと、
いちごちゃんが鋭い視線を向けてくる。
「夜見、あなたエモーショナル茶道部の部員としての自覚が足りないわ」
「エモーショナル茶道部の部員としての自覚……?」
ごくりと息を呑む。いちごちゃんは続けた。
「ズバッと言うわね。
魔法少女の使命は確かに世界平和だけど、
悪と戦うだけが平和じゃないわ。
平和な世界とはなにかを決めること――――
平和の定義も魔法少女の使命よ」
「平和を……定義する!?」
「そう! そのためには、
私たちがそれぞれ持っているエモーショナルエネルギー、
幸せの力の核である「エモさ」を追求しなきゃいけないの。
それがエモーショナル茶道部員が自覚し続けるべきポリシーよ!」
「わあ……」
カルチャーショックを受けた気分だ。
私は悪と戦い、人々を守ることばかりに専念してしまい、
その先に待っている平和な世界で生きる人たちに、
どのような心で日々の営みを続けて欲しいのか、考えていなかった。
それに、少し引っかかる部分もある。
「ああ、でも……平和を定義する、それって、私のエゴというか、
自己中心的な考えだと、思っちゃうの、ですけど」
「それの何がだめなの?」
「えっ?」
「私の実家では、代々こういう言葉を伝え続けているわ。
野心を欠いた正義は、無秩序な暴力でしかない。
夜見。初めて聞くけど、あなたの夢は何?」
「私の夢は……みんなの笑顔が見たい、です」
「夜見らしい、優しくて美しい夢ね。……でもね夜見。
みんなの笑顔が見たいのなら、そのために世界を手に入れてみせる!
――くらいの大きな野望を持たなきゃ、
世界を手に入れるために悪事を働く奴らに勝てないわ」
「どうして、ですか?」
「彼らは道は違えど、私たちと同じ夢追い人なのよ。
理想家で、自らの正義を信じていて、しかも諦めが悪い。
だからそれに負けないくらいの野心を持って、エモさを追求し続けるの。
焦がれるほどの夢を追う魔法少女は、世界で一番魅力的だから」
「わあ……」
「以上が部長の言葉よ。ありがたく受け取りなさい。ふふんっ」
なんだろう、論破されたはずなのに、むしろ心地良い。
心の中で葛藤していてギクシャクしていた部分や、
頭のもやもやフィルターがなくなって、スッキリした気分だ。
……そうか、世界を平和にするために、
世界を獲るという野望を持っても、いいんだ。
「夜見はん?」
「あ、はいおさげちゃん?」
「ちなみに今の説明な、魔法少女になる子は全員が持っている「もっとキラキラしたい」という、本能のような欲求の話なんよ。
だから、野心を持つんは正しいんやで?」
「わあそうなんだ……」
野心を持つことは正しいんだ。
それを知って、ああ、これが私が自覚できていなかった魅力――狂気の部分かと、自らの器がいかに空っぽで、広大であるかをようやく理解した。
世界中のみんなの笑顔を見たいんだから、世界規模の野心があるんだな。
考えながらぽわぽわしていると、ちょんちょんと肩を突かれる。
ミロちゃんだ。
「わあ、なんですか?」
「エモ茶道部長のエモ語りも済んだことですし、
エデンのいちごが食べたいです。
ここのマジマートにある二階の休憩スペースに行きましょう」
「あ、そうですね。
通行の邪魔になっちゃいますから移動しましょうか」
「「「レッツゴー!」」」
再開直後だが気分転換、意気投合し直し、
中等部一年組全員でマジマート二階のイートインスペースへと向かった。
みんなで楽しく雑談しながら食べたいちごは、とっても美味しかった。
◇
「またね夜見~!」
「はーい! 休暇が終わったら配信しましょうね~!」
「うん! 待ってるー! ばいばーい!」
いちごの話になり、グランマートで学んだエモ取引のことを教えて
「そんな取引方法があるの!?」とびっくりされたり、なんて一幕もあったが……
満足するまで女子会をし、解散後――夜。
執事さんのお迎えで帰っていく四人を見送ったあと、
私は、本社ビル街に戻ってきていた。
夜通し作業中なのか、まだ明るいオフィスを見上げる。
「休暇中だけど……トレーニングがしたい。
もっともっと、強くなって……みんなの笑顔を守るんだ」
今まで何人かの人や怪人と戦ってきたが、
勝ちきれなかった存在がいた理由に、
もし自らの野心に対する自覚の欠如があったなら。
自省も込めて自主練しないと気が済まない。
「次こそ、負けない。負けてなるもんか」
気持ちを新たに歩を進め、同じ仲間が待っているオフィスへと舞い戻った。




