第247話 時間を金で買うと経験になる③
人に会う予定があるからかな。なんだか足取りが軽い。
「ふんふ~ん♪ ふふっ♪」
私はルンルンとスキップっぽく歩いて、中央自治区北のグランマートに着いた。
人気商品にはこれとばかりに「惣菜うどんベーグル」なるノボリが立っている、ちょっと高級感のある店構えのスーパー。
イートインスペースも兼ねているオープンテラスがあったので覗くと、学園周辺ではほぼ見かけないおじいちゃん&おばあちゃんの憩いの場になっていた。
雑談したり、囲碁や将棋をしながら持ち込んだ手作り弁当を食べ、水筒で温かいお茶を飲んでいるようだ。うどんベーグル購入者は……ゼロ。
世代特有の規範意識の緩さと、節約精神の濃さを感じる場所だ。
「むむ……なんだかお店が可哀想な予感……?」
このグランマート、想定ターゲット層と実際の客層に強いギャップがあるらしい。
私だけでも応援してあげないとな、と思いつつ店内に入る。
テレレーテ、テーテテテーテー……♪
という店内BGMが鳴っており、うん、普通にスーパーだ。
ただ、美味しそうな焼き立てのパンの香りや、清潔でキレイに清掃されたフロアのほか、丁寧な陳列など、一度入ればつい誘われてしまう要素ばかり。
そして……そして特に食玩コーナーが充実していた。
「わ、スポーツチャンバラの棒が売ってる……はわわ凄いドリームランド……」
事前注文の受け取りをよそに、私はそこへ足を踏み入れてしまう。
小さい店舗にも関わらず、おもちゃ屋さんに負けないレベルの品揃え。
特に気になって手に取った懐かしのDXポリウレタンカリバーLLサイズこと「デラックスカリバー」も、ウエハース付きでなんと300円。や、安すぎる。
周囲を見渡してみれば、同じ値段でまったく違う形状や武器種のチャンバラ棒が販売されていて、ここは天国なのかと思ってしまった。
「ああ、あれかな?
シャインジュエルの売買で利益が出せているから、安い、のかな?
それとも企業努力……う、嘘じゃない、んだ?」
安い理由は分からないが……ま、まあ、とりあえず……これは買いだ。
私はデラックスカリバー(ウエハース付き)と共に颯爽とレジへとゴー。
ニコニコ笑顔の店員さんの丁寧な対応を受けつつ、
財布から一万円を出して購入した。残金9970円。
「ありがとうございました~」
「はーい! んふふ~」
やっぱり今日は運が良い。ツイてる。
そのままサービスカウンターに寄って、お土産のいちごセットも受け取る。
店舗アプリでの特殊決済もできる仕様だったらしく、その場でやり方も教わった。
マジタブ、ラストボードのようなソレイユ製スマホには「エモペイ」なる機能が標準搭載されているようで、個人のエモ力で支払うこともできるらしい。近未来。
「ソレイユってエモ力を稼げばなんとかなっちゃうんですか?」
「まあそうですね。お支払いはエモーショナルエネルギーでしょうか?
もしくはカードや現金ですか?」
「エモ力だった場合のお値段は……?」
「価格は全商品均一で100エモですね」
「10億円……!?」
私の顔からサッと血の気が引くと、
店員さんは不思議そうな顔をしたのち「エモ取引をお知りでない?」と言う。
なんだそれは、と思いつつも利点を尋ねる。
「その、エモ取引のメリットって?」
「エモーショ……略してエモ力でなにかを買うと、
どこかにあるとされる聖獣の楽園エデン・ソレイユに送られて、
彼らの幸福な一日が守られます。
その恩返しとしてエデン・ソレイユに住む賢人やオリジンの方から、
同じ商品が毎月、生涯無料で仕送りされるんですよ」
「実家系サブスクだ……」
「向こうの世界の方、
エモ力があれば魔法で何でも作れちゃうみたいですからね。
特に、エモ力はあっても、私どものように普通の働き務めが苦手だったり、
そもそも社会に不適合な方が多い世の中ですので。
エモ取引をされて、その仕送りで商取引されている方も多いですね~」
「事実上の社会福祉政策でもあるんだ……」
「えっ……これって社会問題に繋がる話題なんですか……?」
「え?」
「この……現実世界の隣には、万能の力のエモ力と、
何でもできる魔法がある光の国ソレイユがあって、
彼らは魔法とエモ力のおかげで幸福な生活をしているから、
同じエモ力を分ければ、同じ仲間としてその恵みを分けてもらえる。
みんな幸せでハッピーだ、くらいの感覚でしたけど……
実際はまだ幸せじゃない人の方が多い……?」
「あ……ああ、ち、違うくて!」
私は理屈っぽい論理にこだわりすぎるあまりに、
目の前の無垢で善良な一般店員さんの夢を壊しかけていることに気づいた。
慌てて身振り手振りをブンブン振るって否定する。
「そそ、そうじゃなくてぇ!
私はその、月読学園の生徒で、その、過去の!
実は過去の社会問題を学校で学んでいるところでえ!」
「か、過去の?」
「はいっ!
そうやって色々と知見を深めていた知識が、
ついポロッと口から出ちゃっただけなんですよ~!
実際はソレイユの恵みでみんな幸せに生きてます、です! あはは~!」
「ああ、そういうことですか! なんだ良かった~」
ホッと一安心された店員さんに、私もふうと冷や汗を拭う。
あ……危ない。私は自分の道理を優先するあまりに、見ず知らずの個人を不幸にするところだった。
次から……いや、今からやらないようにする。そう心に決めた。
贖罪のためにも良いことをしよう。
「ああ、店員さん! 支払いはエモペイで!」
「あ、はいっ。エモペイですね、どうぞこちらへ」
ピッ。エモペイ♪
カウンターに置かれた決済端末にラストボードを近づけ、決済を終えた。
今回の場合はブランド物のいちごだが、
支払ったエモ力は個人に紐づくものらしいので、
それを元にたどって、
この世界のどこに居ても魔法でジャストなタイミングに送られてくるらしい。
ま……魔法って凄いなぁと改めて思った。
「はあ……」
グランマートから退店後、
ブランドいちごボックス(トッピングイン)と、
さっき買ったばかりのデラックスカリバーを両手で抱え歩きながら、
みんなの夢や理想がいかに壊れやすい物で、守られるべきかを反芻する。
「そう、ですよね……そうだ。
現実が非情なのは私にとっては当たり前、当然だけど、
そんなものを直視させられたら、普通の人は不幸になってしまうんだ。
大人であんな反応だし、幼女先輩や遙華ちゃんならもっと酷いかもしれない。
じゃあ、魔法少女である私は、それを……皆の幸せな夢を、守らないとな」
むずかしいから、まだ新人だからと心のどこかで避けていた、
魔法少女という職業の本質。
この世界が平和で幸福に溢れているという夢を守る。
一人じゃ大変なお仕事だけど――
「うん。だからこそ、中等部一年組のみんなと協力しないと、ですね」
同じ魔法少女である友だちのみんなと、
今日買ったばかりのデラックスカリバーがあれば、
なんだか頑張れそうな気がした。




