第246話 時間を金で買うと経験になる②
備え付けのライト以外なにもないフローリングのリビングで、
軽く寝そべって何も考えない時間を取る。
小窓から差し込む日光を浴び続けて、出た言葉はこうだ。
「むなしいなあ……」
もはや何度目か分からない、一人で何かを成すことへの虚無感。
養子とはいえ上流階級になっても、
お金を稼げるようになっても、
マイホームを手に入れても、
隣に誰もいないと私は心から満たされない。
嫌われないよう愛想よく接して、
そのせいで人付き合いにしんどさを覚えて一人の時間が欲しくなって、
いざ実行に移しても心は満たされない。
無限ループのように同じ過ちを繰り返し続けている。
私が報われないのは力がなかったからじゃない。
容姿が悪かったわけでもない。
休みが足りないことへの不満でもない。
この私の生まれつきの性根がどうにもこうにも捻くれ者の偏屈屋だから、
夜見ライナという美少女になっても、憧れの魔法少女になってもむなしいのだ。
ただ――こんなどうしようもない私でも、背中を押してくれるものがある。
背中に隠したマジカルステッキを取り出して、じっと見つめた。
「……ラブリーアーミラルさん。
映像の中のあなたは誰よりも優しくて、
努力家で、本物の魔法少女であろうとした。
だから銀河一の美少女、銀河美少女と呼ばれて愛された。
その名を受け継いた私は……きっと……いや、
自分の性根を変えてでも、あなたを超える責務がある。
なので……これからしばらく、立ち振る舞いを真似ることをお許し下さい」
ステッキの柄を両手でギュッと握りしめ、
心から縋るように目を閉じる。
「き、今日までは自己流で学んで頑張ってみましたが……
あなた以外の魔法少女らしい女の子が分からないんです、おじさんには……
その立ち振る舞い、お借りします……どうか犯罪者扱いされませんように……」
そう、魂の性別や年齢の問題でひたすら避けていたが、もはやこれまで。
私はこの静かだけど孤独なマイホームから、
恋愛沙汰に飢えすぎて百合園になっている魔法少女社会に戻り、
彼女たちと……それこそ、恋仲になるくらい仲良くするほか道はないのだ。
ちょっと背が高いだけのピンク髪中学女児になっておいて、
いまさら何を言っているんだという話だが。
「う、うう、む、無理かも……
あんな純粋な中学一年生たちと仲良くなんて私にはそんな勇気……」
そこで日差しを浴び、キラリときらめく左薬指の指輪。
がんばれ、と赤城先輩に言われた気がした。
ここでより深く関わる勇気を出して恐怖を克服し、人間的に成長しなければ。
ナターシャさんとの縁切りを決めたリズールさんのように。
「が、頑張る……しかないですよね、赤城先輩」
中等部一年組と……もっと言えば、これから出会うすべての人と友達になる。
少しでも多く、少しでも深く他人を知って、顔を覚えていく。
私が一人だとさみしい、むなしいと思うのなら、みんなもどこか同じはずなのだ。
「とにかく、友だち百人……いや、十人……ご、五人からかな……?
中等部一年組とより深い仲良しに……し、親友になるところまでは、頑張ろう」
達成可能なラインが決まったので、行動にうつす。
いろいろと収納スペースを探っていたが、マジカルステッキは背中がいい。
ここに隠して、後ろから背中を押して応援してもらうのがベストだ。
ゆっくりと立ち上がった私は、透明スマホことラストボードを手に取り、魔法少女ランキングを検索。ダウンロードした。
『魔法少女ランキング♪ あなたは魔法少女かな? それとも応援者さんかな?』
「今回は……えへへ、せっかくなので応援者で」
友だちとして応援してあげたいし。
応援者を選ぶと『応援ありがとう!』というボイスとともに画面が移り、
デフォルメ化された羊のちびマスコットキャラが表示された。私らしい。
ホーム画面の機能説明として簡単に、魔法少女検索機能があり、人気度を上げるためのエモいね機能と掲示板、そして「狼接近警報」なるものの説明がされた。
怪人の出現などでダークエモ力が発生すると、踏切のカンカンカンという耳障りな音で、スマホから警報アラームを鳴らしてくれるようだ。
「おまけに魔法少女にも通報されて駆けつけてくれる、と」
ソレイユのアプリは優秀だなぁ。
ともかく、魔法少女を検索だ。中等部一年組のヒーローネームは……
し……知らない。しいて言うなら、サンデーちゃんだけ。
私はおじさんをこじらせるあまり、友だちの活動名すら知らなかったのか。反省。
「あうう、たしか、サンデーちゃんはヒーローネームの一部だったはず……!」
検索機能で「サンデー 中等部一年 聖ソレイユ女学院」と入れるとヒット。
魔法少女ラズベリーサンデーという名前で、サンデーちゃんが出てきた。
そこで掲示板を見てみると、わりと賑わっているようだった。
――――
名無しの羊さん
悪魔祓い系魔法少女のニュールーキー。
実家がカトリック系なので装備が充実しててよき。
エモいねします。
名無しの羊さん
固有魔法はまだ明かされてないんだよな。
俺は姉と同じ火属性の予想。
名無しの羊さん
一学期末に始まるフロイライン・ダブルクロスでの見せ場で期待。
あとプリンセス可愛いのでデフォルメちびぬいの販売希望!
運営さんお願い~!
名無しの羊さん
香川の高松学園都市に出稽古中と聞く。
あそこは魔法事件の発生率が日本一と悪名高い反面、
月読学園が睨みを効かせているので、都会ほどの高難易度事件は起きないようだ。
しかしTS病原体の漏出事件は事態の深刻化が懸念されている。
平常時はC級難度ほどだったが、このままB級、A級難度に格上げもありうる。
さて、どのような成果を出すか。
――――
「……お、おお。
す、すごく冷静で、情報密度と精度の高いコメントばかり……
ネットで検索するより、
ここをもっと早くに知るべきだった」
やはり魔法少女というコンテンツが好きで応援しているだけあり、
合理的な判断ができて自分の意見を正しく発信できる人が多いようだ。
私はそのコメント群から「どうやら今は普通科に入り浸り、事件の発生を待っているみたい」という情報を入手したので、赤城先輩の発言の裏付けが取れた。
中等部一年組全員がいるかは分からないが、
サンデーちゃんは間違いなく月読学園の普通科で待機しているらしい。
みんなと再開するためにも、さっそく向かいたいところだが……
「その前に……お土産、用意したいな。ちょっといいプチ贅沢なやつ。
美味しいものを一緒に食べて親睦を深めたいから、
サンデーちゃんの好物が知りたい。
ランキングから見れないかな……」
ポチポチと探ると、ラズベリーサンデーのプロフィールを見つけた。
そこには好きなものや好物、目標など、課金制で開示される仕組みになっていた。
正しく言うなら彼女の活動資金を寄付をすれば、
ファン感謝デーなどで好印象を与えられるプレゼントができる、みたいな。
お金ならうだるほどあるのでラストボ……面倒なので略して、
スマホにクレジットカード情報を登録。サンデーちゃんに寄付をした。
すると好物に「甘酸っぱい果物全般」と出たので、
じゃああれだと、次は赤城先輩に「ここで散財してストレス発散トレーニングして欲しい」と言われているグランモールのアプリを検索、ダウンロード。
学園都市のここからそう遠くない中央自治区の北部に、
一般スーパーサイズの店舗があったので、ブランド苺を多めにネット注文した。
あ、他のみんなが同じ味を好きとは限らないので、
練乳やホイップクリームもセットで。
それとは別にやらないといけない、我が家のインテリアは……まあ、不動産の人が気を利かせてインテリア一式をおすすめしてくれるだろうし、任せよう。
「店頭受け取りに……セット完了。よし、お買い物だ~」
私は店頭で受け取るべくマイホームをあとにする。




