第245話 時間を金で買うと経験になる①
ピリッ……
「?」
南区から中央自治区に入る直前、違和感のような何かを感じた。
騒動の気配を感じて、肌がピリつく感覚。静電気っぽい。
しかしすぐに消えていった。
「むむ」
ふと思い出したように遠くを眺め、
区域の中央にそびえ立つランドマークタワーを視界に入れた。
高松学園都市にやってきてから、常にあのビルの頂上より少し上に張られている用途不明のシールド内で活動していたな。あのてっぺん辺りが怪しい気がする。
――と、そこまで考えた辺りではっとして、左右に首を振った。
「……はあー、休暇中なのに仕事モードに入っちゃった」
というか、あそこにはたしか、あれだ。
技術支援チームの人が作ったエモレーダーが設置されていたはず。
もしかしたら私の行動を観察する方向に改造を施したのかも。
「連絡してくれればいいのに……あれ?」
そこでマジタブを取り出すと、電池切れになっていることに気づいた。
充電し忘れてたようだ。
代わりにポケットから出てきた通信用機器と言えば、
アスモデウスから貰った透明スマホことラストボード。
このスマホは昨日に緊急連絡用として貰ったばかりであり、
みんなと電話番号やアドレスを共有していないので、
こちらから連絡しなければ相手から連絡する手段がない。
「あれれ? わあ?」
レーダーによる監視付きとはいえ、つまりは完全ぼっち状態の完成である。
……か、帰ってきた!
ながらく失っていた個人の自由が帰ってきた!
これでしばらく社交辞令的な付き合いをしなくていい!
今の私は自由だ!
嬉しくて静かにガッツポーズする。
「よし……! あとはプライベートハウス!」
こういうチャンスは滅多にない。
一度訪れたら、全力で駆け抜けないといけない。
幸運の兆しを途切れさせないため、目的地である高松不動産に全力で走る。
◇
で、到着すると先客がいた。
私とほぼ同じ学生服を着た、小学生くらいの金髪ロリっ子。
ラインがない無地の黒制服なので小学生確定か。
彼女は目の前の新人らしき不動産社員にこう言いつけていた。
「――何度も言わせないでよ。
おしゃれコーデバトルが開催されるって聞いたけど、いつ?
本当は知ってるんでしょ?」
「ええと、私どもは不動産でして。
イベントに関する情報は扱っていないので……見当がつきません……」
「ウソおっしゃい!
じゃあなんでプリティコスモスの色紙が飾られてるのよ!
エモーショナルエネルギーで出来てる代物が!
ぜっっっっ~~たいに何か仕込まれたでしょ!?」
ロリっ子が指さした先の待合スペースには、
ここを訪れた私たちやお客さんの写真が貼られたコルクボードがあり、
額縁に入った私のサイン色紙とともに飾ってあった。
お、嬉しい。社員さんは慌てた様子で手を振る。
「し、知らないんですよ~!
私どもは本当にただプレゼントして貰っただけで!
プリティコスモスさん本人に聞かないと……――」
そこで社員さんが私に気づく。
むむ、このままだとせっかく訪れた幸運の波が途切れてしまう。
私は反応されまいと、唇に人指し指を当てるジェスチャーをした。
すると社員さんは腹をくくるような顔をしたかと思うと、
急に悔しそうな表情を浮かべた。
「ううー……し、仕方ない。
お客様、ここだけの話なんですが」
「や、やっぱり何かあるの!?」
「実はこの高松不動産を中心に極秘のプロジェクトが進行中なんです」
「その内容って!?」
「お高い代物をお手頃価格でお客様に届ける、それが目標なんです。
まだ内容は公開できないので、ご内密に」
「ええ~っ!?」
わりとよくあるセールス内容だな。
しかし人生で初であろう金髪ロリっ子には効果抜群だった。
「……ふ、ふーん? そう?
ま、まあ期待してるわ。お邪魔したわね」
席を降りた小学生らしきロリっ子は、キッズ携帯を取り出して日記機能を開いて、そのまま店内の待合スペースに移動し、「おしゃれコーデバトル観察日記」なる日記をポチポチと記入し始めた。
目の前に本人がいることに気づいていない。かわいい。
「あのー、次の方~……?」
すると恐る恐るといった感じの声がして、社員さんが呼んでいた。
私はその人の元に向かい、席に座った。
社員さんは小声で聞いてくる。
「ええと、あのぉー、おしゃれコーデバトルって何をされるんですか……?」
聞いてくるよなぁ。
でも今その話に乗ると機運を逃すのでスルーだ。
「あ、その話はのちのちで。
今は私専用のプライベートハウスが欲しいんです。
完全防音で、何をしても気づかれない感じの」
「なるほど~?
でしたら資金にかなり余裕がある方専用のコースになりますが……
あ、ちょっとお待ちを――」
社員さんはカタカタ、とパソコンを操作して、
その一戸建てのデータを見せてくれた。
二階建て1LDKでガレージ付き。
「こちらです。
防音対策バッチリで配信活動にも使える戸建てをご用意できますよ。
場所はなんと月読ランドマークタワーから徒歩一分以内。
ただ、お値段がお高めの一億円ですが、いかかですか?
内見されますか?」
「お、いいですね。一括で買います」
「分かりました、気合を入れてご案内――え、買う?」
まさかの反応に戸惑う社員さん。
私は懐からスッと財布を取り出した。
「はい。内見してたら時間がもったいないので、買って試します。
カードで一括お支払いできますか?」
「え、あ、はい。ど、どうぞこちらへ……」
社員さんはパソコンに接続されたカードリーダーを取り出し、
私は財布から抜いた遠井上家のブラックカードをタッチ。
ポポ、という音で決済され、私は戸建てを手に入れた。
そこで新入社員さんがハッとして頭を抱えた。
「アッ!? 印鑑とか個人証明書のコピー貰ってない!
どうしよ~、部長に怒られるぅぅ~」
機運を止めようとする展開が面倒だなぁ……ならこうだ。
「すみません、いくら出せば書類の用意までしてもらえますか?
私ちょっと急いでて」
「え!? ええと……あっ、そうか!
すみません取り乱しました、私どもにお任せ下さい!
もろもろの依頼料込みでしたら印鑑や書類への記入も後日でOKです!
後日そちらのお家にお伺いしますね~。
あ、家の鍵はこちらになります~。どうぞ~」
「わあ。ありがとうございます。ではお任せしますね~」
私は相手から家の鍵を受け取り、店を去った。
金と名声はすべてを解決する。
真面目に魔法少女をやっていて良かった。
とまあ、前置きはさておき。
私は月読ランドマークタワーがよく見える大通りに到着。
高層ビルが乱立する地区にポツンと建っている一軒家の鍵を開け、ドアを開けて中に入った。
玄関には段差があり、上はフローリング張りで壁紙もきれいで清潔だ。
そのまま鍵を閉じて靴を脱いで上がる。
リビングまで確認してみたが、リフォーム済みらしく住心地も良さそう。
家具はまだ何もないけれど、やっと手に入れたマイホームなので嬉しい。
「はあー、ひと息ついたら家具を買おう」
言われた通り防音ばっちりな静かさを喜びつつ、
とりあえずその場でごろんと寝そべって昼寝をする。
こういう良い機運は焦りすぎても逃してしまうから、買い物は気力が回復してからだ。
 




