第244話 おじさん、赤城先輩からのありがたいお小言を受ける
西園寺家のある南区からの帰り道。
以前に来たファストフード店「レッドフード」に立ち寄り、
帰社時間に悩まされない穏やかな休憩時間を楽しむ。
他のファストフードチェーン企業よりも甘めのコーラをすすり、
サイドメニューのミニパンケーキをパクリと食べる。
幸せで頬がニヤニヤとゆるんだ。
「ん~♪ おいしぃ~♪」
そうそうこれこれ。
こういうホワイトでキラキラな女の子生活を送りたかった。
さて、休憩している間に解決したい問題を洗い出そう。
まずはダント氏が管理する私の労働スケジュールについてだ。
考え事をするため、私はコーラを飲みながら視線を上に向ける。
ストレスを生み出している悩みのタネとは、主に3つ。
ひとつめ。休日勤務の常態化。
ふたつめ、労働シフトの不明瞭さ。
みっつめ、こなすべき労働タスクと作業スケジュールの未開示。
まあ言ってしまえば、
「状況は説明できないが、とりあえずやれることをやってくれ」
と丸投げされている状態が続いているのが辛い。
魔法少女になる前の私は名ばかりの下請け管理職だったとはいえ、
派遣された先の企業ではプロジェクトリーダーや、工程管理を任されていた。
ダント氏のマネジメント力を問い直す時期が来たのだ。
だけども……彼に責められる理由があるか?
「休み明けでいいかなあ……?」
今日から一週間ほど休みなので、問題に取りかかるべきか悩む。
そもそもの理由としてダント氏は新人聖獣であり、
年上聖獣のゲンさんからの依頼で、ド新人のタヌキ聖獣の教育も任されている。
他にも、私こと魔法少女プリティコスモスの給与・経費計算のほか、
備品や装備品の管理と購入・管理や、
活動資金を得るために資本家へのプレゼンテーションや駆け引きも行っている。
超がつくほどの激務なうえ、劣悪な労働環境の中だが、
彼はそれを上回る優秀さを発揮してワンオペで現状を支えている。
だから怒るのは筋違いかも……と思ってしまった。
私がとるべき選択肢は、ワンオペで頑張る彼に対する追加投資だろう。
「必要なのはハイスキル人材か」
「あ、夜見ちゃんだ。お客様ぁー、お一人でランチですか~?」
「ん?」
「今から口説いても良さそ?」
前を向くと見慣れた黒髪金眼の女子高校生店員。
レッドフードの従業員服を着た赤城先輩だ。そう言えばここに居た。
先輩は私の前に座って、私のミニパンケーキをひとつつまむ。
私は頬杖をついて呆れ笑いをした。
「お客さんに出したものを食べたら店長さんに怒られますよ?」
「んー? 夜見ちゃんは私がクビになる様子が見たいの?」
「いえそういう意味じゃ……」
「ビシバシ言ってもいいんだよ?
いまガチでサボってるから。
時給安いのに雑務が多くてやんなちゃうの」
「そ、そうなんですか」
ならサボるのも仕方ないな。
「ええと、じゃあ、赤城先輩はどうしてここで……
レッドフードの従業員として働いているんですか?」
「え? んー……?」
安月給ならもっといい条件の場所を探せばいいのにな。
そう考えながら言うと、赤城先輩は不思議そうに首をひねる。
「最近の夜見ちゃんってなんだろ、
出会った頃と比べて発言がとぼけてるよね」
「とぼけてる?」
「困っている人を助けるのは魔法少女として当たり前じゃん。
将来の百万円のために、目の前で自分の全財産の十円を取り出して、
パパやママのお仕事先が人手不足で大変そうなの、
助けてあげて欲しいって泣いてる女の子を見捨るべきだって、
夜見ちゃんはいま言ったよ」
「あ……そ……そこまで、深い事情があって先輩は、そんなつもりじゃ……」
心の中を見透かされたような動揺が走り、私は挙動不審になる。
すると赤城先輩はテーブルの上のフォークを取り、
二枚目のプチパンケーキを突き刺してもぐもぐゴクン。
そして「ごちそうさま」とフォークを置き、
急にジト目になってビシッと私を指差す。
「だから私はこう伝えたよね。お金は命より重い。
それはなぜかって言うと、
魔法少女になって名前が売れて、スポンサーがついて実入りが良くなるほど、
人助けは報酬に見合った仕事じゃなくなるから。
集まるほど自分や他人の命の価値を軽くしていくのが、お金なの」
「うっ……」
「私たち魔法少女は根底の価値観として、
命をもっとも重いもので、失われてはいけないと認識しなきゃいけない。
いま、夜見ちゃんは絶対に選んじゃいけない禁忌肢を踏んだ。
数日以内に現場をクビになる」
「うう……」
ウキウキ気分が一瞬で消えて、目に涙が浮かぶ私。
謝り倒してクビ宣告を取り消して欲しいと懇願するべきかもと一瞬よぎったが、
その前に赤城先輩が私に手を伸ばし、優しく頭を撫でてくれる。
「でも普通の女の子の反応としては完璧だった」
「ふえ……?」
「これ、お休みを取る前に必ずやる講習なんだ。
魔法少女をやっているとね、
どうしても普段は出会わないイカれた人種と出会うから、
そういう人たちに影響されて、
しだいにその粗暴さや欲深さに染まってくる」
「粗暴さや、欲深さに」
「うん。で、いざ休むとなったとき、
学校のお友達や家族の前で同じような傲慢な振る舞いをするかもしれない。
だから必ず禁忌肢を踏ませて、認知の歪みを直しておくんだ。
人としての善良さを忘れないようにね。
今回は警告で済ませるので次から気をつけるように」
「ほっ……はい、気をつけますっ!」
私は涙目から一転して安堵のため息をつき、凛々しく返事を返した。
人助け第一。なので薄給なお仕事でも時には大事。ヨシ。
先輩もジト目を解いて、普段の微笑み黒マスクさんに戻る。
そこで気になったことを聞いてみた。
「あ、あの、先輩。なんでお休みだって」
「魔法少女ランキングにお休み情報が乗ったからだね」
「あ……」
「ついでにどうして今かって言うと、
そろそろ自信がついてお鼻ノッポさんになってる気がしたから、
ここらへんでボキッとへし折っておこうと思いまして」
「うう、出る杭は打たれちゃうんですか?」
うるうる目できゅるんと見つめる。
先輩は開眼してジトった。
「でも怒られなきゃ忘れてたでしょ?」
「あっはい、おっしゃるとおりです……」
「ホントはね、夜見ちゃんには期待してるんだ。
だからそろそろだなーって思って、厳しめに接することに決めたの。
……実はお休み中にやってほしいトレーニングメニューがあるんだ」
「ワア、ァ……」
あまりの恐怖に絞り出すような悲鳴が喉から出る。
先輩が懐からテーブルにスッと差し出したモノは二つ。
月読学園の普通科生徒であることを示す無星のバッチと、
「グランマート」という知らないショッピングセンターが乗ったチラシだ。
私が困って首をひねると、赤城先輩はこう言う。
「今回のトレーニングはお休み中の全力散財。
自分とお父さんの全財産を溶かす気でやってね。
夜見ちゃんの気が晴れるまで」
「え、ええと……?」
「溶かさなきゃいけない理屈が必要かな?
今、この高松学園都市では経済が回っていない。
だから無理にでもお金を撒かないと、
ただでさえ悪い治安がさらに悪化していくだけなの」
「あ、はい。トレーニングとしての意味は……?」
「あ、そっち? 気晴らしの方法を覚えるためかな。
夜見ちゃんは対人ストレスを溜め込みがちの子だってなんとなく把握したから、
お金持ち流のストレス発散方法を覚えようねというトレーニング」
「な、なるほど……!」
私はピカンと目を光らせ、さらにキッと引き締めた。
そ、そうか。そういう発散方法もあるのか。お金持ちだと。
今の私にはいっぱいムダ遣いできる財力があるんだ。
「じゃあこの、無星のバッチは?」
「普通科に侵入して、消耗したエモ力をチャージするためだね。
あと……そろそろ変なプライドを張ってないで、
イツメンの彼女たちにも顔を見せてきなさい。ずっと出番を待ってるよ?」
「イツメン……」
もしかして……中等部一年組のみんなのことかな?
「も、もしかして――」
「ハイストップ!
それと最後のダメ出し。
同じ髪型ばっかりだと、髪にクセついちゃうよ。
はいちょっと失礼ーほどくね~」
「わわ、ひゃあ」
赤城先輩は私の髪に手を伸ばし、
ツーサイドアップをほどいて、髪色と同じピンクのヘアゴムを奪っていった。
これじゃただのピンク髪ロングの美少女だ。
主人公パワーが抜けてしまい、私はふにゃふにゃしたメンタルになってしまう。
「はうう……」
「髪は女の武器である。
トップスリーの魔法少女フェアリーテイルにそう習ったでしょ?
毎日お手入れするだけじゃなくて、
時にはほどいてロングで休ませたり、
時々イメチェンをして気分や雰囲気を変えて、魅せ方を考えなきゃ。
同じ髪型にこだわってたらランキングの順位落ちるよ? 分かった?」
「はうう、ひゃいぃ」
「上澄みを維持するには髪型と魅せ方が命だからね。ほんとに。
……ええと、自分で試行錯誤できそう?
理容室とヘアサロンに一人で通える?」
「ここ、子供扱いしないでください!
それくらいは、一人で……で、できますっ」
ホントかな~と疑惑の視線を向ける赤城先輩。
私はプイッと頬を背けることでささやかなる反抗をした。
「ふーん? じゃあ、これ預かってても大丈夫そうだね」
すると先輩は100均で売っているようなホワイト収納ミニボックスを取り出し、
私のヘアゴムを勝手にそこへ入れた。
待ってましたとばかりにピースサインをして、にっこりご満悦の笑顔になる。
「ふっふっふ。私はヘアゴム狩りの赤城」
「あー! 私のお気に入りのヘアゴムー!
なんで勝手に持っていこうとするんですか~!」
「いや、こうでもしないと戦闘スタイルの変化を期待できないし。
ともかく夜見ちゃんの最強ヘアデッキは封印でーす。
ちょっとばかし髪型や生活リズムをいじって、
全力を出せない状況をどう乗り切るか、実践してみて。
そして最後は――」
先輩はただ、ミニボックスにマスクの上からチュッとキスをした。
「シャインジュエル争奪戦の頂上で待ってる。
じゃ、休暇をエンジョイしてね。ばいばーい」
「むむむ……! ふんっ」
手を振ってバイトに戻っていく先輩に、私は二度目となるそっぽ。
良く分からなかった――いや、ムっとしたので知らんぷりをしただけだ。
本当は先輩の言わんとしていることがよく分かる。
頑固なまでに型に忠実な戦闘スタイルを貫く私に対して、
『じゃあその型が通用しない状況でどう戦うの?』
と問いかけているのだ。
プチパンケーキを勝手に食べたり、謎の講習で脅したり、
お気に入りのヘアゴムを奪ったり。
あれはあえて私を怒らせたり、焦らせるために取っていたに違いない。
「でもまあ……いまは、いいか」
しかし驚くほどやる気とモチベが出ない。
髪をほどくと休む、という習慣が癖ついているのだ。
ズゾゾ、とコーラを飲み干し、休み明けでいっかとポジティブシンキング。
先輩に与えられたトレーニングメニュー「全力散財」をこなすことで、
頭の中がいっぱいになった。
ダント氏に関する問題も……まあ、私が休んでいるうちに、
彼は自分でなんとかするだろう。きっと。
「心配事の九割は杞憂ってのが法則ですしね……さて」
――話を戻そう。散財トレーニングの話だ。
幼少期のことがあり、物欲と理性は強い方だと自覚している。
では理性のタガを外せばどうなるのか、一度も試したことがなかった。
私は胸元の三つ星勲章を無星に付け替え、
子供の頃から心の奥底で我慢させてきた物欲を、檻から解き放つ。
さあ私、直近で一番欲しかったものはなんだ?
プライベートハウス……防音対策済み……オナニーできる場所……
「くっ……!」
性欲絡みの物欲しかない……!
つい空になった紙コップを握りつぶしてしまった。
だ、だけど、今はまだ野性的な本能で鳴いているだけだきっと。
プライベートハウスをゲットすれば、何らかの進化がえられるはず!
「ま、まあ……プライベートハウスは欲しかったですし、ね。うん」
私は食べ終わった紙ゴミを店内のダストボックスに捨て、
赤城先輩の「ありゃざっしたー」という雑挨拶を背中に受けて店を出つつ、
朝方に訪れた中央自治区の不動産屋――「高松不動産」を目指した。




